第112話 お鈴は、藤吉郎に迫るも……
永禄元年(1558年)6月中旬 駿河国駿府 お鈴
木下藤吉郎殿——。この人は凄い人だとわたしは思う。顔はイマイチでも。
「ほほう……やはり、ここにカラクリがあったか」
「お奉行代理、では……」
「すぐに人を集めてくれ。今宵、平松屋にがさ入れするぞ!」
「ははっ!」
嘉兵衛様は、「勘定奉行のお役目など、書類に署名して右から左へ回すだけの簡単なお仕事だ」……と申されていたけれども、どうやらそれは違っていたようだ。
わたしがこちらへ来てから今日で7日目だけど、脱税や密貿易、更には贋金作りで摘発された商人や名主はこれで4人目だ。しかも、その罪を認めさせて徴収した銭は、およそ千貫(1億2千万円)に上るし……。
「お鈴殿……お鈴殿!」
「あ……はい」
「どうされましたかな?もし、何処か具合が悪いのであれば……」
「いえ、そうではなくて……なんか凄いなぁと思いまして」
「凄い?」
「だってそうではありません?こんなこと、嘉兵衛様は絶対にできませんよ」
もし、同じことができていたのならば、例え寿桂尼様が妨害していたとはいえ、この実績だけでも出世はできたはずだ。
「だからね、藤吉郎殿……」
「ちょ、ちょっと、お鈴殿……」
確かに藤吉郎殿の顔は、あかね殿や千代女殿が言うようにカッコよくはない。猿かもしくは禿ネズミか……例えるならそんなところだろう。
だけど、男を知らない生娘ならばともかく、幼い息子を抱えて明日を怯えるわたしにとっては非常に優良物件であり、『買い』だ。
今は嘉兵衛様の下にいるけれども、この男はきっと将来ここを飛び出して、遥か高みへと駆け上がっていく。そんな予感がしたから……わたしの方から体を寄せて、迫ってみた。耳元で、「今夜部屋に来て」と囁きもした。
「あはは!お鈴殿、冗談はその辺りで。今は仕事中ですし……」
「だから、仕事が終わってからわたしの部屋へと言っているんだけど?」
「そもそも、がさ入れは夜ですからな。今夜は帰りませぬぞ」
あ……確かにその通りだ。さっきそんな事を言っていたような気がする……。
「でも、わたしはあなたといい関係になりたいと思っているわ。今夜がダメなら、明日の夜なら大丈夫でしょ?絶対来てね♪」
「行きません!そのようなことをしたら、殿に顔向けできなくなりますし……」
「嘉兵衛様なら心配いらないわよ。そもそも、そういう関係になって貰いたいと言って、わたしをこちらに送り出したわけだし……」
これは本当の事だ。嘘は言っていない。ただ、それでも藤吉郎殿は頷かない。
「どうして!もしかして、処女じゃなければ嫌だというんじゃないでしょうね!!」
「…………」
あ、図星のようだ。そうか、それなら仕方ないか。わたし、子供も居るし……そりゃあ、見向きもされないはずだわ。
「……すまぬ。そういうことだから、何と詫びていいのかわからぬが……お鈴殿と一緒には……」
「謝らないでよ。よけい惨めになるじゃない」
「すまぬ……」
だから謝るなって言うのに……と思いつつ、なんかその姿にゾクゾクして来てわたしは決意した。こうなったら、実力行使あるのみだと。
素早く立ち上がって襖を閉めて、それから帯を緩めた。
「ちょ、ちょっと!なぜ、脱ぐ!?」
「こうでもしないと、わたしの気持ち……わかってくれないでしょ?」
その手を取って、はだけたわたしの胸を触らせる。
「い、いや、わかっている!わかっているが……」
うん。頭よりも息子さんの方が先に理解してくれたようだ。起き上がってくれてわたしとしては大助かりだ。
「ま、待て……俺の童貞は処女を相手にと……」
「問答無用。いただきます♪」
顔はイマイチでも、相性が良ければ何も言う事はない。がさ入れで出立するまでまだ半刻(1時間)はあるわけだし、それまで存分に楽しませてもらう。ただ……
「あ……ダメだ」
「うそでしょ!?」
楽しい時間はそんなに長くは続かなかった。いや、早すぎでしょ。いくら童貞だからと言っても、少しフトモモで擦っただけでそんな……。




