【幕間話-7】 源左衛門は、いよいよ追いつめられる
天文24年(1555年)8月中旬 遠江国引間城 松下則綱
家出して長く行方が分からなくなっていた寿殿は、どうやら駿府に——しかも、兄上の下に居たらしい。
「なんか、嘉兵衛殿は今川家の直臣になっているらしいな。それで妾にしてもらいたいと押し掛けたとか……」
「まあ、あまり褒められた事ではないが、その方が幸せかもしれぬしな。……しかし、噂では何となく聞いていたが、嘉兵衛殿はそんなに偉くなりそうなのか?」
「従兄の友達がその妾の伯父さんのはとこから伝わってきたという話では、どうやらそのようだな。そのうち、重臣に列するのではないかと評判のようだ」
それって、結局は赤の他人から聞いた話なのかよ!……と思わないでもないが、そういう俺も廊下の隅っこでヒソヒソ囁き合っている連中とは赤の他人だから、首を突っ込まずに先へと進む。今日は、豊前守様直々にお召しがあったのだ。遅れるわけにはいかない。
「松下源左衛門にございます」
「苦しゅうない。入るが良い」
「はっ!」
しかし、部屋に入って気が付いたが、そこには俺だけでなく、善四郎様と石見守殿もおられた。
「あ、あの……お二人も呼ばれたのですか?」
「いや、むしろ俺たちが父上に頼んでおまえを呼んでもらったのだ」
その善四郎様のお言葉に、豊前守様は苦笑いを浮かべているだけで何もお話になられないが、とっても嫌な予感がした。また何か無茶な要求をされるのではないかと。
そして、そう思っていたら案の定……頭蛇寺城を速やかに石見守殿に明け渡すようにと言われた。
「まあ、そなたが驚くのも無理はないが、これは主命だ。従ってもらわなければならない」
「ど、どうしてですか!なぜ、俺が城を明け渡さないといけないのですか!!そんなのおかしいでしょう!!」
「なにもおかしくはないぞ?そもそも、あの城はこの引間城の防衛のために築かれた出城。そなたの亡父がその任に相応しいと父上が判断したからこそ、これまで任せてきたのだ」
善四郎様はそう前置きしたうえで、だからこそ任命権は飯尾家にあり、任に能わない俺を解任するのだと説明した。
「で、でもでも、武田と北条とも同盟が成り、この遠江は平和ではありませぬか!この引間が戦場になるのならともかく、しばらくは別に俺でも構わないのではありませぬか!」
「俺もこれまではそう思っていたのだがな、実は事情が変わった」
「変わった?」
「石見守の娘、寿殿だがな。実は駿府の若殿様のお目に留まり、側室に上がるらしいのだ」
「えっ!?」
駿府の若殿様といえば……今川氏真公ということか。いや、でも何で?寿殿は確かに美人だけれども、どうしてそんな偉い人の目に留まる?わからない……全く意味が分からない!!
「まあ、そなたが混乱するのは俺もよくわかるが、だからこそわかるよな?氏真公の側室になられるお方の実父をそれなりに遇しなければならない我らの気持ちは」
つ、つまり、せめて城主格にしておかなければ、今川家に対する心証が悪いため、俺に犠牲になれという事か……。
「ああ、もちろんそなたの今後については考えてある。心配せずともよいぞ」
「それはどのような……?」
「俺が仲を取り持つ故、駿府に居る松下大蔵少輔殿の家臣となるのだ」
「はあ!?」
なんでそうなる?これこそ意味が全然分からない!
だけど、俺の気持ち何か一切気にならないのだろう。善四郎様はすでに決定事項だからと俺に命じた。この上は速やかに城を明け渡せと。
「冗談じゃありませんよ!何でそんな命令に従わなければならないのですか!!断固、お断りします!!」
「なんだと!貴様、主命に従えないと申すのか!!」
「ええ、従えません!!何でしたら、弓矢をもって抗わせていただきます!!」
それは謀反になるし、まず間違いなく勝ち目がないことだってわかっている。だけど、もう我慢の限界だ。例えこの場にてお手打ちになったとしても、ここで意地を見せなければ、それは生きているとは言えない!
「双方、それまで。矛を収めよ」
だが、そんな風に覚悟を固めたところで仲裁に入ってくれたのは豊前守様であった。
「善四郎、だから儂も申したではないか。事情は分かるが流石にそれは……と」
「ですが、父上……」
「要は、そこにいる源左衛門が頭蛇寺城を任されるにふさわしい力の持ち主である事が証明できれば、よいのであろう?」
「その場合は、石見守の処遇をどうするのかという課題が残りますが?」
「それは別に考えれば良いではないか。石見守を家臣にと誘った嘉兵衛への対応も含めてな」
「は、はぁ……」
何だか話の筋が見えない所もあるが、これは助かったという事なのか?しかし、そう思っていたら豊前守様は俺に告げられた。城を取られたくなければ、やはり力を示せと。
「さすれば、この善四郎も他の家臣たちも、そなたを尊重するようになるだろう。よいか、儂にできるのはここまでだ。城を奪われたくなければ、己の力で切り開くのだぞ」
「ははぁ!ありがたき幸せにございます!」
だけど、力を示せと言われても何をどうすればよいのか。手っ取り早いのは、いくさ場で先陣を切って、敵将の首を挙げる事ではあるが……さて。




