【幕間話-5】 あかねは、藤吉郎を早々に見限る
天文24年(1555年)6月上旬 駿河国駿府 あかね
「はぁ……」
気賀の兄から届いた文を折りたたみながら、「そうはいっても」と思いながら、わたしはため息を吐いた。中身は、「早く藤吉郎殿と一緒になりなさい」と記されていたのだが……はっきり言って、憂鬱だった……。
「どうかされたのですか?そのような大きい溜息を吐いて……」
「わっ!?」
恥ずかしい……。ここは台所の裏だし、誰もいないと思っていたら、そこには左近様がおられるとは……。
「あ、すみません。驚かせてしまいましたか」
「い、いえ、お気になさらずに」
ああ、やっぱりかっこいいわ……。それに顔だけじゃなく、こういったすぐに飛び出す気配り。藤吉郎殿も気配りはしてくれるけど、あの方の場合は同時に手がお尻に伸びるのよね。何度もやめてと言っているのに、冗談だと思っているのか聞いてくる気配もないし……。
だから、一緒になるのなら、断然……左近様の方がいいのよね。顔もいいし。
「あの……某の顔に何か?」
「あ……いえ、何でも。それより、左近様はどうしてこちらへ?」
「実は少しひとりで考え事をしたくて」
「考え事?」
何だろう?も、もしかして……わたしをどうやって藤吉郎殿から奪おうかとか、考えてくれるのかしら。そ、それなら、嬉しいのだけど……
「求人募集の件ですよ。この件、藤吉郎殿より丸な……いえ、任されているのですが……」
ああ、やっぱり違っていたか。しかし、左近様はわたしの思った答えではなかったけど、教えてくれた。要するに口入屋に頼んでいるけど、今日も応募はなかったと。
そういえば、駿府に移り住んでからもう3か月も経つというのに、この家の使用人は増える気配がないわね。殿は1,500石を賜っているというのに……。
「お給金が安いとか?」
「いえ、その辺りはあまりにも応募がないので、この辺りの相場の倍にしました。お休みだって5日に1度はと。しかし、それでも応募は今日もなく……」
「それはおかしいですわね。その条件なら、普通は殺到しても良さそうなのに……」
「ですよねぇ!?だけど、思うのです!これって絶対、藤吉郎殿があちらこちらを脅したから、その噂が広まってこんな事になっているのだと!それなのに、相談したら『何とかしろ』って酷くないですか!!」
わぁ!ち、近いわ!でも、こうして両肩をしっかりつかまれて迫られるのも悪くないわね。ああ、綺麗なお顔……その唇に吸い付いたら、はしたない女と叱られるかしら?
ただ、そんな事を思っていたら、そのぬくもりが急に消えた。
「あ、すみません……」
「い、いえ……」
えぇ……と、何の話をしていたっけ?左近様も恥ずかしそうにして何も言わないし、これからどうしたら……。
「ぎゃあああ!!!!」
「「えっ……?」」
だけど、そんな気まずさが漂う空気を切り裂くように、何処かから悲鳴というか断末魔というか、けたたましい叫び声が聞こえて……わたしたちはどちらからともなく動き出した。
「おのれ!よくも、よくも覗いてくれたわね!」
「お、お許しを!出来心だったのです!!」
「出来心でもやっていい事と悪い事がある事を知らないのかぁ!!覗きは犯罪だと、その身体に叩き込んでくれるわ!!!!」
「ぎゃああ!!!!お、お許しを!!もう、もうしません!!おとわ様、ど、どうかぁ!!!!」
そして、辿り着いた先にあったのは、天井に吊るされた藤吉郎殿と……それを木刀で何度も何度も打ち据えるおとわ様という地獄絵図。殿も止めようと、宥めようとしているが、こうなっては誰も止める事ができないようで、激しいお仕置きの音と悲鳴がその後も続く。
「あの……無人斎殿。これは一体?」
「どうもな、殿とおとわ様がお風呂場で盛っていたらしいのだが……それを藤吉郎殿が覗いていたらしい」
覗いた?し、しかも、殿とおとわ様が目合っているところを?
「しかし、無人斎殿。貴殿もご存じでしょうが、覗いているのはいつもの事ですし、それがどうして今日に限って何故バレたので……?」
「いや、今日に限ってはどうも刺激が強かったらしくてな。……興奮して風呂場の外であやつも一人で盛っていたらしく、その声を聞かれて……のようじゃな」
「は、はぁ……何というか。だから、止めた方がと言ったのに……」
左近様もため息を吐かれているけど、あり得ないわ……覗き見してひとりでする?ああ、キモチワルイ……。
ああ、やっぱり藤吉郎殿は……ないわね。




