第99話 嘉兵衛は、藤吉郎がまた振られたことを知る
弘治元年(1555年)閏10月上旬 駿河国駿府 松下嘉兵衛
本日、今川館において、此度の反乱討伐に対する論功行賞が行われた。その中で俺はというと……どういう理由かはわからないが、勘定奉行に任命されることになった。
「いや、本当に意味が分からんのだけど……」
いくさで手柄を立てたのだから、普通は武官の方で昇進となるのではないか。例えば、侍大将の一人となり兵を預けられるとか、あるいはどこかの城の城主や城代に任じられるとか。そうだ、浅井様の代わりに馬廻衆を束ねるお役目だって……。
「しかし、念願かなって評定には出席できるのでしょう?」
「まあ、そうだが……」
席次は高いわけではないが、左近の言う通り、勘定奉行ともなれば評定の場において、意見を申し上げることは可能だ。それに、全くやったことがない仕事というわけでもないので、自信がないわけでもない。禄も一気に5千石へ加増だし。
ただ、やはり何やら裏があるのではないかと気になるのだ。
「藤吉郎……そなたはどう思う?」
「殿、藤吉郎殿なら居ませんが……」
ああ、そうだったなと、俺はその事を思い出して頭をかいた。何でも、今日はあかねと海に行くということなので、休みを与えたのだった。少し寒いのではないかと忠告したのだが、「某の心は熱いので問題ありません」とか訳の分からないことを言っていたな。
「左近はどう思う?」
「そうですな。この人事の裏側には、もしかしたら藤吉郎殿に弱みを握られている連中の意趣返しの意味があるかもしれませぬな。あるいは……殿の厳しい指導から逃れたいと泣きつかれた父兄たちによる謀議の可能性も……」
いや、今のはそういうことを聞いたわけではなかったのだが……藤吉郎、果たして大丈夫なのやら……。
「殿、畏れながらお耳に入れたきことが……」
「五右衛門か……どうした?」
返事をした後、てっきり天井から降りてくると見上げていると、現れたは床の下からであった。どういう絡繰りになっているのかと不思議に思って説明を求めようとしたが、五右衛門はそれよりも先に用件を述べた。
即ち……藤吉郎があかねに求婚したものの玉砕して、現在泣きながら一人でこの屋敷に向かっていると。
「一人で?あかねは……あかねは無事なのか?もしや、藤吉郎殿に斬られたとかでは……」
「それはご安心を。あやつは目的のためなら手段を択ばぬ下種ですが、思い通りにならぬ女をどうこうするような男ではありません。それよりも、左近殿」
「なんだ?」
「あかね殿は、兄上の言いつけを破って貴殿を選んだのです。早く迎えに行った方がよろしいかと。さもなくば、思い詰めてどうなるかは……」
「わ、わかった!殿、そういうわけなので、某はこれにて!!」
「あ、ああ……気をつけてな……」
ホント、色々あるなと思いながら、俺は茶をすする。ああ、おいしい。全部何もかも忘れて、俺もどこかに遊びに行きたい気分だ。まあ……藤吉郎の「お〜ん、お〜ん」という泣き声が聞こえて来たから、そういうわけにもいかないが。
「では、某はこれにて……」
「待て、五右衛門!おまえ、逃げるつもりか!!」
「いやあ、某に何ができましょう。そういう慰めるお役目は、殿しかできないかと思いますが……」
「一緒に余計なことを言わずに、そこで飲んでくれたらいい。そうだ、弥八郎やおとわ、それに寿もお鈴も呼んでくれ。皆で慰めて励ませば、藤吉郎も少しは気もまぎれよう」
「はぁ……まあ、仕方ありませんな」
それにしても、親がお膳立てしたあかねもダメとなれば、どうすればよいのだろうか。
確実なのは、史実通りに清洲にいるはずの寧々と娶わせることだろうが、敵国だしそれに確かまだ10歳にも満たない幼女だったはず。五右衛門に攫わせる手もないわけではないが、誘拐した小学生(低学年)と結婚する大学生。やばいな、流石にこれは犯罪だ。
「お〜ん、お〜ん!わしゃあ、恋なんてもうしないぞ!もうこんな辛いのは嫌じゃあ!!」
ただ、それはまた改めて考えることにしよう。俺は傷心の藤吉郎を迎えるために、玄関に向かったのだった。




