第10話 嘉兵衛は、困ったので藤吉郎の知恵に頼る
天文23年(1554年)6月中旬 遠江国井伊谷城 松下嘉兵衛
「まあ、そういうわけで藤吉郎。そなたの意見を忌憚なく答えてもらえないか?」
「は、はぁ……」
急ぎ、城内を探して藤吉郎を見つけ出した俺は、そのまま勘定方の部屋まで連行して「どうしたらいいのか」と訊ねた。困ったときは、やはり藤吉郎の知恵が必要だと思って。
「つ、つまり……小野様はとわ姫様と、嘉兵衛様はひよ殿と最終的には結ばれたいので、今は何をしたらいいか……ということですよね?」
「そうだ。特に俺の方はどうやらひよ殿に嫌われたらしくてな。なにか良い私案はないか?」
「それならば……」
藤吉郎が俺たちに勧めてきたのは、現在揉めている姫様の予算の事で和解の場を持ち、そこでお酒を飲みながら仕事の事以外にも色々な話をして、親密度を上げてみてはどうかという者だった。つまり、前世でいうところの合コンということだろうか。
「しかし、姫様がこの話に果たして乗られるであろうか?」
「但馬守様。ダメならば、別の方法を探せばいいのですよ。兎に角、こういうのは数をこなさないと。動かざること山の如しでは、なんにも状況はかわりませんからな」
おお、流石は藤吉郎。孫子の一節を持ち出すとは中々やるものだ。但馬守殿も「そうですな……」と乗り気になられた様子だし。
「ただ、問題は和解の場を持つとしても、どこまでこちらが譲歩するかという事だが……」
そこで改めて帳簿を確認する。予算超過は、菓子代と酒代、それに鉄砲の玉薬代だ。普通の女子にありがちな衣装代や装飾費は、常識の範囲にとどまっている。
「一番必要にないのは、やはり鉄砲の玉薬代でしょうな。しかし、なぜ姫様が鉄砲を?」
「婚約者である亀之丞様にイラついているようでしてな。生きているのか、死んでいるのかさえ分からず、便りもないままもう何年も過ぎているのですから、『連絡くらいよこせ!』と毎日……」
聞けば、とわ姫様の婚約者である井伊亀之丞様は、9年前にその身が危うくなったために、他国に逃れたらしい。噂では信濃にいるのではないかとも囁かれるが、果たして本当かどうかはわからないという。
まあ、普通に考えたら死んでいるように思えるが……姫様はどうやら諦めていないようで、そのやるせない鬱憤を射撃練習で晴らしていると但馬守殿は言った。それゆえに、これを譲歩してほしいと。
「但馬守殿……」
「それに嘉兵衛殿。姫様から鉄砲を奪えば、その分の憂さ晴らしは城内の男たちに向けられることになりますぞ。そうなれば……」
なるほど、今度は城内の男どもの間に圧力団体が誕生するわけか。確かにそうなれば、今よりも面倒になりそうだ。
「お待ちを」
「藤吉郎?」
「姫様はそれでよろしいかもしれませんが、他の方々が果たしてそれで納得がいかれるかどうか……」
藤吉郎が仕入れて来た情報によれば、ひよ殿らはお菓子代や酒代が削られていることに不満を抱いているらしく、玉薬代の削減を取りやめたところで、俺とひよ殿の仲は改善されないと。
それゆえに、ここは一つに偏らずに万遍なく削減率を見直した方が良いと藤吉郎は主張する。加えて言うならば、減らすことばかりを主張するよりも、収入を増やすブランを示して交渉に当たるべきではないかと。
「収入を増やすとは……?」
「畏れながら、但馬守様。この井伊谷には売れそうな木々があちらこちらに生えてございましょう。これを切り出して気賀に卸して、さらに木を切り倒した土地を田畑にしていけば、この井伊谷の収入は増えるものと考えまする」
ただ、それは長期的に考えたらそうなのかもしれないが、問題は今の井伊家に木を切り出すほどの金が節約しても捻出できないことだ。そして、但馬守殿も同じことを考えたのだろう。藤吉郎に資金の宛があるのか訊ねた。
「資金は、気賀の商人たちに出してもらえばよろしいかと」
「出してもらえば……って、出してくれるのか?」
「話の持って行きようによっては、でございますが」
しかし、この様子からすると、どうやら藤吉郎には考えがあるようだ。故に俺は、但馬守殿に「任せてみましょう」と進言した。
「え……い、いや、しかしだな……」
「交渉が失敗して、話がまとまらなくても元々ではありませんか。何事も試さなければ、何も変わらないかと」
それに、あくまで目的は合コンで関係を改善することにある。努力している姿を見せるだけでも効果はあると思うのだ。




