襲撃
リーベルとは、討伐隊の集合場所で再会しようと約束していた。
別段、俺とあいつで準備するべきものはない。奴の魔法が錆びついていないと言うなら、それを信じるまで。
俺は俺で、戦士として一人で準備をすれば充分。そう思い、今日は人気のない森まで来て、剣を振るっている。
「こいつで通用すればいいが」
今日買ったばかりの大剣を振りながら、その使い勝手を確かめている。
武器屋で買い物をしたのは、現役を引退してから初めてのこと。街で最も栄えているらしい店に入ってみると、見慣れないものばかりで驚いてしまった。
武器屋といえば昔は、ひび割れた壁と薄汚い床の上に、乱雑に剣が置かれてたものだ。
それが今では、まるで高級な服屋のように洒落た内装になっている。店の外からでも、美しい武器や防具が見えるように作られていた。
しかも武器にしろ防具にしろ、聞いたこともない余計な付録がついている。
例えば今日購入した大剣には、周囲を常時照らすための灯りを内包した魔石が付いていた。
さらには折り畳みが可能になっていたり、各部位に予備のパーツが付属していたりする。
他にもいくつも付録があるようで、説明書までついてきた。驚いたことに保証書まである。
会計の時には、会員カードなどを含めて、よく分からない諸々の勧誘をされたが全て断った。
とにかく、現代の店というのはややこしてくかなわん。
「時代は変わったな。俺はついていけるか」
新しい時代についていけないのは、歳をとるごとに変化を恐れるからだ。若い頃の自分はそう考えていた。
でも実際に歳を取ってみると、新しい変化に理解が追いつかず困惑する現実があった。
これは意欲の問題とも言い切れまい。単純に俺は思考力が落ちていることを自覚しているし、記憶力や適応力も同様だった。
しかし実際のところ、もう追いついていく必要はない。
次の討伐クエストこそが、最後の戦いになる。そこで命の火が燃え尽きたとしても、何も問題はない。
誰もが、俺が世界平和のために立ち上がったと思うことだろう。半分は確かにそうだ。
だがもう半分は違う。俺はどうしても戦いたい。若かったあの頃のように、ただがむしゃらに、熱くひりついた世界にのめり込みたい。
今は練習と言い聞かせ、森の中でひたすらに剣を振っていた。
一振りする度に、少しずつ動きが戻ってきている……そう信じたい。この剣をよく知らねばならない。命を預けるのだから当然だ。
しかしsどうしても慣れない。この剣は何か自分に合っていないような気がする。
振るほどに、言語にしづらい不満が生まれるのだ。明日になったら、他の武器でも買いに行こうか。
そんなことを考え、あと百回は素振りをしようと思っていた時のこと。
何か空気が変化したのを感じた。現役の時に感じた、奇妙な匂いがある。
誰かがこの森にいる。闇の中で視線を感じる。
「誰かいるのか」
すでに真っ暗になった森の中で、俺は静かに問いかける。風で木々や草がざわめく。
空は満月に近づいて、鮮やかな姿を晒していた。微かに、俺以外の足音が聞こえた。
「いるのは分かっているぞ。出てきたらどうだ」
もう誰かが隠れていることは確信している。しかしそいつは、なかなか現れようとしない。足音がまた聞こえる。近づいているようだ。
俺は大木を背にするようにして、周りを探ってみる。焚き火も松明もつけていなかったが、目が暗闇に慣れていたので、大きな問題はないはずだった。
「よく分からんが、俺はもう帰るぞ」
今更、誰に命を狙われるというのだろう。俺を殺して得をする奴など、現役時代ならいざしも、もういるはずがない。
事実、この身体に感じているそれは、殺気ではない。しかし強い視線だ。
俺は呆れたようにため息を漏らし、そのまま背を向けて去ろうとした。奴が動いたのは、まさにこの瞬間だ。
何か鋭利なものが飛んでくる。急所に向かっているわけではないし、簡単にはたき落とすことができた。
しかし、それは一度で終わらなかった。森の中を走りながら、幾度も連発で放ってくる。
俺もまた走りながら、大剣を盾にして防いでいく。ナイフが弾かれて地面に転がった。
後で気づいたのだが、このナイフは殺傷力がないレプリカだった。しかし、この時は本当に殺しにきていると勘違いしていた。
そいつが跳躍した。さっき俺が背を預けていた大木に向かい、まるで三角跳びのように何回も駆け上がる。
そして回転しながらこちらに飛び込んでくる。片手剣を手にしていることが分かった。
「なんと!」
これほどの身のこなしは、そうお目にかかれるものではない。
俺は記憶の中で、こうした動きをできる奴なんて、たった一人しか見た記憶がなかった。
まさかと思ったが、考えている余裕はない。片手剣は俺の脳天目掛けて振り下ろされる。
咄嗟に大剣を上にして、鋭利な一撃を防ぐと、予想していたより小さな体が視界に映った。
だがそれも一瞬のことで、奴は大剣を蹴って退避しながら、また森の中へ消えようとする。
「待て!」
よく分からないが、戦いを挑まれていた俺は、今度は攻勢に転じる必要があると思った。
逃げ込んだ先から、またも小さなナイフが飛んでくる。それを最小限度の動きで回避しながら、俺は一気に距離を詰めた。
奴は反撃に出るべく、片手剣を手に懐に飛び込もうとしたが、そうはさせない。大剣で横なぎに、大雑把に払うことで、敵を思いきり吹き飛ばすことに成功した。
大剣は敢えて横向きにして、刃が当たらないように工夫した。誰かは分からないが、ここで切って殺してしまうのではなく、憲兵所に差し出すべきと思ったからだ。
しかし敵もさるもの。ゴロゴロと回りながらも、すぐに立ち上がって臨戦体勢となっている。
俺はいつの間にか熱くなっていた。逃げる隙も反撃の機会も与えず、ただ一直線に距離を詰めて剣を振るう。
奴は防戦一方となり、ジリジリと後退していく。これだけ抗えるとは、なかなかの手練れではないか。
嬉しくなり、さらにもう少し加速しようと思った矢先だった。
「待った! 待ったーー! バルガス、待った」
「ん?」
いよいよ面白くなろうという頃合いで、相手は剣をしまって右手を前に出した。声になんだか覚えがあるような気がした。
「いやー、降参降参。流石だね。まだこんなに強いなんて思わなかったよ」
「……お前は誰だ?」
「やだなぁ。忘れちゃったのかい」
そいつは黒い被り物を剥ぎ取り、かつての面影を残した笑顔を見せてきた。
いくらか逞しさが増した顔には、確かな覚えがある。頭の中が真っ白になってしまった。
「久しぶり」
「お、お前は……タニアか」
最近になって、あまりにも驚くことばかりだ。
彼女は一番最初に出会った仲間であり、俺を未知の世界に連れ出してくれた人だった。




