魔導師リーベル
魔導師リーベルは、俺が現役の頃は大陸随一の天才だと噂れている人物だった。
今はすでに廃校となっている魔道学院を主席で卒業し、宮廷魔導師になると周囲から期待されていた男は、なぜか冒険者として活動していくことになる。
俺は戦士タニアとパーティとして活動し始めていて、どうしても魔法を扱う専門家が欲しかった。
だから単身出向いてあいつを誘ってみたのだが、最初はにべもなく断られたものだ。
しかしあるギルドで再会した時、隣で酒を飲んでいた戦士タニアを気に入り、勝手に仲間になった。
あの時は空いた口が塞がらなかった。こいつはどうなっているんだと、不思議でしょうがない。その感情は実のところ、今も同じだ。
リーベルはとにかく女好きだが、美青年のような見た目とは反して奇行が多く、沢山の女から振られてばかりいた。
普通、女に振られたら落ち込んでしまうと思うのだが、あいつは何も気にしている素振りはなかった。
タニアには特に嫌われていて、戦闘のどさくさに尻を触ったりするものだから、顔を殴られたり蹴られたりと大変だったことを覚えている。
しかも常識に疎いことがあり、城や貴族のもとへ向かう時には冷や汗を流すほど、おかしな行動ばかりしていた。
俺もタニアも、リーベルには何度も怒ったものだが、不思議と憎むことはできなかった。
スケベで常識がないが、この魔導師はとにかく腕が立つし、弱い人間に対して分け隔てなく優しかった。
それでも、あまり人徳があるほうとは思えなかったので、今や新しい学園の校長をしていると知った時は驚いた。
「お前が校長だって?」
「ファファ! そうそう。今じゃそこら中、教え子だらけよ」
「まさかあの変人魔導師が、教師になっていたとはなぁ」
「いやーこれまで何度もクビになりかけたわ。同僚の女教師に怒られてなぁー」
「お前が何かしたんだろ」
「もちろん!」
「堂々というな」
実際のところ、リーベルは教師になるだけの実績はちゃんとある。
なにしろ俺達と一緒に、かつての魔王を討伐したのだから。そしてあの戦いは、天才魔導師の腕がなければ敗北必須だったに違いない。
話は変わるが、どうやらリーベルは結婚せず、しばらくは孤独な人生を過ごしたらしい。
もしかしたらタニアと付き合ったりしたのだろうか、ということが気になっていたが、そんなこともなかったようだ。
「タニアはワシらの知らん男と結婚して、東の都で武具屋を開いてたんじゃ。それはもう盛況だったというぞ」
「ほう。良かったじゃないか。……ん? ちょっと待て、東の都だと」
「そう。つい先日、ゼノグローヴァ亜種にやられた、あの都じゃて」
ふと、心の中に暗雲が立ち込める。タニアが東の都で生活していたことは知らなかった。
もしかしたらあいつは、家族もろとも殺されてしまったのか。
過去の思い出に浸っていた俺は、不意に怒りが込み上げてきた。そして、苦楽を共にした仲間が殺された……その悔しさを胸に秘めている男は、もう一人いたのだ。
「バルガス。実はお前の住まいについては、ある騎士団長から教えてもらったんじゃよ。ここに来たのは旧友と会いたい気持ちが半分。もう半分は……誘いにきた」
ある騎士団長……名を聞かずとも誰かは分かっている。ヴァリスの奴め、個人情報を調べるだけではなく、他者に教えるとはけしからん。
「ゼノグローヴァ亜種の討伐に行くらしいの? だったら、ワシと組まんか」
人生とは、何があるか分からないものだ。かつては俺が、リーベルを誘った。今度は逆になっている。まあ、誘われなくても俺は参加したのだが。
だがここで一つ、看過できないことがある。それは社会的な問題というか、いよいよもって大きくなった立場的な問題にある。
「お前はもう教師だろう? しかも学園の校長だ。そんな人物が、討伐に参加して亡くなったらどうするのだ? 大きな問題になるぞ」
「そんなものは構わん!」
この時、リーベルの声は一段と大きくなっていた。恐らく、俺以外にも止めに入った者達はいたのだろう。言葉の隅にうんざりしたような空気がある。
「ワシが校長だから、有事に戦いに出向いてはいけない、などという決まりはない。あいつらワシが死ぬことよりも、世間にどう批判されるかばかり考えておるからの。くだらぬことを考えているうちに、全てが滅ぼされるやもしれん時にだ」
こんなにも熱い口調を聞いたのは初めてだ。
「しかも、かつての相棒が蛮勇を振るっていると聞いた。これはワシが動かなくてはならぬ、そう思ったまでよ」
「かつての相棒って、俺のことか」
「そう! ワシが空飛ぶ竜を落とし、お前とタニアが止めを刺す。そうやって魔王にも勝ったんじゃないか」
確かにそうだ。飛行している魔物には剣が届かない。かといって、魔法や矢では倒し切ることができない。
だから魔法でどうにか墜落させた後に、剣でトドメを刺すという方法が、一番理にかなっていた。
俺たちはそうやって、巨大な飛行魔物に勝ち続けていたのだ。あのゼノグローヴァすら、ただ一つの戦い方を押し通して勝った。
「お前が試練で最も成果を上げたという噂を聞いて、ワシは嬉しくなった。まだ生きていたこともそうだし、何よりもかつてと同じように、熱く戦ったらしいじゃないか。だったらワシだってできるんだと、居ても立ってもいられなくなった」
どうやら試練のことが、意外なほど噂として広まっていたらしい。なんだか気恥ずかしい気持ちになる。
「実は試練会場に行ったんじゃよ。二日目の試練だったなぁ。まあ、余裕でパスしたけどの」
「まさか……あの会場を破壊したっていうのは」
「ああ、あれはワシ!」
イタズラっぽい笑顔で語っているが、相当無茶をやらかしたな。
リーベルは例えるなら暴れ馬だ。しっかり手綱を引いてやる奴がいないと、加減を忘れて大変なことをしてしまう。
「お前は相変わらずだな。学園の先生であるよりも、暴れたいという気持ちが勝った、というわけか」
「まあ、平たく言えばそういうことじゃな。お前もだろう?」
俺は今や完全な無職だ。天秤に乗せて推し量るものなど存在しない。あるとしたら残りの寿命くらいだが、そんなものより優先すべきことがある。
「そうだ、同じだよ。俺は戦いたい。あの頃のように。どんなに笑われても構わない」
リーベルはこの時、昔のように子供じみた笑顔を浮かべた。瞳の奥がキラキラしているのは変わっていない。
「断る理由はない。むしろ大歓迎だ。やろう、俺たちで」
「やった! よーし相棒、今日は飲むぞぉ!」
俺たちはその後も語り明かした。でも気がつけばいつの間にか眠ってしまい、早朝には目が覚めてしまった。
要するに歳のせいだ。昔のように無茶に遊ぼうとしても、体が止めてしまうのだ。
でも悪くない一日だった。まるであの頃に戻ったような、甘美な錯覚を覚えたのだから。




