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現役引退から四十年、人生最後の討伐クエストに挑む  作者: コータ


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かつての仲間

「当然のことではありませんか。元旦那様が、もしかしたら大病を患うかも知れないのです。貴方の所在をお伝えし、早急に面会を——」

「余計な真似をするな」


 これまでになく動揺している自分がいた。ソフィアには、今の住所を教えていない。


 俺は離婚してから、あいつに引っ越し先も告げずに去ったのだ。このまま会わないままで、消えてしまいたかったから。


 この騎士団長は、そんなことまで調べ上げていたのか。抜け目のない奴だ。


「失礼しました。私としては、少しでもお力になれればと考えたまでですが。しかし、もしバルガス様がこの依頼を受けてくれないとなると……やはり体調面が気にかかりますね。ソフィア様への申し伝えも、検討しなくてはならないかと」


 つまり依頼を受けなかったら、ソフィアに俺の居場所を教えると脅していた。やんわりとした口調だが、本意は伝わってくる。


「お前はなかなか汚い奴だな」

「おや? 何のことでしょう。ではバルガスさん、またお会いできることを、心から願っています」

「会えるさ。ここまで話しておいて何だが、万年筆は持っているか」

「え、ええ」


 ヴァリスにとっては意外な返事だったかも知れない。そそくさと懐から取り出されたそれを受け取り、羊皮紙に名前を書いた。


「まさか、即決とは」

「断る理由はない。ここ数日で分かったことがあってな」


 拳を握りしめながら、空に浮かぶ魔物を思い出す。まるで身体中の血が沸騰しているようだった。


「俺は戦いたい。酒で誤魔化してばかりいたが、結局は俺自身もまた獣だ。戦うことに飢えている」

「望ましい限りです。貴方は私の見立てどおり、いやそれ以上でした。感謝しますよバルガスさん。共にこの戦い、必ずや勝ちましょう」


 騎士団長はどこか興奮している様子だった。どうやら、想定よりことが上手く運んでいると考えたようだ。


 意外なことに、こちらに握手まで求めてくる。握り締めた手は随分と綺麗なものだった。育ちが違うことがすぐに分かる。


 もしかしたら、ほぼ勝ちは決まったと思い込んでいるのかもしれない。


 しかし現実は甘くはない。空を飛ぶ竜を地面に落とす奴が必要だし、全体を上手く補助できる役割をこなす奴だって必要だ。


 かつての仲間が生きていれば、誘いをかけてみるんだが。あいにくと俺は誰とも連絡を取っていなかった。


 ◇


 ヴァリスと別れた後、しばらくのんびりしてから店を出た。


 頭の中は五日後のことばかり浮かんでくる。興奮して寝れそうもない。。


 これまでになく冴えた頭のままで、ボロ小屋のような家に戻ってきたところだった。


 俺は最近、家の玄関に鍵をかけていない。誰も盗みに入るような奴などいないし、侵入者がいればぶちのめしてやろうと思っていた。


 そして、どうやら今日に限っては、招かれざる誰かが家に入っているようだ。消したはずの明かりがついているし、物音も聞こえる。


 俺は懐にしまっていたナイフを取り出し、静かに家の中を確認する。相手は台所で何かをしている。


 そいつはどうやら老人だ。黒いローブはなかなかに上等だが、髪の毛はほとんどなくなり、後頭部に白いものが残っているだけ。


 周囲をよく確認してみたが、他の気配はない。こんな小さな泥棒が一人だけか、そう思いながら静かに背後から迫ろうとすると、そいつは不意に振り返った。


「あっ、バル——」

「動くな!」


 瞬時に距離を詰め、体を押さえつけて首筋にナイフをちらつかせる。あっさりと捕まるものだから、拍子抜けしてしまうほどだった。


「ま、待った待った! ワシだよ、ワシ!」

「俺にお前のような知り合いはおらぬ。この盗人が」

「ご、誤解じゃて! ワシだ、リーベルだ。天才魔導師リーベルを忘れたか!?」

「リーベル? リー……お前が?」


 動きを封じながら、顔を覗き込んでみる。細くひょうひょうとした顔、仙人のような達観した空気を持ちながらも、どこか愛嬌がある瞳を持っている。


 髪が薄くなり、痩せてシワが増えたことですぐには分からなかったが、確かにこいつは魔導師リーベルだ。


 俺が抑えていた手を離すと、かつての友人はゴホゴホ咳き込みだした。少しして落ち着くと、嫌味っぽい目でこちらを見上げてくる。


「まったく。酷いもんじゃなー。ワシを盗人扱いとは」

「すまん。それにしても、お前生きていたんだな」

「酷い言いようじゃ。まあそう言われもしゃーないか」

「どうしてここが分かったんだ? いや、待て。積もる話がある。食事を用意しよう」

「フォッフォ! そう思っての。ちゃんと材料を持ってきたし、料理しとったんじゃよ」


 だから台所に立っていたのか。それにしても、突然人の家に上がり込んで台所を使っているなんて、非常識ぶりが全く治っていない。


 でも会えたことが嬉しかった。


 結局その後、長い時間これまでの人生について語り合うことになる。俺にとって、しばらくぶりの幸福な時間だった。

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