討伐への誘い
「俺は倒せなかった」
負けを認めるのは悔しいが、事実なのでしょうがない。そう苦々しく考えていたのだが。
「いえ、実は倒しています。腰骨は完全に切られており、一歩でも動けば観衆の前で崩壊していました。かろうじて私は、貴方に勝ったふりをしたというだけです」
「……まさか」
確かにあの時、現役時代によく感じた手応えはあった。しかし、見たところは堂々と佇んでいた。
だから負けたと思っていたのだが。考えてみれば直後の動きは、不自然ではあった。
「本当です。こんなに悔しい気持ちになったのは初めてでした。しかし同時に嬉しくもありました。ようやく私はゼノグローヴァ亜種と戦うために、必要な方を見つけ出したのです」
「……どういうことだ」
まさか、とは思ったが念の為聞いてみる。俺の思い上がりであってほしいが。
「バルガスさん、貴方をこの度のゼノグローヴァ討伐隊に参加してほしい……今日はそのお誘いに上がりました」
「……冗談で言ってるのだろう?」
ヴァリスはまたも爽やかに微笑を浮かべる。女受けする顔つきだと思った。
「本気ですよ。むしろ、貴方のような人がいなければ、あの空飛ぶ災厄を倒すことは叶わないでしょう。私達には、奴と戦うための決定打がどうしても必要なのです」
「その決定打が俺だと?」
「はい。貴方のような経験と力を備えた存在が、一人でも多く揃わなければ、この国はもうじき滅びる。間違いなくね」
滅びる、という言葉を聞いたマスターが、視界の端で震えているのが見えた。臆病な男が耳にするには、刺激の強すぎる話題だ。
「有能な剣士なら沢山いる。この前も威勢の良い奴がいたじゃないか。俺はもうろくした老人だ」
「しかし、魔物の討伐において、貴方以上はきっといません。なにしろかつて、本家のゼノグローヴァを討伐できたのは、バルガスさんだけですよ」
そう言いながら、ヴァリスは四角い鞄から羊皮紙を取り出し、テーブルの前にそっと乗せた。
「ゼノグローヴァ亜種の討伐は、何より優先しなくてはなりません。一日も早く専用の部隊を編成し倒さなくては。貴方が参加してくれるのでしたら、望むだけの報酬を確約します」
俺は懐から老眼鏡を取り出し、中身をようく確認した。羊皮紙はゼノグローヴァ【亜種】討伐依頼書と書かれており、わざわざ依頼者にヴァリスの名があった。
依頼者受理者名は空欄だ。ここに俺の名前を入れてほしいということだが、いよいよ首を傾げるばかりだった。
「少し脱線するがな。俺はここ数日、いかに奴が危険であるかを城の連中や役所、貴族達に手紙を送り続けたのだ。しかし、結果はことごとく無視であった。危機的状況であることが、本当に分かっていたとは思えんな」
「それは、貴方のことを誰もが忘れているからです」
ヴァリスの返しの刃は、あまりに厳しい。
「貴方が聖女ソフィア、魔導士リーベル、戦士タニア、盗賊アルムと成し遂げた偉業は、四十年も前のことです。記憶が薄れてしまっても致し方ないでしょう。一般庶民と勘違いされ、相手にされないことは当然です」
「随分はっきりいうじゃないか」
俺はちょっといじけていた。そんなことは百も承知だったのだが、面と向かって言われるのは辛い。
「無礼をお許しください。実のところ、貴方のことは私も存じ上げておりませんでした。ですが先日、あの敗北により大きな関心を持ちましてね。調べるほどに驚愕でしたよ。そして、私が負けたのは必然だったと、それは晴々とした気持ちになりました」
この男も、意外に子供っぽいところがあるのかもしれない。喧嘩に負けた相手を、いつまでも探していたということか。
「討伐作戦の開始は五日後です。それまでに、是非とも前向きなお答えをいただきたい」
「ちょっと待て、五日後だと?」
「ええ」
どこが急いでいると言うのか。やはり呑気ではないかと、この時はいささか腹が立った。
「やはり分かっておらんな。あれはすでに都市一つ、跡形もなく消し去ったのだぞ。それまでに強襲をかけられたら終わるだろうが」
「持ち堪えられるだけの準備を、つい先ほど終わらせています。これはご内密に」
そう言うと、ヴァリスは我らが国の大まかな地図を懐から取り出して見せた。
地図上には、菱形の宝石のようなマークがいくつも点在し、線で繋ぐと国を囲んでいるようだった。
「それは……」
この記号には覚えがある。極めて重要な、大きな予感に頭を殴られたような気がした。
「全方位結界、レアマジックフィールドを起動させました」
「国が所有する最大希望の結界か。それを、幾つ……」
「八つある結界全てです」
「全部だと!?」
飛び上がりそうになった。レアマジックフィールドは、魔物がブレスや魔法で攻めてきた時、それらを一才無効化してくれる効果がある。
有事の時だけ使用することが許されている、多大な権力者のみが使用できる大層な代物だ。
「これより一週間の間は、何が起ころうとも魔物が侵入することも、都に攻撃を与えることも不可能です」
「待った。一週間から先はどうなる?」
「マジックフィールドを発生させている魔道具が、力を失います。しばらく魔力を貯めきるまで、再度の使用はできません」
「ではその先は、完全に国が丸裸になるだろう」
「一週間後に仕留めます、一気にね。それで問題なく終わるはずです」
馬鹿な……そんな計算どおりにゆく筈がない。
「奴がそれまで身を隠したら終わりだろう。後は煮るなり焼くなり、好き放題にされるぞ」
「すでに、巣は突き止めました」
この返答は意外だった。
「何処にいる?」
「まだお伝えできません。しかし、確実に翼を休めることができる場所は、一つしかないのです。私たちは五日後に船で現地に向かい、一週間より前にあれと対峙して決着をつけます。必ずね」
俺は背もたれにグッと体を預けると、小さく息を吐いた。
結界をそこまで使っていると言うことは、必ず短期決戦で仕留めるつもりだ。その作戦は間違ってはいない。
ああいう魔物ははっきり言って、底が知れない。長丁場になる程、実は不利になるのはこちらなのだ。
レアマジックフィールドも、アイツの攻撃に関しては八つ起動させなくては守れないだろう。
先日東の都を跡形もなく消し去った力は、そのままこの都を殲滅させられるだけのものはある。恐ろしいことに、国が最大限の盾を用意して、やっと時間を稼げると言うことだ。
そして一週間後には、その盾は消え去ってしまう。
この討伐任務を失敗したら、次はない。穏やかに語っているように見えたヴァリスの瞳が、今では燃えているようだった。
「ご参加いただけますね? バルガスさん」
「俺が、やれるように見えるか」
らしくないことを言ってしまった。そして心にもないことだった。
「貴方はやりますよ。それにご安心ください。試練を受けた中で、有能な人は数多く参加してましたからね。バルガスさんが参加していない二日間でも。なにしろ会場を破壊するほど、凄まじい方もおりましてね」
「派手な奴がいたものだな。しかし俺については買い被り過ぎだ」
「話は変わりますが、大聖女様とは今でもご連絡を取ってらっしゃいますか」
ふと急に話題が変わったので、俺は訝しげな顔でヴァリスを睨んだ。
かつての妻とのことなど、今はどうでもいいだろうに。
「いいや。取ってはいないが、それがどうした」
「やはりそうでしたか。私は今の貴方が心配でしてね。もしこのままお酒に飲まれる生活を続けるようでしたら、大聖女様にも一報を差し上げなくてはいけないと思いまして」
「なんだと」
おいおい、突然何を言い出す気だ。




