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現役引退から四十年、人生最後の討伐クエストに挑む  作者: コータ


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無謀な挑戦

 会場に戻ってきた俺は、近くにいた騎士の一人に声をかけた。


 ダメで元々、断られてしまったらそれまで。突然の乱入に近い形で、試練に参加させてほしいと願い出ていた。


 ただ、今回のような募集の場合、意外にも許容されることはままある。募集する側としても、できる限り人が欲しくて堪らない。融通を利かせてくれる事例を何度か知っていた。


 そして、俺の参加要望は簡単に通った。最後の組は十七名となり、一名増えたところでこれまでの組と比較すればまだ不利である。


 だから存外、責任者であるヴァリスはあっさりと首を縦に振ったのだろう。


 コロシアムの舞台に上がった時、周囲からざわめきが起こった。それはかつての剣聖が登場したから……というわけではない。


 あまりにも場違いな年齢の男が参加していることが理由だろう。誰かが笑っている。小声で何事かを囁く者もいる。


 しかし、そのようなことは瑣末だ。俺は戦いの舞台に上がり、言いようのない感動を覚えていた。


 もう戦いなどするものか、もう懲り懲りだ。引退した時はあんなにも嫌悪に満ちていた戦いを、これ以上なく欲している自分がいる。


「おいおい。ジジイが混じってんじゃねーかよ。大丈夫かぁ?」


 嘲笑混じりの声がした。先ほど最も評価されていた若き剣士、ポイラスだ。


「やめたほうがいいんじゃねえか、爺さん」

「俺の勝手だ」


 ポイラスという若者は、思ったことを口にしなければ我慢ならないタチらしい。そういう知り合いを何名か知っているので、別段気にすることもない。


 それよりも、これから始まる戦いのことで頭がいっぱいになっていた。


 相手はもう待ってはくれない。ヴァリスが右手を掲げ、優雅に振り下ろした。始まりの合図だ。


 舞台上に上がっている冒険者達は、いずれもそれなりに戦いをこなしたことがあるようで、慎重に様子を見ながらスパルトイを包囲している。


 見たままの印象でしかないが、武器や素手で戦う者が十名、魔法中心で戦う者が七名といったところか。


 後方に下がっている男女が、すぐに詠唱を始めている。前にいる十人は、じりじりと巨大な骸骨と距離を縮めていた。


 俺はこの時、奴と十メートルほどの距離で向かい合っていた。現役の頃に感じていた、焼けるような空気。それが今は感じられない。なぜなら、命の奪い合いとまでは至っていないから。


 俺が使うのは、刃渡りにして二メートル以上はある大剣だ。でけえ魔物でも、人間でもこいつは有利に立ち回れる。


 ただ、満足に扱えることが前提だが。おまけに錆びついてしまっている。


(こんなに重かったか。くそ、俺としたことが。ここまでもうろくしたかよ)


 久しぶりに手にするグリップの、なんと握りづらいこと。刃のなんと重いこと。


 年のせい、といえばそれまでだが。


 老いたというより、堕落しただけのこと。そんなことを頭の中で考えている暇はなかった。奴が動いたのだ。


 骨だけとは思えぬほど分厚い上半身を反らせている。動きに明確な溜めができていた。


「伏せろ!」


 つい周囲に声をかけてしまった。元冒険者としての癖かもしれない。


 スパルトイが剣をブーメランの如く投げつけてきた。当たれば一撃で戦闘不能になるであろう、豪速の投剣。ギリギリのところで、俺は刃から逃れる。


 だが他の連中はそうはいかなかった。剣が回転しながら舞台を蹂躙していく。いくつもの悲鳴が上がり、少なくない損害を予感させた。


 ヴァリスはこの時、先ほどまでとは違う戦術を用いていた。


 今まではポイラス戦以外は、前線にいる者から倒しにかかっていた。しかし今回はそうではない。後方で詠唱をしている連中をまとめて倒すように、剣を投げていたのだ。


 七名の魔法攻撃を得意とした冒険者達は、ほぼ全て吹き飛ばされてしまう。近距離戦が得意な戦士は、魔法使いよりも容易いと判断したのだろう。


 しかし、これはそちらの命取りだ。


 俺はすぐさま駆け出した。剣が戻ってくる前に、奴に致命傷を与えてやる。


「おおお!」


 叫びながら、敵の元へと全速力で向かう。ただ一直線に。


 他の戦士達は動きが遅れていた。支援を受けるつもりはなかったので、特に問題はない。


 スパルトイは眼前に盾を突き出し、こちらの一撃を真っ向から弾き飛ばすつもりでいる。


 俺はそれでも前に進む。盾で止めた後、じっくりと仕留めるつもりであることは明白であった。


 赤く大きな盾は、すでに目の前にある。振りかぶっている剣を、思いきり叩きつける……と、ヴァリスは考えていたのだろう。


 しかし、そのような真似をするつもりはなかった。当たる直前、体を大きく下に滑らせていく。スライディングという、以前ある盗賊に倣った技術を用いて、盾の下へと潜り込んでいった。


 煙が湧き上がるなか、敵の股間付近に到達した俺は、スライディングで通過したまま骸骨の右脛を切りつけた。


 スパルトイの骨は極めて頑丈で、なかなか切断が難しい。多少の痛手を与えはしたものの、切り裂くことは叶わなかった。


 しかし、体勢を崩すことには成功している。奴は大きくよろけ、今にも倒れそうになっている。


 周囲からどっと声がしたのが分かった。


 だが、旋回していた剣は無事奴の手元に戻り、こちらを向かい討つ準備が整ってしまう。


 想像より素早く、骸骨は振り向いて剣を振り下ろしてくる。間一髪のところで横に飛んで回避するが、体はすぐに悲鳴を上げてしまう。


 そりゃあここ何十年、まったく運動をしてこなかったわけではない。しかし、やったことと言えば軽く街中を走っているくらいだ。


 全速力でぶつかり合う戦いの世界において、鍛えていないに等しい老いた体は、あまりにも脆い。


 身体中の骨という骨が、この短期間の動きで音を上げている。情けないことだ。筋肉も弱っており、腕が思ったとおりに動いてくれない。


 老人相手であろうが、ヴァリスが操るスパルトイは容赦がなかった。続け様に剣を振り下ろしてくる。


 俺は防戦一方となっていた。背後から援護するように、若い剣士達が向かっていくが、巻き込まれて脱落する者が増えていく。


 このままでは長くは持たない。そして味方は明らかに一人、また一人と減り、もう六人程度しか残っていなかった。


 だが、ここですぐに諦めがつくほど、俺は懸命な男ではなかったのだ。


「しゃあっ!」


 気合いを入れながら、スパルトイの懐に飛び込んでいく。全盛期と比べて、随分とノロマになった。


 しかし、どうやら戦えないわけではないらしい。最低限度の速度は維持できている。


 骨の足にもう一度剣を見舞う。一度切りつけたなら、すぐにその場を離れる。


「い、いける!? いけるぞ!」

「続け、続けぇ!」


 残された舞台上の仲間達もまた、好機と判断したのだろう。鼓舞する声と共に、矢継ぎ早にスパルトイに立ち向かって行った。


 この時、俺は当事者だったから、多少は自分達に都合の良い解釈をしていたかもしれない。でも、恐らくは間違っていないと思う。俺たちはこれまでで、一番ヴァリスを相手に善戦していた。


 骨だけの顔の奥に、僅かだが焦りの色が浮かんだ気がする。それはあり得ないことかもしれない。


 しかし、残された俺たち七人は、確かにみんな同じ感覚を得ていたと思う。士気がみるみる上がっている。


 反対にこの老体は、骨の剣士に襲われるたびに死と隣り合わせだったが。気にしている場合ではない。仲間達の剣もまた、スパルトイの体に当たり始めていたのだから。


 このままでいけば勝利できる。そう考えていた矢先だった。スパルトイがこちらと距離を取り、今までとは違う振る舞いを見せる。


 全身をだらりと弛緩させ、まるで戦う気を無くしたような姿だった。


 しかし、試練終了の合図はまだない。戦いを終わらせているわけではない。嫌な予感がした。何かを企んでいる。


「待て!」


 俺は不意に叫んでいた。共闘していた六人の剣士達が、奴の変化に構うことなく追いかけていたからだ。


 残念なことに、この静止は小さすぎた。それが彼らに与えた恐怖を考えると、後悔しきりである。


 スパルトイを包囲した六人は、先ほどまでと同様に、一斉に取り囲んで集中攻撃をする予定だった。


 しかも、全員がほぼ同じ呼吸で、同じ時に突っ込んでいる。危険な予感が膨らむ。息を切らしながら、彼らに駆け寄って止めようとしたが遅すぎた。


 突如、骸骨剣士の巨体から紫色の輝きが発せられた。その光は明らかに攻撃性がある魔法の類であることは明らかだ。


 その証拠に、六人の剣士達は奇妙な雷を浴びながら吹き飛び、そのまま動けなくなった。


「殺してはいませんよ。呪魔法の応用……といったところです」


 ヴァリスは周囲に向けて、最低限度の説明をした。周囲のざわつきが増している。


「後は貴方のみ。いかがなさいますか」


 俺は苦笑いするしかなかった。降伏するか、と奴は問いかけているのだ。


「無論続行だ」


 化け物に降伏などしたところで、理解できようはずがない。ゼノグローヴァと戦い、勝てなければすなわち死だ。


 だからこの試練の場も、本来同じように望むべきだ。


 すでに全身が疲労しきっていた。当たり前だ、俺はもう七十を目前にした老体なのだから。


 しかし、歳を取っても戦士は戦士だ。


 大剣を構え、正面から奴へと向かっていく。こういうのを自殺行為というのだろうと、馬鹿なことを考えながら。


 スパルトイもまた剣を構える。嬉しいことに、ちゃんと全力で相手をする気になったようだ。

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