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現役引退から四十年、人生最後の討伐クエストに挑む  作者: コータ


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女戦士タニア

「おお! 生きとったんかい!」

「アンタは死んだと思ってたよ」


 その後すぐ、俺はタニアと一緒にリーベルの元へと向かった。


 あいつはまだ学園にいて、やるべき書類を書き上げているところだった。校長だが普通に授業も教えているらしく、時には家に帰るのが深夜になるらしい。


 かつてのリーベルからは信じられない働きっぷりである。これにはタニアも驚いていた。


 その後、三人で俺がよく通う酒場に行き、これまでの経緯を語り合った。


 どうやらタニアは事前に危機を察知し、家族を連れて東の都から脱出していたらしい。すでに孫もいるようだが、みんなでここに来たばかりだという。


「生きていたのはホッとしたが、随分と大変だったな」

「まあね。うちの亭主なんざ泣いてたよ。三十年以上も続いた武器屋がーとか言ってさ。まあ、あたしも結構くるもんがあったけど」


 話を聞きながら、俺はついタニアとリーベルの顔をじっと見てしまう。


 四十年前とは大きく変わった、シワが刻まれて髪が白くなった顔。しかし幾らか丸くなり、かつてとは違う魅力が生まれている……そんな気がした。


 二人と比べて、俺はどうなのだろう。ふと自分が恥ずかしくなった。


 なぜなら、俺はソフィアと別れて以来何もしていない。ただ酒に逃げていただけ。


 そのことを考えると、引け目を覚えずにはいられなかった。


 だからなのかもしれない。酒が進んだところで、タニアが言い出したことに俺が異を唱えたのは。


「聞いたよ、バルガス。アンタ、あのゼノグローヴァ亜種っていう化け物とやり合うんだって」

「ワシも一緒」


 嬉しそうに、酒で顔を真っ赤にしたリーベルが言う。


「そっかー。でも二人じゃ、冒険者としては足りないね」

「今回は大規模な討伐部隊だ。騎士団長の元、何百人……いや何千人と参加する手筈になっている。その中で、ただ俺とリーベルが組むと言う話だ。大勢すぎるくらいだろう」

「戦えんの? その連中は」


 俺はすぐに首を縦に振ることができない。試練での戦いを見る限りでは、ほとんどの者は未熟であった。


 これは彼らだけのせいではない。後進の育成を怠ってきたのは、国やギルドの問題であり、さっさと辞めた俺にだって責任がある。


「やっぱ芳しくないみたいだ。あはは! ちょうどいいさね。じゃあ、あたしも稼がせてもらおうか」

「む? つ、つまりタニア。お主も参加すると言うのかの」

「そうだ。あたしもまた稼ぐ必要ができたんでね、それに」


 タニアはリーベルに笑いかけた後、こちらをじっと見つめてきた。


「丁度良かったんだよね。もう一回、あの時みたいに戦いたいって思ってたのさ」


 女戦士の熱くまっすぐな瞳は、老いてからも変わっていなかった。そのことが嬉しくもあり、怖くもある。


 俺はこの時、らしくない返事をした。


「討伐部隊の編成には、試練に参加する必要があるんだ。お前は参加してないんだろ? だったら、残念ながら無理だな」


「ん?」とリーベルが意外そうに目を丸くした。


「そんなもん、推薦してもらえばどうにでもなるでしょ。昔から魔物討伐なんて、いざ始まったらいい加減なもんなんだ。明日にでも、あたしを推してよ」

「多分、俺の希望は通らない。もう名前も忘れられてる」


 気がつけば腕組みをして、タニアから目を逸らしていた。


「タニア、お前は家に帰って、若い連中に今後を任せれば良い」


 あっと驚いたのはリーベルだ。かつての勝気な女戦士はじっとこちらを見つめたままだった。


「まさか、お前が止めに入るとは思わんかったわ。まあ、ワシとバルガスは家族もいないしの」


 どうやらかつての天才魔導師は、意図を汲んでくれたらしい。だが、少しの間気まずい沈黙があった。俺が気を紛らわせようと酒瓶に手を伸ばした時、ようやく彼女が口を開いた。


「らしくないことを言うね。誰よりも無茶で有名だったアンタがさ」

「俺は変わった。人は変わるものだ」

「自分は死のうとしてるのに?」


 嫌な指摘を振り払うように、俺はとにかく酒を口に運んでいた。まさにそのとおりなのだ。


「じゃあ一つ聞いていい? あたしとさっきやり合った時、アンタはどう思った? あたしが弱くなったと思った?」


 この答えは簡単だった。考えるまでもない。


「ああ、弱くなった。確かに並の老人とは次元が違う動きだし、新人冒険者どもでも歯が立つまい。しかし、あの頃のお前には遠く及ばない」

「ふぅーん。奇遇だね、あたしもアンタについて、そう思っていたところなんだ」


 酒を飲むグラスの手が止まってしまう。


「バルガス、アンタもアンタで、かつての強さは全然ないよ。今日あたしは、ちょっかいをかけることに命懸けだった。だって、もしかしたらアンタに殺されるかもしれないんだから。現役のアンタなら、最初の交差で終わらせていたよ」

「まあ、ワシらの歳で腕が落ちてない奴なんておらんて」


 俺の動揺を察したのか、リーベルがなだめに入ろうとした。でもタニアは止まらない。


「だからこそさ! ちゃんとアンタをよく知る仲間が必要なんだって。あたし達は結局、現役から大きく落ちてる。でも、あの魔物に対抗できる若造なんて、そういやぁしない。教育してる暇もない。あたし達こそが協力しあって戦うしか、生き延びる方法なんてないんだよ」


 酒がまずい。タニアの言うことは分かっている。しかし家族を得て幸せになっている奴に、どうして死地に向かうことを許せるだろう。


「それにさ、あたしは逃げたくないんだ。残り少ない時間だとしても、堂々と胸を張って生きてたいんでね。そういうわけで、ダメって言われても行くから、よろしく」

「もう帰るのか」


 怒っている時のタニアは、少しばかり肩をあげて、いつもより大股に歩く。その癖が今も出ていることがわかる後ろ姿だった。


 こうなると、俺はあいつに口を出せない。不本意だが、もう参加を許すしかないか。


 そう思っていた矢先、酒場の出口に立った彼女が、ふとこちらに振り返った。


「そうそう! アルムとソフィアも呼ぼう。絶対必要だからさ、できれば明日会いに行こうよ。リーベル! 手配しておきな」

「え、わ、ワシ!?」

「ちょっと待った!」


 思わず叫んでしまう。しかし、相変わらず勝気な元女戦士は待ってくれなかった。


 タニアはふっと微笑を浮かべたまま、酒場から出て行ってしまう。


「あちゃぁ……マジかぁ。ソフィアは無理な気がするし、アルムはどこにおるかなー。まあ、ツテはあるけど」


 リーベルのいうツテというのは、騎士団長ヴァリスから情報を仕入れようというのだろう。


 俺は頭を抱えてしまった。アルムはまだいい。しかしソフィアと再会するのは、本当に避けたいことだったから。


 目前にいる白髪の老人と、遠目から見守っていたマスターが、同時にため息を漏らした気がした。

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