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現役引退から四十年、人生最後の討伐クエストに挑む  作者: コータ


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元剣聖バルガス

 かつての俺たちは、確かに英雄だった。


 しかし現役を退いて四十年が経ち、この顔にかつての栄光は残っていない。


 時が流れて知ったのは、あまりにも情けない自分。淀んだ気分に浸り、街の酒場で夕方から一人で飲み明かす毎日を過ごしていた。


「バルガスさん、そんなに毎日飲んでいたら病気になりますよ」


 店のマスターが気まずそうに声をかけてくる。もう何年の付き合いになるか分からない、愛想の良い中年男だ。


「他にやることがないんだ、仕方ないだろう。もう一瓶くれ」


 俺の返事はいつも決まっている。悲しいことに事実だった。


「剣聖の看板が泣きますよ。程々にしないと」

「もう、誰も覚えていない」


 四十年前、世界を終わらせる魔物と呼ばれたゼノグローヴァを討伐した冒険者。その一人であり、リーダーだった俺は、三十歳を手前にして引退した。


 長い長い戦いの日々から解放され、仲間の一人だった聖女と結婚。子供も生まれたし、全てが順調に進んでいたはずだった。


 でも、俺みたいな半端者にとって、平穏で幸せな毎日は長く続かなかった。


 魔物の討伐だけで生きてきたこの身に、他の仕事はできなかった。一体どれほどの職を転々としたのか分からない。


 職を変える度に必死になるのだが、結局のところ長続きはしない。愛想を尽かされ、結婚生活は十年で終わりを告げた。


 よくこんな男に、十年も同棲してくれたものだと思う。あいつは辛抱強くて、俺には勿体ない女だった。


 自業自得であることは理解している。日々失われる体力と気力。はっきり言って、俺は腐ったままで人生ごと終わろうとしていた。


 何が剣聖だよ。情けない人生がほとんどだったくせに。自分への嫌悪を紛らわしてくれるのは、酒しかなかった。


 こうして飲み明かして、一日を終える。それを後少しの間、繰り返して生きていく。


 だがこの日だけは、少々事情が違っていたらしい。


「バルガスさん! 起きてください、大変なんです」

「んん? 起きてるが」

「避難しましょう! ここに魔物が近づいてるっていう知らせが入ったんですよ」


 ご立派な都に突っ込んでくるとは、敵ながらあっぱれじゃねえか。不謹慎なことを思いながら、渋々カウンターから立ち上がる。


 マスターは焦っていた。しかし、こっちとしちゃあ魔物なんて見慣れている。そう思い、酒場から出た時のことだ。


 外では多くの人々が逃げ惑い、都が混乱に陥っている。憲兵やら冒険者やらが、必死になって束になり、そいつに魔法や矢を放ちまくっていた。


「あ、あれです! なんでデカい……あんな魔物がいたなんて」

「おお……ありゃあ……」


 その大きさには、魔物に知識がある俺でも驚いてしまう。全身を黒で染めたその竜は、どんな生き物より巨大だ。


 奴は遠く離れた空にいる。それでも分かるのだ。あれはとんでもない大きさの魔物だし、今のように憲兵や冒険者達が攻撃を続けるのも、悪手でしかない。


「あの手の奴には、遠間からチクチクやっても効かない。こりゃあ酷えことになるぞ」

「酷いことって、なんですか?」


 俺と一緒に逃げている店主は、不安で堪らないという顔だ。あまり脅かすのも良くないが、事実として伝えるべきこともある。


「大勢殺されるってことだ。半端にちょっかいなんてかけちまうのが、一番魔物を怒らせるんだよ」


 マスターはブルリと震えていた。避難している最中、空を見上げながら思ったことがある。


 俺はかつて、アイツに似た魔物と散々やり合ってた。


 そう。あれは魔王竜ゼノグローヴァにそっくりだった。かつて殺し合った強敵と。


 違うとしたら、奴は体のあらゆるところに赤い線が入っていたことくらいか。とんでもないことになったものだ。


 逃げながらかつての日々を思い出して、なぜか意味もなく体が震えた。


 ◇


 規格外の大きさを持ったそいつは、大方の連中が恐れたとおりに、街という街を荒らし回った。


 奴がすることといえば簡単だ。こちらが届きそうもないところから、魔法なりブレスなりを降り注ぐだけ。ただそれだけで、面白いように被害が増えていく。


 だが、思っていたほど激しい暴れっぷりではない。一日暴れると数日は姿を消し、また現れて火の雨を降らしてくる。そういうことを何度か繰り返していた。


 多分だが、あいつはまだ本来の力を発揮していない。今の程度なら嫌がらせでしかなく、あの大きさの魔物ならもっと殺傷力があるはずだ。


 恐らく奴は、目覚めたばかりで以前あった力が扱えていないのではないか。そうとしか考えられない。かつての経験や知識、感覚が頭の中で次々と教えてくる。


 早く叩かねばいずれは力を取り戻し、都や地方の街……いや、世界中を殲滅させることもあり得る。


 そして最も懸念していたのは、この脅威をみんなが正しく認識しているかということだ。


 四十年前とは違い、今は魔物の出没自体が稀になっている。自然と侮る傾向が出ていることを、薄々ながら肌で感じていた。


 これは危険な兆候であり、どうにかしなくては本当に悲惨な末路を辿ることになる。舐めていれば滅ぼされる。いつどんな時代、誰であっても同じだ。それは俺の経験則でもあるし、多くの歴史が証明している事実でもある。


 だから俺は城のお偉いさん方、有力な冒険者ギルド、それから貴族連中に毎日のように手紙を送った。


 手紙の内容は、まずは簡単な自己紹介。続いてあの竜がいかに恐ろしい手合いか、という説明から始めるのがほとんどだった。


 現在行われている攻撃など序の口であり、一刻も早く討伐してなくては手がつけられなくなること、討伐にあたってはどういった編成で挑むべきか、など可能かなぎり詳細を書いて送り続けた。


 しかし、彼らからの返事はない。


 竜が都にやってくる頻度が減り、彼らは奴が徐々にいなくなるような、楽観的な錯覚に陥っている可能性がある。


 このままでは本当にまずい。かつてない怖気を覚えずにはいられぬ。


 四十年前の王国防衛省や冒険者ギルドと、今の連中はまるで違うような気がした。彼らは少しの不安要素すら、すぐに排除したがる。ある意味では凶暴だが、頼りになる人達だったと思う。


 今はもう、そういう気概のある奴はいないかもしれぬ。


 俺は酒を飲む気にもなれず、頭を悩ませては外をうろうろ歩き回っていた。その時、ふと街中にいくつも紙が貼られていることに気づいた。


 どうやらあの竜を倒すための討伐部隊を国が準備しており、参加できるものを募集しているようだ。


 報酬は功績によって異なるようだが、昨今の冒険者ギルドの報酬と比較すれば破格の高待遇だ。文字どおり桁の違う額を提示している。


 どうやら討伐部隊に加入するためには、それなりの審査が存在するらしい。


 募集期間は今日を含めて三日間。合否については住所に手紙を送付することになっている。


「何もかも遅すぎる」


 俺はこの内容に不満を覚える。実際に動き出すのは、早くとも一週間以上かかるのではないか。


 数日おきとはいえ、竜は民が暮らす街の上に現れ厄災を撒いているというのに。


 苛立ちと共に一つの不安も浮かぶ。今の若い騎士や魔導師、冒険者達が果たしてあれと戦い抜けるだろうか。


 老害と言われるかもしれないが、俺はどうしても今の若い連中が信用できないところがある。


 ここは指導なり、補助なりをする存在が必要ではないか。では誰がやるのか?


「……俺しかおらぬか」


 この気持ちが自惚であってほしい。


 とにかくこのまま、じっとしてはいられぬ。気がつけば体は、討伐部隊の試練場へと進んでいた。

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