キャンプ場の怪〜憎しみの林間サイト〜
しいなここみさん主催『いろはに企画』参加作品です!
山の木々は秋を纏っている。
林間キャンプ場にやってきた俺は、ローチェアに座って短い秋を想う。
空は少しずつ色を深め、空気は少しずつ薄まっていく。バッグに押し込んでいたパーカーを羽織ると、俺は焚き火の準備を始めた。
普段なら薪を小さく割って着火する手筈だったが、この時期の山には沢山の『火の種』が眠っている。サイト沿いに植えられた広葉樹の周りには、いくつもの枯葉が散らばっていた。
薪を突っ込んでいた麻袋を片手に、サイト内を見て回る。紅葉の木の下では、爆ぜた秋が地面を赤く染めている。その中の何枚かを手に取り、眺め、麻袋に投げ込んだ。
焚き火台に枯葉を並べ、火をつける。炎の形をしたモミジの葉を落とすと、心なしか火の勢いが強まったような気がして、俺は頷く。
薪を並べ――
火を育て――
そして焚き火の上にダッチオーブンを吊るす。
今夜の夕食はとん汁だ。
新潟県妙高市のとん汁の名店『たちばな』さんのとん汁みたいな、豚バラ肉と玉ねぎたっぷり具沢山のやつ。
すでに2本目に突入した缶ビールによって、俺の胃袋はほろ酔い気分。さらにこいつは泣き上戸ときた。とん汁の温もりを求めて、寂しい寂しいと大声で泣いている。
鳴り止まない腹の音を慰めながら、俺は早速料理に取り掛かった。
炊事場から汲んできた水をダッチオーブンに注ぎ入れ、お湯を沸かす。
具材は既に家で下拵えを済ませてあった。キャンプ地で一から料理するのも楽しいが、俺はそっちより酒の時間を優先したい。
のんびりビールを飲み、時々焚き火に薪をくべながら、水がお湯に変わるのを待つ。
腹が減った。
猛烈に。耐え難いほどに。
焚き火の匂いが鼻をくすぐる。
火の匂いだ。
条件反射的に、舌が温かいものを欲している。
早く、とん汁が食べたい。甘く煮くずれた玉ねぎと、舌の上でとろける豚バラ肉、そして熱く喉を抜けて胃を激らせる木綿豆腐が入った、最高のとん汁。
辛抱たまらん。
ダッチオーブンの蓋を開けると、お湯が小さな泡を立てていた。
もういいだろ?
もう煮込んでもいいよな?
俺はクーラーボックスから、アイラップに包んだ食材を取り出す。
玉ねぎ、豆腐、ネギ――
え……?
俺は食材をローテーブルに並べた。
玉ねぎ、豆腐、ネギ――
あれ?
俺の頬を冷たい汗が流れた。深まる秋の夜風と、信じ難い現実の冷や水によって、俺は耐え難い寒気を覚える。
肉、忘れてない?
酒で麻痺した脳で、俺は昨日の準備を思い出した。豚バラ肉は適当なサイズにカットして、アイラップに包んだあと、保冷剤がわりに使えるかと冷凍庫に突っ込んでいた。
今日の朝は冷蔵庫を開けて、玉ねぎと豆腐とネギとビールをクーラーボックスに入れて――
入れてない。
俺は肉を、クーラーボックスに入れてない。
ビールを握る手がガクガクと触れた。
秋の夜風だけでは説明できない程の寒さが、俺の胃袋を中心に全身へと広がっていく。
豚肉のない、豚汁なんて……。
とんのない、とん汁なんて……。
ただの汁――
俺は呆然と夜空を仰ぎ見た。
煮詰めて濃縮された藍色の空には、冷水を垂らしたみたいな青白い月が浮かんでいた。
肉……ない……
にく……ない……
にく……い……
△
私の名前は伊吹早苗。
『ふうこ』の名前で動画配信をしている大学生キャンパーです。
あの、もうそろそろキャンパーって名乗ってもいいのかな? まだまだ、初心者だけど――
そんなわけで、今日も趣味のソロキャンプを楽しむために、原付で林間キャンプ場にやってきました。
夏の汗も気持ちいけど、肌寒い秋の風も心地いです。
ご飯を食べ終えてテントの中でまったりしてると、そのうめき声は風にのって流れてきました。
憎い……
憎い……
それは、私の知る限り最も凄惨で、最も苦しみに満ちた、まるで地獄の底から響いてくるような声でした。人の口から放たれているとは、到底思えません。
私は寝袋に頭を突っ込みました。
でも、綿の隙間を抜け、指の間を通って、その声は私の脳に呪詛を擦りつけてきます。
キャンプ場で死んだ霊でしょうか。
何がそんなに憎いのでしょうか。
よくわからないけど怖すぎますよ。
私は動画撮影を諦め、朝まで続くその声に震えていました。
ホラーじゃ……ない!
でも、キャンプで大事な食材忘れるのは、幕田にとってけっこうな恐怖です(^◇^;)
そん時は、あるもの代用して適当に作りますが!
ちなみに今回怖い目に遭ってしまった『ふうこ』ですが、幕田の他のキャンプ作品にも出てきます。
宜しければ併せてお読み下さい!
『火を見て、日々を観る 〜アラサー男女の初心者キャンプライフ!〜』https://ncode.syosetu.com/n5491gu/
『いつもすみっこにいるあの子は、俺が尊敬する動画配信者だった!』https://ncode.syosetu.com/n3403js/