第20話竜馬の哲学
1870年代。竜馬はアメリカ合衆国に渡ると、当時世界的に流行していたカール・マルクスの「資本論」の英語版を手に入れ、3年間かけて読破した。マルクスが本当に言いたかったこと、資本論の本質的な意味とは。1930年代まで、ずっと心の片隅で考え続けていた。
ジョン・デューイやフランクリン・ルーズベルトに竜馬がしばしばもらしていたのは、
「「資本論」は単なる経済学書、哲学書ではない。19世紀までのあらゆる思想。カントやヘーゲルの「唯物論」、オーウェン、ウェッブ夫妻の「共産主義」、アダム・スミスの「国富論」から「歴史学」まで。その時代の最新の流行、学術、政治、哲学の集大成であったのではないか」と。
「経済とは哲学とは。世界とは歴史とは人間とはそもそもなんなのか。マルクスの思想は大いなる示唆を与えてくれている気がします」
ルーズベルトは、
「僕も現代に積極財政は必要だと思う。富の再分配、公共事業、労働法の整備といった社会主義的政策も含めて。もし僕が大統領になったら、「ニューディール政策」に盛り込みたい」
デューイも、
「「サッコヴァンゼッティ事件」もそうだったが、特にアメリカ人は社会主義に対して偏見というかおかしなアレルギーがある。現代は特に。資本主義が行きついてしまった印象は否めない。今のアメリカにはもう少し社会主義的な政治が必要だ。Rayとルーズベルトのコンビには期待しているよ」
「資本論」と竜馬の哲学はその後の世界、ケインズや石橋湛山の研究に影響を与え。さらにフランクリン・ルーズベルトの「ニューディール政策」、高橋是清の「時局匡救事業」となって世界を動かしてゆく。
ヒトラーの経済政策もニューディール政策や時局匡救事業と同じ内容。つまり「積極財政」であった。政府支出を大幅に増やし、公共事業や福祉事業を積極的に行っていく。これによってアメリカ経済も日本経済もドイツ経済も劇的に改善した。
ではなぜナチスや日本軍部は暴走を始め第二次世界大戦は起こってしまったのか。
226事件で高橋是清が暗殺され、満州事変からリットン調査団を経て松岡洋右による大日本帝国の国際連盟脱退。そして、ナチスドイツによるポーランド侵略、日本軍部による満州侵略に至って竜馬もようやく事態の深刻さ、その哲学的命題に気づき始めた。
竜馬は、ジョン・デューイを始め、バートランド・ラッセル、アインシュタイン、エンリコ・フェルミらに話を聞いて回った。碩学たちが口を揃えたのは、
「とにかく、急いではいけない。Ray。物事はゆっくりゆっくり変えていかないと人々のアイデンティティーが崩れてしまう。今、Rayたちがやってることは、リベラル化が性急すぎるのだ。これでは人々は態度を硬化させ保守的反動に走るばかりだ」
「大切なのは、そうと気付かれないスピードで物事を進めていくことだ」




