1話
「物語の舞台は…そうだな、異世界。
それも剣と魔法のハイファンタジーで…」
誰もいない、放課後の教室。
「主人公は、『最強のスキル』を持っているんだ。
でも、周りからはそれが最弱だと思われていて」
僕はそう秘蔵のキャンパスノートに文字を綴る。
「けど、問題なのは、その『最強のスキル』なんだよなぁ!
どうやって主人公のその最強スキルを周りから笑われる最弱スキルに落とし込むか。
そして、そのスキルを何にするか…」
少し開いた窓の隙間から差し込む赤い夕陽がそんな僕をささやかに照らし。
外のグラウンドで部活動をしている生徒たちの声がバックミュージックとなる。
「『進化』ってのはどうだろうか?
元々使えない雑魚スキルだったけど、それがどんどん進化して強くなっていくんだ、
で、最後には最強になる」
アイデアが浮かんできた僕はノートに書き込むスピードが更に早くなる。
このアイデアを決して逃さぬようにと。
「主人公は転生者にしよう。
それで、そうだな!
転生した先、幼いころからスキルの弱さでいじめられていて…!
ああ、もうっ!スキルも増やしちゃおう!
主人公には三つのスキルがあって!
ヒロインはちょっとツンデレ気質で!
でも僕…いや主人公にはべたぼれで…!」
いつから僕、向井原 勇太は小説投稿サイトに文字を書き連ねるようになったのか。
きっと始まりは、些細なことだったと思う。
暇潰しだった。
娯楽溢れる現代では、様々な暇つぶしがある。
スポーツ、ゲームや、漫画、動画鑑賞…etc.etc…
そんな娯楽の戦国時代とも呼べる現代の中で僕が選んだのはweb小説というジャンルだった。
web小説ならば暇も潰せて金もかからない。
文字だけだから携帯の通信量も嵩張らない。
だから、初めは無料なら読んでみるかという軽い気持ちでその門を潜った。
そしたら見事にどっぷりと沼に、泥沼にはまってしまった。
異世界転生、転移、ざまぁ系。
僕にとってはそのどれもが新鮮なもので、それらを読んでいるうちに僕も小説を読む側から書く側になりたくなった。
きっとそれが書き手になろうと思った理由。
「ふぅ…」
筆を休める。
ある程度自分の中でのイメージ。
書きたいことが書き終わったから今日はここらでやめにしようと思ったのだ。
クラスに飾られた時計を横目で覗けば短針が右下を向いていた、つまり現在時刻は17時半。
もう帰ってもいい時間帯。
そんな時だった。
ふと突然に僕のポケットのスマホが振動する。
この長さ、誰かからの電話だろう。
「はい、向井原です」
「にーちゃん!!!」
相手の名前も見ぬまま出れば、
そんな物凄い怒号が耳をつんざき、少し耳を離した。
電話相手は、中学2年生の妹の絵里からだった。
「今どこにいるの!?」
「どこって、学校だけど…」
「学校って…!
ちょっと!!今日はママの誕生日会がある日でしょ!?」
「あ」
そうだった。
僕の家庭では最近では珍しい誕生日会というものが存在する。
誕生日会とはその名の通り、誕生日を祝うパーティー。
父と母と僕と妹、計四人だけの粛々としたものだが、毎年4度開催される我が向井原家の伝統行事が今日はあったのだ。
それは、毎回18時あたりから取り行われていて…。
「18時…」
現在時刻は17時半。
ここは、高校。
僕の家からの通学時間は電車も使いおおよそ1時間。
つまり、タイムアウトじゃないか!
「もうっ!
高校2年生にもなって…しっかりしてよね。
にーちゃん」
「わ悪ぃって…」
僕は絵里との会話をそこで切り、慌てて荷物をバックに突っ込み帰り道を急ぐ。
その時の僕は知らなかった。
いや、誰だって知らなかった。
今日ここで学校に忘れて帰った、他人に見られたらちょと恥ずかしいあのキャンパスノート。
将来間違いなく黒歴史になるであろう、あれが。
あんなものが、
まさか彼女との出逢いのきっかけになるとは。