09 イチオシを飾ります
「なんで、私なのですか……?」
おそるおそる尋ねると、バルダッサーレ様は重々しく口を開いた。
「おまえはアルノの誇りを守ったからだ」
「え……」
「不正売買があったが、革財布は間違いなくアルノ製と言ってよい……革のなめし方、縫製、すべてがアルノ製だった……」
バルダッサーレ様は目を伏せた。
「もしも、不正売買の上に革財布が偽物であったら、ギルドの信用問題にもかかわる。騙されて買った者も、アルノの革の良さを知ることはなかっただろう……」
バルダッサーレ様は私に向かって頭をさげた。
「ギルドの長として礼を言う。アルノの伝統を守ってくれてありがとう」
そんなことをされてると、恐縮する。
「頭をあげてくださいっ ……あの財布ができたのは、パウロたちのおかげで、私だけでは……」
「だが、職人をまとめたのはおまえだと聞いた。おまえならば、アルノの伝統を守って工房をやっていくだろう。そのためにも」
バルダッサーレ様は射殺すような目で私を見る。
「私の屍を越えてゆけ」
「え、やです」
即答すると、バルダッサーレ様の片方の眉が器用に持ち上がった。
私は小さく笑って、バルダッサーレ様の手首を見た。バルダッサーレ様の手首には革製のチョーカーが何個もある。
あのチョーカーはバルダッサーレ様に認められ、職人として始めるための試験に作らされるものだ。私のもある。
今見ると、縫製が甘いチョーカーだから、ちょっと恥ずかしい。
それでも、不格好なチョーカーをバルダッサーレ様は大事に扱ってくれている。
革の色艶を見れば、分かってしまうのだ。
バルダッサーレ様は、そういう方。
「引退しないで、これからも職人を見てください。最低でも、あと百人」
バルダッサーレ様がふと口の端をあげる。
「……百人の職人を見届ける頃には、私はヨボヨボだな」
バルダッサーレ様は憑き物が落ちたようにさっぱりした顔になった。
私は馬上槍試合に出場する騎士について尋ねた。
「誰が試合にでるのですか?」
「私が作る衣装は団長に着てもらう」
「……団長さんが」
「ああ、奴にそろそろ服を着せようと思ってな」
「えっ……団長さんが半裸じゃなくなるんですか……?」
バルダッサーレ様は厳しい表情のまま、ゆっくりと頷いた。
鬼気迫る様子に、ごくりと生唾を飲み干す。バルダッサーレ様は、本気だ。
本気で、団長さんの上半身に服を身に着けさせる気だ……すごい。
「……私のお相手は……?」
「リストに乗ったものなら誰でも良い」
そういわれ手渡された紙のリストの中に、ルキーノ様の名前を見つけた。
「自分が尤も飾りたいものを選んでよい」
「……飾りたい」
それは、もう、ひとりしかいない。
思い浮かんだ人に似合う装飾具を想像して、かっと頬が熱くなる。
バルダッサーレ様は薄く笑っていた。
「わ、かりました……頼んでみます」
「そうしろ」
妙に優しい声で言われ、私は胸を高鳴らせた。
イチオシに似合う服を作る。それって、もう最高の仕事ではないか。
「――と、いうわけで……私の騎士になってください!」
詰所に戻った私は、ありったけの勇気を振り絞ってルキーノ様に事情を説明した。
床に頭をこすりつけて、お辞儀をして頼み込んだ。かなり必死です。
「ライラさん、顔をあげてください。俺でよければいくらでも」
頭をあげると、嬉しそうに破顔したルキーノ様がいる。
了承が出た。嬉しい、嬉しい。ぴょんぴょん跳ねたいっ
思わずへらっと笑っていると、ルキーノ様がくすくす笑う。
「馬上槍試合なら王太子殿下も出られますね…」
「王太子殿下って、武芸の達人と言われる方ですよね?」
「えぇ、対戦したら…………厄介ですが、ライラさんの作った衣装を身につけて、いい結果を残します」
「は、はいっ! ルキーノ様のたっとさを惹きたてるものを作ります!」
大声で返事をすると、ルキーノ様は目を細める。
私はぐっと力拳を作った。
「なんていったって、バルダッサーレ様の騎士は団長さんです。しかも、服を着るんですよ」
「……それは、気合の入れ方が違いますね」
「はい……バルダッサーレ様に勝てる気がしませんが、精一杯やりたいです」
「いえ、勝ちましょう」
「へ?」
ルキーノ様はうっとりとした目になった。
「ライラさんの腕なら勝てます。勝ちましょう?」
悩乱するほど魅惑的な声音で言わた。私は魚のように、口をぱくぱくさせて高速で首を縦にふってしまった。イチオシが言うんだ。不様な姿は見せられない。
それから、ルキーノ様と衣装について話し合った。馬上槍試合は一対一の勝ち抜き戦だ。
すれ違いざまに相手の頭や胴体に槍を打ち込んだ方の勝ち。落馬させたら、その場で試合終了だ。
槍は切っ先を潰しカバーがかけてある。でも、打ちどころが悪いと怪我が耐えないものだった。
「騎乗しながら槍を振るうのなら、肩周りは動きやすいものがいいですよね?」
「……そうですね。槍を使う時は、馬の手綱を離します」
「うーん、うーん。それでしたら、肩甲のデザインは関節に合わせて曲げられるようにして……」
それでいってカッコイイものに。伝統的な鎧のデザインをとりいれつつ、革の色艶を伝えられるものがいい。
「装飾は最小限の方がいいかもしれません。華美なものより、シンプルなデザインで」
ルキーノ様のお顔は宝石みたいに綺麗だもの。何を着ても似合いそうだけど、宝石の輝きを惹きたてるのは、シンプルな土台だろう。
方向性は決まった。あとは作るのみ! よし、頑張るぞ!
「楽しみにしています」
ルキーノ様に輝くばかりの笑顔で言われ、私の気合は充分だった。
その日から、半年。パウロたちにも手伝ってもらって、衣装づくりに取り組んだ。
家探しは保留。ルキーノ様とひとつ屋根の下の方が、相談しやすくて私としてはありがたかった。
ルキーノ様はお仕事の報告があるとかで、アルノと王都を行ったり来たりしていたけど、一緒に晩御飯を食べる日が多くなった。
眠い目をこすりながら、私は約束したトマト入りのパンスープをルキーノ様に作った。
「トマト入り、美味しいです。ほっとする味ですね」
笑顔でぱくぱく食べてくれて、私は密かにガッツポーズをした。
イチオシにご飯を食べてもらえる。なんて、たっとい時間なのだろう。
寸胴一杯に食べてもらいたいっ
「ライラさん? 食べる手がとまっていますよ」
「えっ、あ、ははっ。……胸がいっぱいで」
「それはいけません。きちんと、食べないと。ライラさんは細いんですから」
心配そうに顔を覗きこまれる。近づいた美貌とエキゾチックな香り。くらくらと眩暈して、私はぶっ倒れる10秒前だ。
「あ、あ、あ……急におなかが減りましたあああっ がっつり食べます!」
目を合わせられなくて、うつむきながらパンスープを食べる。
くすりと、蠱惑的な笑い声が聞こえてきて、むせそうになった。
イチオシとひとつ屋根の下で暮らすのは、危険がいっぱいだ。
そんな日々を過ごして、半年後。
とうとう馬上槍試合が開幕する。
王都の試合会場に着いた私は、様々な騎士の衣装に目を輝かせた。
頭から足の爪先まで銀色に輝く甲冑をまとう騎士。
肌に模様を描き、それを装飾の一部のように計算して、革素材の鎧を身に着けていた騎士。
貴族とかわらない服装に、銀色の肩当てをしたスタイリッシュな騎士。
各地から揃う衣装のデザインに目が釘付けだ。
「私はまだまだだな……」
落ち込んでいる私に追い打ちをかけるように団長さんの衣装がこれまたすごかった。
「……団長さんが服を着ている……」
バルダッサーレ様がデザインした衣装に私は度肝をぬかれた。
へそのあたりまで、大きくV字に開かれた紺色のシャツ。
健康優良児らしい団長さんの焼けた肌、隆起した胸が見えるが、ワイルドでセクシーだった。
シャツはボタンを留める箇所が革製になっていて、ダークブラウンの色がシャツの色とあっていてカッコイイ。
左の肩当ては、革を四枚重ね合わせていた。斧の形のような装飾がされていて、それ自体も革。
前腕から指先まで、レザーでおおわれた籠手と肘当て。きらりと光る銀の装飾がにくい。
足を飾るのは、折り返しのある編み上げブーツだった。
「……団長さんが、カッコイイ」
思わず見とれてしまう。ルキーノ様が人外レベルのイケメンだったから、すっかり忘れていたけど、団長さんも色男だった。すごい。カッコイイ。
「ライラさん、着替えました」
ルキーノ様に声をかけられ、はっと我に返る。
振り返って見えた姿に、私の意識は天に昇った。
イチオシがあまりにもカッコよすぎました。