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08 イチオシが解放してくれました

 目を覚ました時、ルキーノ様の姿はなかった。

 私はソファに寝かされていた。びっくりして飛び起きて、工房を見渡すが、誰もいない。


「え? 全部、夢だったの?」


 そう考えると妙に納得してしまった。

 そりゃそうだよね。あのルキーノ様に抱きしめられ、はあはあされるなんて私、疲れていたんだな。

 腕を組みながら、うんうんと頷いていると、ドアが開いた。開いたのにカランコロンといわない。はて?

 首をかしげて、開かれたドアを見る。紙袋を抱えたルキーノ様が入ってきた。私と目が合うと、慌てて近づいてくる。


「ライラさんっ……目覚めたんですね」


 心配そうに見つめられ、思考が固まった。

 あれ? 夢じゃないの?


「……傷口は痛みますか?」


 ルキーノ様が私の首に指先を触れる。顔を動かすと、ひきつったような痛みを感じる。首に手をあてると、包帯が巻かれていた。


「大丈夫です」


 そういったものの、ルキーノ様は苦悶の表情を浮かべている。

 私はドギマギしながら、そっと目をそらした。

 だって、距離が近いんだもの。


「傷は本当に大丈夫です。手当て……してくれたんですね。ありがとうございますっ」

「いえ……手当てをしたのは職人の方で……」

「そうだったんですか?」

「えぇ……」


 パウロたちがしてくれたのかな?

 あとで、お礼を言わなくちゃ。


「ルキーノ様こそ、お熱は下がりましたか?」


 ちらりと横目でルキーノ様を見ると、眦が柔らかく下がっていた。


「ええ、大丈夫です」


 ルキーノ様は紙袋をテーブルの上に置くと、椅子を引き寄せ、私のそばに座った。


「ライラさん、話をしてもいいですか?」


 神妙な顔に自然と背筋が伸びる。こくりと頷くと、ルキーノ様は話しだした。


「俺は王国騎士団の所属のものです。アルノの町で不正販売があったので調査のためにきました」

「……王国……不正って、叔父がですか?」

「えぇ、……ヴァニタ男爵はマフィアと繋がっていたんです」

「マフィア?!」


 とんでもない話に大きな声が出た。


「組織の一員の伯爵に命じられるまま、あなたたちに不正労働をさせていたんです。作ったものをギルドを通さず、偽の証明書を付けて販売していたんです」


 ルキーノ様は苦しそうに眉をひそめ、ズボンのポケットから財布を出した。一度、見たことがある飴色になった財布だ。


「この財布を作ったのは、ライラさんですよね……?」

「あ……妖精……」


 私は自分の作ったものに妖精の刺繍をする。

 妖精さんの加護が使う人にありますようにって、願いを込めて。

 財布はよくよく見ると叔父に言われて作ったものだ。


「どうして、ルキーノ様が……」

「あなたが作ったものを不正売買していたマフィアから買いました」

「えっっ」

「正規のルートではありませんが、財布はとても気に入っています」


 そういってルキーノ様は愛おしそうに財布を見つめる。革の艶がでていて、財布はよく手入れをされていた。大切に使ってくれていることが分かったけど、不思議なことがあった。

 私が財布を作ったのは、長くても4か月前だ。味のある飴色になるには、短いのだ。


「ルキーノ様……色を変えるために、革を日に当てたのですか?」


 自分好みの色に変えるため、革を日干しをするお客さんはいる。

 そう思ったのだけど、ルキーノ様は目を泳がせた。


「あ、……ちょっと使いすぎて……」


 ルキーノ様は眉をさげて、困り顔だ。頬が赤くなっていて、気まずそう。

 ――イチオシが、照れている。可愛い。罪深い。けしからん。

 あまりのたっとさに、魂が天に昇りかける。

 ルキーノ様はこほんと咳払いをして、話を続けた。


「ヴァニタ男爵は投資に失敗し、借金を抱えていました。その取り立てにマフィアが絡んでいて、革財布の横流しに手を染めました。たかが、一時の金のために、ライラさんたちを……」


 ルキーノ様は眉間に深い皺を刻んだ。


「ヴァニタ男爵がしたことは、工房の経営者としては赦されないものです。彼は王都で取り調べを受け、刑務所で就労します。ノーブレス・オブリジェから逸脱していますから、爵位は失われます」

「叔父は貴族ではなくなるのですか……?」

「ええ、……ヴァニタ男爵位は、ひとり娘のフランカさんに継がれますが、彼女は未成年です。男爵位は王家預かりとなり、彼女が成人後に受け継げる人間になれるか審査されるでしょう」

「な、なるほど……わかるような、わからないような……」

「ライラさんには関係ないことです。ヴァニタ男爵は、ライラさんに対して保護者としての責務もまっとうしていなかった。そんな家にあなたを置いておけない」

「は、はあ……」

「彼らとライラさんは、縁が切れたんです」

「切れたって……じゃあ、工房は……」

「それは安心してください。ギルド長のバルダッサーレ卿が取り計らってくれます。あなたが工房の経営者になれるように」

「え……」

「条件があると言っていましたが、詳しくはバルダッサーレ卿に聞きましょう。不安なら俺も一緒にいきますし」


 ルキーノ様が私を見て、泣きそうな顔をする。


「あなたは自由です。もう誰も、あなたを縛りません」


 はっきりと言われ、軽やかに飛ぶ妖精のように心が軽くなった。

 ……そっか。私が、私たちがされていたことは、犯罪だったんだ。

 なんだ。そっか。……そうだったんだ。


「……もう叔父にぶたれることはないんですね……」


 ぽつりと呟くと、ルキーノ様が目を赤くしながら、優しい声でいう。


「ありません。俺がさせません」

「……っ パウロたちにも、無茶させなくて、いいんですねっ」

「はい。あなたたちは、自由です」


 潤みだすルキーノ様の瞳を見て、視界がぐちゃぐちゃに滲んだ。

 だって、夢みたいだ。あと二年は我慢しなくちゃと思っていたから。

 あー、もう……鼻水まで出てきた。


「ありっ……ありがとう、ごじゃいますうううっ」


 かみかみになりながら頭を下げると、ルキーノ様がゆるく首をふる。

 そして、私の手に自分の手を置いた。ぎゅっと握りながら、苦しそうに言う。


「いえ、俺がもっと早くライラさんの境遇に気づけたらっ」

「そんなことないですぅぅぅっ 充分ですうぅぅぅっ」


 わああと泣きだした私に、ルキーノ様が困ったように小さく笑った。


 ありったけの涙を出して、声がガラガラになってしまった。

 そんな私に、ルキーノ様は憂いを帯びた美しい顔になる。


「俺の仕事は潜入捜査でした。ヴァニタ男爵の周辺を探るために、フランカさんに近づきました」


 ルキーノ様は私を見て、不安そうに言う。


「……仕事とはいえ、ライラさんに誤解されるようなことをしました」

「じゃあ、フランカど、でぇーとじゅるっていう話は……」

「……仕事で仕方なく……」

「じょうだっだんでじゅね」

「言い訳しかできませんか……信じてもらえませんか……?」


 すがるように言われてしまい、喉がガラガラな私は、すんと鼻を鳴らしました。


「じんじまじゅ」


 そういうとルキーノ様のオパール色の瞳がぱっと輝く。とろけるような笑みを見せられ、全体的にまぶしい。私が滅せられる。

 私は小さくなりながら、お願いをした。


「でぇーと、したいでじゅ」

「え……?」


 ちらっと上目遣いでルキーノ様を見上げる。


「わだじとも、でぇーと、してもらっても……」

「俺としてくれるんですか?」


 極上の笑顔で見られ、口を引き結ぶ。高速で首を縦に動かすと、ルキーノ様が幸せそうな顔をしてくれた。なんて、たっとい。


 その後、叔父たちと会うことはなく、屋敷は売り払らわれることになったそうだ。

 帰る家を無くした私は、家が見つかるまで、騎士団の詰所に寝泊まりする。

 つまり、ルキーノ様とひとつ屋根の下が継続中というわけだ。

 うん。そうね。たぶん。私は天国に来たんだと思う。


 ふわふわした気持ちのままでギルド長のバルダッサーレ様とも面会した。

 工房の責任者になるには、一つ条件があるらしい。

 未成年でも特例で認めるには、実力が必要だそうだ。


「そこでだ。王都で行われる馬上槍試合の衣装をライラに任せたい」

「えっ 私にですか?!」


 馬上槍試合といえば、各地の騎士団から二名、選出し、模擬戦をさせるものだ。

 強さを競うものだが、衣装はその地方の特色を生かしている。

 アルノの革職人なら、衣装づくりは最高の名誉ともいえた。


「衣装づくりの職人は二名。一人目は私だ。もう一人は、ライラ。おまえだ」


 バルダッサーレ様に射抜くように見られ、私は大きく目を開いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やった! 妖精の刺繍した甲斐があった! かみかみライラ、可愛いなぁ……
[良い点] 「でぇーと、したいでじゅ」 かわいすぎるぜ…!
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