06 イチオシに救われました <挿絵>
工房に戻って仕事をする。
すると、午後になってから叔父の使いという人がやってきて、屋敷に来いと言ってきた。
イヤイヤ屋敷に行くと、叔父は目を血走らせながら、次の納品の話をした。
「また受注があった。納期には間に合わせろよ」
ぶたれるのが嫌で「わかりました」とだけ、短く返事した。
あと2年の我慢だ。それが乗り越えられれば、私たちは自由。
叔父の執務室を出ると、フランカの姿はなかった。
ルキーノ様とデートしているのだろうか。
嫌な気持ちになって、頭を大きくふるう。
今はとにかく仕事だ!
工房に戻って、私はパウロたちに深々と頭を下げた。
「また大量注文があったの……みんな、ごめんなさい」
1日、5つ作れれば上出来な革財布を7つ作らなければ間に合わない。それほどタイトな期限だった。
寝ずにやっても間に合うか分からない。
叔父は、本当に、ちっとも職人のことを考えていない!
怒りはあるのに、私にできるのは謝ることだけだ。
悔しくて、うつむいていると、パウロが明るく笑った。
「お嬢! そんな顔しないでくだせえ! また頑張ればいいだけの話ですわあ!」
そうだ、そうだと他の職人もうなずく。
「さっそくやりましょう!」
そしてみんな不満のひとつも言わず、作業に取り掛かってくれる。私はじわっと熱くなった目頭を、洋服の裾でこすって、口角の両端を上げた。
裁断された革を手に取り、針と糸を持って、私も縫製に取りかかる。
どんなに期限がギリギリでも、手にした人がガッカリするような財布は作れない。
私たちは食べるのも、眠るのも忘れて、作業に没頭した。
***
「は、ははは……終わった……」
まぶしい朝日を見ながら、私はぐったりしていた。
隣では、いびきをかいて寝ているパウロがいる。
パウロだけではなく、他の職人も床で屍のようになって寝ていた。
叔父から無茶ぶりされた財布の作成は、どうにか期限までに間に合ったものの、みんな満身創痍だった。
「……こんなことやっていたら、死んじゃうな……」
大きく息を吐きだし、わたしはできた財布を箱詰めしていく。
数をかぞえるが、今にも倒れそうになっていたから、1なのか10なのか分からなくなっていた。
「……もう、いっか」
投げやりになって、椅子に座ってぼーっとする。
目をつぶった瞬間、私は泥のように眠ってしまった。
ドンドンドン!
ドアを叩くけたたましい音がして、私は目を開いた。
「なんですかあ?」
パウロがあくびをかみ殺しながら、ドアに近づく。扉を開くと、叔父と大男の使用人が工房に流れ込んできた。
「どけ」
「ひえっ」
叔父がパウロを押しのけながら入ってくる。叔父にぶつかったパウロはよろけて、しりもちをついた。私はパウロに近づいて、声をかける。
「パウロっ、……大丈夫?」
「お嬢、大丈夫ですわああ」
パウロは気にしていないかのように明るく笑う。その顔は疲れ果てていて、無理して笑っているようだった。私はキッと叔父を睨む。
叔父は私たちのことは眼中になく、机の上に置いてあった箱を見ている。革財布を確認していた。
「作れたようだな。今回の、報酬だ」
ぞんざいな態度で、叔父は麻袋を机の上に投げ捨てる。
乱暴に置かれてたせいで、銀貨が袋から飛び出す。一枚の銀貨が机の上を転がるように滑っていき、やがて机から落ちた。
チャリン。
コインの音がした瞬間、私の怒りは爆発した。
「叔父様! パウロたちは必死になって財布を作ってくれたんです! そんな態度はあんまりです!」
叔父がぎろりと私を睨む。無言で近づき、大きく手を振り上げた。
「金を与えているのに、なんだその言い方は!」
またぶたれる。そう思ったわたしは、顔を庇って腕でガードした。目をつぶって、くる痛みに耐える。
「ぐわっ!」
でも、痛みはこなくて、代わりにパウロの声がした。目を開くと、叔父に殴られて、床に倒れているパウロがいる。
「パウロっ」
「たたた。ヴァニタ様……お嬢に手をあげるのはやめてくだせえ」
パウロは叔父にむかって、床に両手をついて土下座をする。
「この通りですから」
「パウロ……」
パウロの姿に悲しくなる。
どうしてだろう。なぜ、優しいパウロが頭を下げなくちゃいけないんだろう。
わかっていないのは、叔父なのに。
やりきれなくて、私は口を引き結んで、パウロの背中に手をおく。
叔父はふんと鼻を鳴らした。
「雇っているのは、こっちだということが分かっているようだな。おまえたちの首なんぞ、いつでも切れるだ!」
「っ……」
「次の受注だ。期日に間に合わせろよ」
そういって叔父は受注書を私に投げつけてきた。
紙に書いてある革財布の個数と期日を見て、絶句する。
また無理をしないとできない。
せっかく死ぬ思いでやったというのに、またやらなくてはいけないのか。
いつまでこんな日々が続くのだろう。これじゃあ、悪夢だ。
「叔父様……これは無理です……」
私は紙を見て、呟くように言った。
ぴくりと叔父が反応する。睨まれたが、もうどうにでもなれと思った。
もう頑張りたくはない。
「パウロたちに、これ以上、無理をさせられません……」
「お嬢……!」
パウロが慌てて顔を上げて、私にむかって首を横にふる。
黙ってやればいいと必死で言ってくれている。
だけど、プツンと緊張の糸が切れてしまったみたいで、私は微笑みながら、ゆるく首を横にふった。
「もう、いいのよ。パウロ……」
「お嬢……」
私は紙を叔父に差し出した。
「無理です。できません。革の在庫がありません」
みるみるうちに叔父の相貌が変わっていく。
「短期間で革を作れる薬品を与えただろう! それを使え!」
「それは無理です。それでは、私たちはアルノの革職人じゃなくなってしまいます」
心は怒りにも燃えずに、すっと静かだった。
「誇りを失ってまで、仕事をしたくはありません」
「子どものくせに、生意気を言うな! この受注は、さるお方からのものだ! 断るわけにはいかんのだ! いいから、さっさと作れ!」
そんなこと、知らないし、どうでもいい。
目を真っ赤にして、悪魔のような形相で言われたけど、無理なものは無理なのだ。
「できません」
静かに言うと、叔父は私の胸ぐらを掴みかかった。
ああ、また、殴られるのか。
股間でも蹴ってやろうと思ったのに、眩暈がして力がでない。
叔父みたいに、暴力で言葉をねじ伏せる男は嫌いだ。
男の人だったら、ルキーノ様みたいに紳士的で穏やかな人がいい。
「ヴァニタ様! おやめください!」
「じじい! 黙ってろ!」
「ぐはっ!」
叔父を止めようとしたパウロが大男たちによって、腕をひねりあげられる。
そして、パウロの頭に大男が銃が突き付けられた。
ぞっとするほどの殺意を感じて、恐ろしさにわななく。
叔父は憎悪で瞳を濡らしながら、私の首をしめる勢いだ。
苦しいのも、痛いのも、もう嫌だ。
私は無意識のうちに呟いていた。
「ルキーノ様……助けて……」
怖くて、怖くて。私はぎゅっと目をつぶった。
カラン!
ドアベルが激しく鳴り響き、叔父と引き離される。
「なんだ、貴様は! ぐおっ!」
叔父の焦る声がして、逞しい腕に抱きとめられる。
エキゾチックな匂いが鼻孔をかすめ、私はうっすらと目を開いた。
白銀の髪に、オパールの瞳。見えた姿に、一瞬、夢かな?と思った。
銀色の疾風のように大男も蹴り倒して、パウロも開放してくれる。
「お嬢!」
パウロが近づくと、彼は私をパウロに任せた。
オパール色の瞳が私を向く。痛ましそうに見つめられ、すぐに前を向く。
彼は腰に帯刀していた剣を抜き、逆手に持った。
「これ以上、ライラさんに近づくなら、その首、叩き落としますよ」
イラストは汐の音様作「自由絵一覧」より14をお借りしています。
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https://ncode.syosetu.com/n4308hn