04 イチオシがご飯を作りすぎたらしいです
「おい、ライラ! その怪我、どうした?!」
詰所に行くと、まだ上半身裸の団長さんがいた。片腕に包帯が巻かれている。
服を着ていなくて、また怪我をしたのだろう。
「団長、医者を呼んできます。ライラさんを頼みます」
「あ! え! おいっ!」
ルキーノ様は隣にある治療院へ駆け込み、医師を連れてきてくれた。医者から私は、薬草が練り込まれたシップをもらった。よく冷やした後に、シップを貼るといいらしい。
治療が終わり、団長さんがいぶかしげに私に尋ねてきた。
「一体、誰にやられた。殴られたんだろ?」
ギクリとして、身を小さくする。
「……団長、ライラさんは言いたくないそうです」
「はあ? なんでだよ。こんなひでえ目にあってんのに」
「事情があるんでしょう。あの、ライラさん」
「は、はいっ」
「よければ、詰所の二階にある空き部屋を使ってください」
「……え?」
ルキーノ様は目を切なげに細くした。
「行くところがなさそうな顔をしていたので……団長、いいですか?」
「あ、ああ。いいけどよ。二階は……」
「ライラさん、許可がでました」
団長さんが何か言う前に、ルキーノ様が私に向かって微笑む。
何がなんだか分からないが、休ませてくれるというならありがたい。
「腫れが引くまで、お世話になっていいですか……?」
「ええ」
にっこりと笑った顔を見て、ひどく安心した。しばらく、休みたかった。
ルキーノ様の案内で、詰所の階段を昇っていく。二階は扉が4つあった。一番、奥の部屋の扉をルキーノ様が開く。
「この部屋が空いています」
「失礼します……」
こわごわ中に入ると、小さなベッドと机と椅子があった。
「夜勤の騎士が使う休憩所です。鍵は内側から掛けられますから」
「そうなんですね……お借りします」
深々と頭を下げる。
「俺は隣の部屋で暮らしているんで、何かあったら、扉をノックしてください」
そういって、爽やかでセクシーな香りを残して、ルキーノ様は階段をくだっていった。
衝撃が大きすぎて、私はふらりとよろめく。
「……ル、ルキーノ様とひとつ屋根の下……なの?」
わああああ!と叫びだしたくなるのをこらえて、私は急いで部屋のドアを閉めた。
部屋にこもってみたものの、やることがなくて暇だ。
手持ちぶたさになってしまい、私はスカートのポケットから、刺繍セットを取り出した。椅子に座って、革に刺繍する。モチーフはアルノの町のシンボル、大樹とふたりの妖精だ。
その昔、この地域では、妖精がいたという伝説がある。大樹を住処にする妖精は、オパール色をしていて、ふらりと現れ、人に知恵を授けたらしい。
「……妖精……ルキーノ様みたいね……」
オパール色の瞳を思い出し、ふふっと笑ってしまう。
私は自分の作ったものには、こっそり妖精の刺繍をするのだ。
ふと顔を上げると、窓の外はすっかり暗くなっていた。どうやら、夢中になって刺繍をしていたみたいだ。
窓に近づくと、家の灯りが見えた。窓からの灯りがクリーム色の壁を柔らかく照らしていた。ひとつ、ひとつの灯りが、あたたかく見える。人がいるって、感じるからだろうか。
「今日は、ここで寝てもいいのかな……」
居場所のない屋敷に帰りたくなくて、ついつい気弱なことを言う。
ずっとここにいるわけには、いかないのに。工房だってあるし。
あと2年、我慢すればいいことだって、分かっているのに。
「……誰かと、ご飯が食べたいな……」
叔父が雇った料理人に嫌な顔をされながら、食材を分けてもらうことも。
自分の分だけの料理を作って、キッチンの隅っこで食べることも、今はしたくない。
――寂しいな。
そう口にしかけて、唇を引き結んだ。言葉にしたら、泣いてしまいそうだったから。
コンコン。
ふいに部屋の扉がノックされて、背筋が伸びた。
「……ライラさん、いますか? ルキーノです」
扉の向こうから、低い声が聞こえ、膝がカックンとなった。腰が抜けるほど、いい声です。いや、今はそうじゃなくて。
「いますっ」
私は慌てて施錠を外し、扉を開く。ルキーノ様は、私を見て、柔らかく微笑んでいた。
モノクロだった世界が、一瞬で、極彩色に染まっていく。それほどのインパクトが全身を包む。
とくとくと心臓が高鳴っていき、私はルキーノ様を見上げた。
「……実はお願いがありまして」
ルキーノ様は困ったように頬をかいた。
「ご飯を作り過ぎました。一緒に食べてもらえませんか?」
「――え?」
言っている意味が理解できなくて、目を点にしてルキーノ様を見上げる。
形の良い唇が語るには、ルキーノ様はスープを多く作りすぎたらしい。
騎士団の昼食は新兵、つまりルキーノ様が作るのだが、その調子で作ったら、とんでもない量になってしまったそうだ。
一階に降りて、キッチンに案内されると、寸胴いっぱいにスープができていた。
「これは……」
「ははは、ひとり分の量ではないですよね……」
ルキーノ様が乾いた笑い声を出す。ふぅと息を吐いて、私を見た。
「俺を助けると思って、一緒に食べてくれませんか?」
甘えるような声音で言われ、膝がカックンとなった。その声は反則です。腰が砕ける、いけないお声です。
「私でよければ!」
断る理由はない。私はすぐに返事をした。
ルキーノ様がお玉を手にとり、寸胴から皿にスープを注いでいく。
「わっ、パンスープですね!」
ニンジン、玉ねぎ、セロリ、二種類のキャベツ。数種類の野菜を細かく切って、白いんげん豆をいれて、スパイスと共にことこと煮込む。そこに古くなったパンを入れるのだ。
味が落ちたパンを極上に仕上げてくれる、昔からこの地域に伝わるスープだ。
母がよく作ってくれたスープだった。
「ええ、この町に来てから、すっかりはまりまして。よく作るんです」
「美味しいですよね。……私、大好きです」
「それは、よかった。ああ、頬は大丈夫ですか?」
「はい。痛みはなくなりました」
木のテーブルの上に、スープ皿が並べられる。
私とルキーノ様は対面に座った。
わたしは両手を組んで、目をつぶる。
「妖精さん、妖精さん、今日もご飯が食べられます♪ いただきます♪」
懐かしくなって、母とよくしていた食前の歌をうたう。
スプーンを手に持って、にっこり笑って顔をあげたのだけど、ルキーノ様の様子が変だ。私を見て、呆然としている。
「どうかしましたか?」
「あ……いえ……」
ルキーノ様が長いまつ毛をふせ、物思いにふける顔をされる。悩まし気なお顔も素敵です。
「……今の妖精さんというのは」
「ああ……母と食事していた時の、おまじないです。久しぶりにやりました」
へへっと笑うと、ルキーノ様が目を見開く。
「母は妖精さんに話しかけてごらんなさいって言っていました。目には見えないけど、守ってくれているよって」
そういうと、ルキーノ様の眉が苦しげに潜まる。
「……それは、おとぎ話ですよね……妖精は気まぐれですよ」
ルキーノ様らしくない。投げやりな声だ。私はむっとして、こんこんと言う。
「いいえ、妖精さんは、きっといます。きっと、優しく見守ってくれているはずです!」
「そうでしょうか……」
「そうですとも! 妖精さんはきっと、ルキーノ様みたいに、優しいです!」
「え?」
「――あ」
熱がこもって、余計なことを口走った。
これは……ルキーノ様のことが大好きですって、告白しているようなものでは?