13 俺の嘆願 (side ルキーノ END)
ライラさんはヴァニタ男爵の扶養から外れた。ギルド長のヴァルダッサーレ卿が取り計らってくれて、ライラさんの工房は、彼女に返される。
だが、未成年の職人が工房の責任者となるのは、特例が必要だ。ライラさんは馬上槍試合の衣装づくりに抜擢されていた。その話を聞いた時、俺は彼女の騎士に選ばれたかった。
ライラさんが作る衣装を着て戦う。他の騎士が選ばれたら、団長でも嫉妬しただろう。
だから、彼女から騎士になってほしい言われた時、俺は密かにガッツポーズした。
ヴァニタ男爵邸の後始末、ギルド契約状況の確認と、まだやることがあった俺は、アルノの詰所に住み続けていた。
ライラさんは工房に通いながら、詰所に寝泊まりをしていた。
自然と、ふたりで夕食を一緒にするようになった。
「おかえりなさい。ルキーノ様。あの、騎士服の相談をしてもいいですか?」
「ええ、もちろん。食事をしながら、話しましょうか」
「はい。あ、今日は私が先に帰ってきたので、トマト入りパンスープを作ったんですよ」
「それは、楽しみです」
ライラさんが笑顔で話しかけてくれる。その顔を見るだけで、疲れが吹き飛んでいくようだ。対面にすわってふたりで食事をする。
細かく刻まれ、甘みだけを残した玉ねぎ。トマトのまろやかな酸味が俺の舌を包む。
固くなったパンは野菜のうまみを吸い取って、くたくたになっている。スプーンですくいあげると、つるんと口に滑っていき、優しい味が口いっぱいに広がる。飲み込めば、栄養が胃にしみわたるようだ。
「美味しいです……ほっとする味ですね……」
しみじみ言うと、ライラさんは猫みたいに目を細くして、顔を真っ赤にした。
(わあっ、わあっ、わぁぁぁぁ……ルキーノ様が喜んでくれた!)
はくはくと口を動かして、目を輝かせる彼女。そんな姿を見たら、俺もしぜんと、笑ってしまう。
この時間が長く続いてほしい。
馬上槍試合が近づいたころになると、彼女と余計に離れがたくなった。
――ライラさんに自分のことを打ち明けてみようか。
受け入れてもらえたら。そしたら、ライラさんと一緒にごはんを食べられるだろうか。職人として頑張る姿を、誰よりも近くで応援できるだろうか。
と、そこまで考えて、ふと気づく。
……俺はライラさんに結婚を申し込みたいのか?
気づいて、ご飯を食べるライラさんを見つめた。
ヴァニタ男爵家から出てから、ライラさんは変わった。細く、折れそうな体は女性らしい丸みを帯びているし、肌は艶がよく、頬はバラ色だ。唇は花のつぼみのように、ぷっくりとしていて、ウェーブのかかった髪はゆるい三つ編みになっている。
「ルキーノ様、どうしたんですか?」
「あ……いえ……ライラさん、綺麗だなと思って……」
「えっっ!」
慌てて顔を赤くするライラさんに、目を細める。
「前は可愛かったですが、今は綺麗です」
「かっ……! かわわわわっ?!」
トマトみたいに真っ赤になる彼女が愛らしかった。
この時、俺は心に決めた。
馬上槍試合が終わったら、彼女に自分のことを打ち明けよう。
だから試合前、彼女の前で跪き、デートしてほしいと嘆願したのだった。
ライラさんが魂を込めて作った衣装だ。俺は優勝するつもりだった。
馬上槍試合は王太子殿下が勝ち進むだろうと予想はしていた。
しかし、一度目は手を抜かれてカチンときた。
再戦を申し出て、力を使って王太子殿下から勝ちをもぎとった。
試合が終わって、次は衣装の審査だ。
ライラさんは特別賞をもらい、俺は自分のことのように嬉しくなった。
彼女が王太子妃殿下に呼び出されているとき、俺は王太子殿下に呼び出されていた。
「試合、いつになく熱くなっていたな」
「負けたくなかったので」
そっけなく言うと、王太子殿下はくつくつ喉を震わせた。
そして、じっと俺を見つめてくる。
「俺の妻がアルノの職人、ライラを気に入ってな。国内留学生にすることにした」
「妃殿下が、ですか」
「推せる!と叫んでいたな」
「……そうですか」
ライラさんが王都にくる。それなら、俺の屋敷を使ってもらおうか。俺もアルノの仕事が終わったから、そろそろ王都に帰らなければいけない。
そうしたら、また、ライラさんと一緒にごはんを――
「何を考えているんだ? 嬉しそうだな」
ニヤリと笑いながら、王太子殿下に言われて、慌てて口を真一文字に引き結ぶ。
「ライラさんが認められて嬉しいので」
「ほぉぉぉ」
「……なにか……」
「いや、おまえには婚約者がいなかったな」
「それが、なにか……?」
腹を探られるような視線に、目を据わらせる。
「王家は、……いや、俺自身は、フェアリーテイルの力を受け継がれてほしいと願っている」
「……わかっています」
俺の一族の力が、次の世代まで続く。つまり、俺は妻をめとり、子どもを作れということだ。父と母は王命による結婚だ。だが、俺は自由にさせてもらっている。父から爵位をついでも、婚約者の話が殿下からないのは、その証だ。それは、父と母の夫婦生活がうまくいかなかったからだろう。
「おまえにも幸せな結婚をしてほしいんだ。俺と妻のようにな」
「……っ さりげなく、惚気けないでください」
くくくっと喉を震わせて笑う王太子殿下に、むっと顔をしかめた。
王太子殿下が俺を気にかけていることは分かっている。
分かっているが、素直になれないだけだ。
「まあ、いい。ライラの留学期間は二年になっている。つまり――」
王太子殿下が愉快そうに、口の端を持ち上げた。
「二年は、お預けだな」
煽られて、さすがにカチンと来た。口の端をひきつらせながら、俺は目を据わらせる。
「そうですね。ライラさんが職人として成長するためですから、我慢します」
「くくくっ、健気なことだ」
「いけませんか」
トゲの出た低い声で言うと、王太子殿下がぶっと吹き出した。
「なんだ。もう夢中になっているんじゃないか」
「……いけませんか?」
「恋はとっくに超えて、愛で突っ走っているところか?」
「いけませんかっ」
王太子殿下に図星を刺されて、声のトゲが鋭くなる。
「くくくっ。おまえの結婚報告を楽しみにしている。――最短で、二年後か」
「失礼させていただきます!」
からかう言葉にカチンときて、俺は王太子殿下の出ていった。
それからライラさんを説得して王都の俺の屋敷に住んでもらうことになった。
父の代からいる使用人は、驚くぐらい笑顔で彼女を迎え入れている。
「可愛らしいお嬢さんですね。磨きがいがあります」
と、メイド長は眼鏡を光らせながら言っていたし、
「ぼっちゃまが女性を家に連れてくるなんて……じいは嬉しゅうございます」
と、執事は目頭をハンカチで抑えながら言っていた。
屋敷の使用人たちだけではない。庭にある湖にいる妖精も、歓迎しているようだった。
俺が水を汲みにくると、ぴちょんぴちょんっと魚が跳ねたようなしぶきが上げながら、水面に円を描く。湖の近くにある木々はざわめき、つぼみだった花は、はじけるようにポンっと花びらを開く。
「きみたちもライラさんを歓迎しているのかい?」
ぽぽぽぽんっと、連続して花が咲く。水面はぐるんぐるん渦を巻き、木々は風もないのに揺れて、ざわざわする。
こんなに妖精に歓迎されているなんて、どっちが愛し子なのかわかりやしない。
「……ライラさんとうまくいくように、祈ってよ」
そっと呟き、湖の水を瓶でくむと、透明だった水が、紫色に変わった。
目を据わらせて、呟く。
「……惚れ薬はいらない」
紫色になった水を湖に戻す。何度も汲みなおしたが、湖の妖精はしつこく紫色の水を作り、俺は水を汲むのを諦めた。
ライラさんと出かける日、俺は緊張していた。
新調したフロックコートを着て、自分の姿を鏡で確かめる。髪は後ろになでつけ、シルクハットをかぶる。
「この姿より、騎士服の方がライラさん好みかな……」
デートといえば正装です!とメイド長に鼻息荒く言われて着てみたものの、彼女は騎士である俺が好ましいはずだ。自信がなく部屋をでたが、彼女は俺を見て頬をバラ色に染めた。
(ルキーノ様……か、かっこいいっ)
心の声が聞こえて、ほっとする。彼女の姿も愛らしかった。
工房に居た時のエプロン姿もいいが、ワンピース姿も似合う。
薄く化粧をされた頬に、いつもより艶やかな赤い唇。どきりと心臓が高鳴って、意味もなくシルクハットをかぶりなおした。照れをごまかして、彼女の容姿を褒める。
すると、また彼女の心の声が聞こえてきた。
(ルキーノ様にベタ褒めされた!……嬉しい……)
彼女の茶色い瞳が熱をもったように潤みだす。
(あなたは私の特別。あなたの特別は私ですか? って……聞いてみたいな……)
怯えたような、か細い心の声が聞こえてきて、心臓がグッと鷲掴みされたようだった。
――あなたは、俺の特別です。
そう言いたくて、どうすれば伝られるか考えているうちに、先に彼女から「特別です!」と言われてしまった。その特別は、彼女の言葉通りに受け取れば、職人と騎士の関係を越えるものではない。でも泣きながら、無理に笑う彼女の心の声は違っていて。
(ルキーノ様は伯爵様、私は小娘。身分が違うわ。お抱えの職人になれればいいじゃない。それ以上の未来を望んではいけない)
俺をじっと見つめる彼女は、
(ルキーノ様の負担になっちゃうもの)
俺の立場を考えて、身を引こうとしていた。
どこまでも、一線を引いて、俺を応援しようとする彼女の真心が、……たまらなかった。
離れたくない。
傍にいてほしい。
俺にはあなたが必要なんです。
一線を越える、勇気を――俺に与えたまえ。
妖精なのか、神なのか。
誰かに祈りながら、俺は彼女を強く抱きしめた。
腕の中で震える彼女にかまわず、思いを吐露した。
「……ライラさん。聞いてほしいことがあります」
そして、一度、離れて洗いざらい今まで隠していたことを話した。
愛し子のこと、弱い魔法使いであること、全部。
ライラさんは目を点にして、ぽかーんと口を開いた。
「……つまり、ルキーノ様は妖精さんみたいに綺麗な人ではなく、妖精さんで、綺麗な人ということなのですね! 本物!」
わあああっと、目を輝かせて言われてしまい、心がこそばゆい。
「……ライラさんはそんな俺でも……いいですか?」
「イチオシ心が増しました!」
「えっ……」
「ルキーノ様は妖精さんだったのですね……」
ライラさんが幸せそうに目を細めて言う。聞こえてくる彼女の心の声は「すごい、すごいっ!」と歓喜に沸いている。嬉しくて鳥肌が立ってきた。
「心の声は、魔法を使わないと聞こえないのですが……ライラさんの声はよく聞こえるんです……」
「えっっ」
「……だから、あなたが本当に喜んでいるって俺にはわかります」
うっとりと目を細めて言うと、ライラさんは顎が外れるんじゃないかって心配になるほど口を開いた。
「……えっと、つまり、その……私の片思いはバレバレだったと……?」
震えながら言われてしまい、どきっとした。間接的に告白されているようなものだ。
ごくりと生唾を飲み干し、高鳴る心音を感じながら口を開く。
「ライラさんが俺のことを応援してくれているっていうのは、分かりました。……とても」
「とっても?!」
顔を真っ赤にして動揺する彼女に思いは高まっていく。
「俺も……同じなんです。ライラさんに片思いしていました」
「え? え? え?」
(うそでしょ……?)
「本当です」
(本当なのですかっ?!)
信じてくれない彼女の手首を掴んで、手のひらを自分の胸にあてた。
「すごく脈打っていませんか……? 緊張しているんです」
情けない声をだしながら、彼女に思いが伝われと念じる。
「……あなたにも俺の心の声が聞こえたらいい。そうすれば、どれほど俺があなたを好きか伝わるのに」
やや強く。彼女の手首を握りながら言うと、彼女の心は大パニックになってしまった。
(ぎゃああああっ! イチオシに告白されたああああっ!)
大パニックを起こす心の声にくすりと笑う。
「あなたの真っ直ぐな心が、俺は好きなんです」
「あ、あ、あぁぁ……」
言葉をいえずに硬直する彼女に嘆願する。
「二年後、ライラさんの留学が終わったら、プロポーズさせてください」
「えっっ!」
「いけませんか……?」
弱々しい声で尋ねると、ライラさんはきゅっと唇に力をいれた。ぽそりと呟くように言われる。
「……速攻で、イエスと言っちゃいますが、いいですか?」
ちらりと上目遣いで見上げられ、顔をくしゃくしゃにさせながら、俺は笑ってしまった。
「ええ、もちろん」
手首を掴むのをやめて、彼女の手をすくいあげるように持つ。まだ何もない左手の薬指に、俺は唇を寄せた。
「二年後、ここに指輪を送らせてください」
この上ない未来を想像しながら、緊張でほんの少し体を震わせて。
俺は彼女の指にキスを落とした。
唇を離し、ライラさんを見ると、高速で首を縦にふっていた。
その姿があまりも可愛らしくて、幸せすぎて。
俺は声をあげて笑ってしまった。
―― END
不定期連載を、お読みくださってありがとうございます!
小説家になろう、20周年、誠におめでとうございます!
乾杯!




