08 俺は彼女の不遇を赦さない (side ルキーノ ⑥)
ウベルト王都騎士団長に伯爵とマフィアの遺体を任せ、俺は他の騎士団員と共にアルノの詰所に帰ってきた。
詰所にはヴァニタ男爵夫人がいた。自ら詰所に駆け込んできたらしい。団長は夫人の取り調べをしているが、ヴァニタ男爵夫人は錯乱していて話が通じない。
ヴァニタ男爵夫人は自ら牢に入ることを望み、ガタガタ震えていた。
フランカ嬢は、母親の様子に困惑していた。
「マフィアがくるっ……マフィアに殺されるっ……!」
「お、お母様、マフィアって何? ねえ、何が起きているのよっ」
「静かにしなさいっ! マフィアに殺されたいのっ?! ここにいるのよ!」
「お、かあ……さま?」
俺が牢に近づくと、フランカ嬢は救いを求めるような目で見た。潤んだ瞳を一瞥し、男爵夫人に話しかける。
「ヴァニタ男爵夫人。あなたの夫に仕事を依頼した伯爵は、マフィアが始末しました」
「ひぃぃぃぃ~~っ! い、いやっ……命だけはとらないでっ」
「ヴァニタ男爵と伯爵で取り交わされた契約書がありますよね? どこですか?」
「お願いっ……わたくしを助けてっ……!」
号泣する男爵夫人に、奥歯を噛みしめる。話にならないなら、心を暴くまで。
俺は質問をしながら、力を二度、三度、と限界まで使って、彼女の乱れた心を覗いた。
どうやら、ヴァニタ男爵とマフィアは屋敷にいないようだ。その隙に、男爵夫人は家から飛び出し、詰所に来た。娘を探しに来たのかと思ったが、違うようだ。
男爵夫人は自分が殺されることを恐れているだけ。娘の安否は気にしていなかった。
契約書の存在は、彼女の心を暴いても知ることはできなかった。
「団長、ヴァニタ男爵家に行きましょう。使用人から契約書のありかを吐かせます」
「わかった!」
力の使い過ぎで頭が沸騰したように熱い。俺は余裕がなく、団長と共にヴァニタ男爵邸に突入して、すぐ使用人たちに向かってほえた。
「王都騎士団だ! ヴァニタ男爵がマフィアと繋がり、職人に不当労働をさせている事実は掴んでいる! 契約書を出せ!」
「はっ……はいっ」
タキシード服を来た執事らしき男性が慌てて、ヴァニタ男爵の執務室へ案内する。震える手で差し出してきたのは、伯爵と男爵の取り引き書だ。
「ヴァニタ男爵が工房を受け継いでからの帳簿、全てを出してください。隠すと身のためになりませんよ」
執事は小刻みに震えながら、執務室の引き出しを開け、荒らす勢いで、書類を出してきた。それを確認しながら、執事に問いかける。
「ヴァニタ男爵はどこに……?」
「だ、だんなさまはっ……そのっ」
まどろっこしくなって、俺は心の声を聞いた。その声が吐露した場所は、ライラさんがいる工房。かっと脳天に血が昇り、俺は駆け出していた。
「おい、ルキーノ! どこにいくんだあああ!」
「ライラさんの工房へ! 後は頼みます!」
「ちょっ、おまっ、また熱が出てるだろ! おいいい! まーてーよー!」
屋敷が飛び出したところで、リバウンドがきた。
吐き気がこみあげ、俺はとっさに植えてあった木に嘔吐した。
玉の汗が額から滴りおち、胃の中が空っぽになる。気持ち悪い。嫌になる。
力があっても、体が脆弱すぎる。俺は空回ってばかりだ――
「――それが、なんだっていうんだ……」
ふらつく足を踏ん張り、駆け出す。
ライラさんの顔が見たい。彼女が無事なのか、一刻も早く確認したい。
その一心で、足を動かしていた。
工房にたどりつき扉を開いて見えたのは、ライラさんがヴァニタ男爵に首をしめられている所だった。ライラさんはマフィアに暴力をふるわれたわけではなかった。
血のつながりがあり、養父である人から暴力をふるわれていたのだ。
俺は、彼女を知っていたのに。彼女の辛さを知る機会は、幾度となくあったのに。
またも、俺は彼女を守れなかった――
その後は、よく覚えていない。
マフィアの大男たちを叩きのめし、ヴァニタ男爵とライラさんを引き離した。そして首にあざができたライラさんを抱きしめていた。体は限界で、意識が途絶えそうになる。情けなくて。悔しさをライラさんにぶつけてしまったような気がする。
「ほんと、俺はくそったれな魔法使いだな……っ」
彼女を助けるつもりが、ライラさんを抱きしめながら、意識を失いかけていた。
情けない話だ。
くらむ視界の中で、彼女から団長がヴァニタ男爵とマフィアを拘束した聞いて、ほっとした。ライラさんはおろおろしていたが、彼女が目の前にいて、俺はひどく安心した。
「ライラさん、ライラさんっ……」
ライラさんこそ、俺のフェアリーテイル。お守りみたいだ。
離したくなくて、彼女の手を掴んだまま、俺は意識を失った。
***
目覚めた時、ライラさんは俺の手を握っていた。安心しきった寝顔だったけど、前に見た時より、やつれていた。首のあざは色濃くなっている。心がチクりと痛んで、俺は彼女の手を握り返していた。
自分が寝かされていたソファに彼女を運び、傷の手当てをしようと工房を見渡す。
すると、職人のひとりが起きていた。
「騎士様、起きたんですかあ~!」
「……迷惑をおかけしました」
「とんでもないですわあ。お嬢を助けてくださって、ありがとうございます」
職人が頭を下げてきた。俺は恐縮して、首を横にふる。
「俺の方こそ、ライラさんに助けられていたんです……」
「そうなんですかあ?」
「ええ、あの……ライラさんをお願いします。俺は詰所に戻ります」
「わかりやしたあ~!」
職人に彼女の手当てを任せ、俺はヴァニタ男爵がいる詰所に戻った。
ヴァニタ男爵は夫人と同じく、錯乱していて話にならなかった。
拘置所の中で、醜く夫婦でののしり合っている。
「あなたのせいだ」と喚く夫人。「お前に何がわかる!」と怒鳴る男爵。
フランカ嬢は放心していて、両親を見て怯えていた。
わがままを言いたい放題で、現実を見ようとしなかった彼女にも責がある。
自業自得だ。
「男爵は、王都の刑務所に収容されます。マフィアへの繋がり、未成年者の養育放棄。過剰労働。職人たちへの不当労働。ギルド規定違反。これだけで、実刑は免れない」
「わ、わたしは、家名を守るために……!」
まだ言い訳する男爵にプツンと血管が切れた。
「犯罪をしてまで、守らなければいけないなんて。そんな家名、いらないでしょう?」
「あっ……」
「あなたは借金という、自分の失敗を職人たちに押し付けた。さらに、暴力で強制的に働かせた」
震えあがる男爵に冷たい言葉を矢のように放つ。
「そんなことをして、赦されると思っているんですか」
目を泳がせながら、黙ってしまう男爵。俺は男爵夫人に目を向けた。ひっと声を出す彼女に話しかける。
「料理人に聞きましたが、ライラさんへの食事をわざと作らなかったそうですね。あなた方に引き取られてからの4年間、彼女はキッチンの隅でひとりで、残り物を食べていたそうですね。あなたもまた、養育者としての義務を果たしていない」
「あ、あっ……」
「あなたは、ライラさんの養育者として失格です」
「っ……!」
押し黙る男爵夫人から目をそらし、最後にフランカ嬢を見やる。
「フランカ嬢。男爵家は赤字でどうしもなくなっていたんですよ。男爵家は、ライラさんたち職人たちの稼ぎで存続できていたのです」
俺は愚かな彼女に、愚か者の烙印を押す言葉を吐いた。
「あなたがキレイな服を着られていたのも、学園に通えたのも、すべてはライラさんたちが稼いでくれたからなんですよ。それを知らずに、あなたは彼女を見下していた。自分のやっていることが、恥ずかしいと思わないんですか?」
嫌悪のこもった目で見ると、フランカ嬢は顔を真っ赤にして下唇を噛みしめた。
ヴァニタ男爵と、大男のマフィア、ふたり。三人は王都騎士団に連れられて、アルノから去っていった。刑務所の中で、就労することになる。後日、男爵家の爵位返上が決まり、借家だった男爵家は、契約を解除。使用人や、職人の給料を払うために家財道具は売り払われた。
使用人たちはギルドで職探しをすることになる。
男爵夫人は慈愛施療院に身をおくことになり、フランカ嬢は未成年ということで、養護施設に入った。




