06 同族嫌悪 (side ルキーノ⑤)
港湾都市に行くと、王太子殿下が派遣した騎士団は到着していた。
ウベルト王都騎士団長率いる隊と合流し、二手に分かれる。
片方はクナップ伯爵邸へ。もう片方は伯爵が所有する港の倉庫へ。
倉庫には違法売買している積み荷があるはずだ。
しかし倉庫はもぬけの空で、伯爵は煙に巻かれてようにいなかった。
三日かけて、都市のあらゆる場所を探したが、伯爵はいない。
「マフィアの拠点に居るのだろうか」
「その可能性はありますね」
ウベルト王都騎士団長と話し合い、俺たちはマフィアの本拠地。三つの角島へ出航した。
帆船で七日はかかる航路をゆき、島へたどりついたが、伯爵の足取りを掴むまでにさらに時間がかかった。
伯爵を見つけたのは、彼が帆船で本土へ帰る時だ。
外観が赤いレンガの倉庫で伯爵をようやく発見し、彼を追いつめた。
俺は髪と瞳を闇色に変えて、伯爵に話しかける。
「お久しぶりです、クナップ伯爵」
騎士団を引き連れて、俺を見た伯爵は仰天していた。
「あなたは……!」などとお決まりのセリフを言い、騎士団の制服を見て青ざめ、転がるように駆け出す。
しかし、先回りした騎士団が伯爵を拘束。チェーンで繋がった重い手錠をはめられた伯爵は、震えあがっていた。瞳孔を広げ恐れるおののく伯爵に、俺は微笑む。
「アルノの職人を不当拘束し、違法売買をした罪に問われています。伯爵、王都へご同行ください」
「ひっ……! わ、私は……マフィアに脅されてしかたなくやったんだ!」
「……マフィアにですか……?」
「あ、ああ。そうだっ……私はマフィアのボスに言われるがまま、アルノの革製品を島へ輸出していたんだ……!」
「……そんな簡単に話して宜しいのですか? マフィアは仲間の裏切りを赦さないと聞きますが」
「所詮、暴力組織だ! 私は脅されただけだ。本当はやりたくなかったんだ……!」
両手を組んで自白をする伯爵の心の声を探る。
(全部、あいつらが悪いんだ……うまい儲け話があるからと私をそそのかしたからっ!)
心の声もまた、自分が不正売買をして利益を得ていたという罪の自覚はなかった。
その場のしのぎの言い訳に反吐が出るが、騎士団たちが伯爵にマフィアとの関係を洗いざらい吐かせれば良いだろう。俺は証拠を探るまでが仕事だ。
「アルノの革製品は誰に作らせていたのですか?」
「……ヴァニタ男爵だ。……あいつは私に借金をしていて、……それで借金をチャラにしてやるから職人に革財布を作らせろと言ったんだ」
「それで、職人に不当労働をさせたということか……!」
ぎりっと奥歯を噛みしめる。
伯爵は青ざめ、首を横に振る。
「職人に不当労働をさせていたことは知らん! ヴァニタ男爵が勝手にやったことだ!」
「……もういいです。あなたは罪人だ」
「ひっ……!」
項垂れる伯爵を連行しようと、騎士団員が彼に手を伸ばす。
その時だった。
――――銃声がした。
どこからともなく現れた銃弾は、伯爵の胸を打ち抜いた。俺たちの目の前で伯爵がこと切れる。一瞬の出来事に動揺しながらも、音が出た方へ顔を向けた。
倉庫の荷物の陰から、黒いスーツに帽子を被った紳士風情の男が出てきた。
年齢は二十代後半だろうか。
右手にはライフル銃が握られている。男の足元には紙薬きょうが落ちていた。
男は腰を曲げ、右手は優雅に胸の前にまきこみ、俺たちに礼をした。
「王都騎士団の皆様、ファミリーの者が失礼いたしました。彼の制裁と処分は、わたしたちお任せください」
男がそういうと、俺たちを取り囲むように銃口が向けられた。
数名の男たちが這いつくばるような体勢で、ライフル銃を構えている。
「貴様! マフィアのボス、ブルーティか!」
ウベルト王都騎士団長が叫び、男はニヤリと笑う。
「ウベルト団長殿に名前を覚えられているとは光栄です。ですが、残念ですね。あなた方が剣を抜くより先に、わたしたちは引き金をひきます」
「ぐうぅっ……貴様っ!」
「せっかくお会いできたのです。取引しませんか?」
「取引だと……?」
「このまま騎士団を退いてくだされば、銃は撃ちません。いかがでしょう? 倉庫を血の海にしますか?」
男の言葉に、ウベルト王都騎士団長は奥歯を噛みしめる。
「マフィアの言葉など信じられるか……っ」
「嫌われたものですね」
くつくつと喉を震わせて、男が笑う。
ウベルト王都騎士団長と男が会話している間に、俺は素早く周囲を見まわした。
倉庫の消火設備を見つける。男の近くにパイプと真鍮の蛇口が見えた。
俺はゆっくりとした足取りで、男に近づく。
すれ違う時、ウベルト王都騎士団長にささやきかけた。
ウベルト王都騎士団長は静かにうなずき、俺は男の元に近づいた。
「王都騎士団のルキーノです。はじめまして、ブルーティ」
男は俺を見て愉快そうに笑う。
「……王家のフェアリーテイルですね。はじめまして」
男の言葉に足を止める。
髪色を変えているにも関わらず、俺の正体を見破った、だと?
警戒心を強め、心の声を読む。
(くくくっ……あなたのことをよく知っていますよ。なにせ、同族ですからね)
せせら笑う声に、瞠目した。
じっと目をこらすと、男の左目がオパール色だということに気づく。
黒目とオパール色のオッドアイだ。
――――この男もまた、俺と同じ妖精の愛し子ということか……!
逡巡するより先に体が動いた。
この男は危険だ。
本能が俺を走らせ、剣を抜かせた。
「おやおや。せっかちな方だ」
男が銃を構えるより先に間合いを詰めて、剣を振りぬく。
狙うのは銃身後部のボルト。紙薬きょうを詰められなければ、銃は鉄の棒だ!
――ガキン!と金属と刃物が打ち合う音がした。
男は余裕の笑みを浮かべながら、俺の剣を銃で受け止めていた。
「おおおおおっ!」
男を抑え込んでいる間に、ウベルト王都騎士団長が雄たけびを上げながら走り出した。
消火設備の蛇口を両手で一気に回す。倉庫の天井の隅に張り巡らされたパイプから一斉に水が出てきた。水はマフィアたちに降り注ぎ、銃を濡らす。
俺もびしょ濡れになりながら、男に言い放つ。
「紙薬きょうのライフル銃……湿気に弱く誤作動を起こしやすいものだな」
「……よくご存知で……」
「撃てるものなら、撃ってみろ。銃身のボルトからガス漏れを起こして、銃が暴発する。発砲したら、おまえたちもただでは済まないからなッ!」
男に向かって剣をくりだす。銃でふさがれた。男は空を飛ぶように軽やかに、俺の攻撃をかわしていく。
「太刀筋が大変いいですね。このままでは負けそうです」
余裕の笑みを崩さない男が俺にささやきかける。
「それにしても大変、惜しい。どうでしょう。同じフェアリーテイルの力を持つ者同士、手を組みませんか? 王家の狗に成り下がるよりは、自由が得られますよ」
「俺もマフィアになれと言っているのか?」
「だって、窮屈でしょう? 力を持っていても、あなたは隠しているじゃないですか」
片方のオパール色の瞳が、うっとりと細くなった。
「誰もあなたの力を評価していませんよね?」
その言葉に腹の底から笑いそうになった。
「誰も、評価していない……? 持論で俺をかわいそがるのはやめてください。反吐が出る」
ちらりと見えた足には、ライラさんが作った編み上げブーツ。
丁寧に作ってくれたブーツは、激しく動いても壊れることはない。
「俺の力を何も知らなくても、俺を認めてくれる人はいるんですよ……!」
――ガキン!
金属同士が激しくぶつかり合う。
男は身軽に後方宙返りをすると、荷物を踏み台にして、天井近くの窓を開く。
「どうやら分が悪いようです。ここら辺で、失礼させていただきます」
そう言って、窓から飛び降りた。
男の姿を追いかけて外に出たが、姿は忽然と消えていた。
ウベルト王都騎士団長は二名のマフィアを捕らえていたが、残りは取り逃がしてしまった。捕らえたマフィアも、口に毒物を仕込んでおり、その場で自害。
結局は、3人の遺体ができただけで、マフィアを捕まえることはできなかった。
いいや。まだいる。
ライラさんに不当な労働をしいたヴァニタ男爵だ。
俺たちは、アルノへ戻るため船に乗り込んだ。




