03 俺の苛立ち (side ルキーノ③)
「団長……! ギルドへの調査はどうなっていますか!」
俺は詰所に戻って慌てて、団長に尋ねる。半裸の団長は首をひねった。
「ギルド長に話にいった。ギルド長が直々に工房を見て回っているらしいぞ。ああ、ライラの工房に規定違反の薬品が出てきたっていっていたな」
「ライラさんの……」
「おう。だからな。ライラの養父のヴァニタの家に行って事情を問い詰めてやろうと思ったんだがよ。大男がうろついていやがったんだよ。俺が声をかけたら、いきなり銃を突き付けてきやがって、なんぼのもんじゃ!って言ったら、腕をズドンだ」
「……片腕にある包帯はその時のですか」
「かすり傷だ」
「危険ですから、服を着てください」
片眉を器用にあげた団長に嘆息する。
「銃を所持していたということは、マフィアと繋がりますね」
「はあああ?! マフィアかよっ!」
「ええ、王都に連絡します。騎士を派遣してもらいましょう。団長はヴァニタ男爵を見張っていてください。突撃はしないでください。いいですね?」
「わかった!」
俺はすぐに詰所の台所に駆け込んだ。
王都への連絡は、父が契約していた妖精に手紙を届けてもらうのだが、妖精は焼き立てのパンを食べないと働かない。手間だが、馬を飛ばすよりははるかに早く王太子殿下の元に手紙が届くので、俺は台所でパンを作りはじめた。
この妖精は気まぐれだった。
父の時は、毎回違うパンを欲しがり、妖精が見えていた父は苦笑いをしていた。
妖精が見えない俺は、色々なパンを与えては、スン……と微動だにしないパンを見て、顔をひきつらせていた。
ある時、俺が作ったものを食べたら、仕事をしてくれて、以来、パンを作っている。
妖精が何個、食べるか分からないので、多めに丸パン作った。
パンが焼きあがるまで、王太子殿下へ手紙をしたためる。
焼きあがったパンと、一杯のコップにミルクを注いで机に置く。
それらを横に手紙を置くと、一個の丸パンが宙に浮いた。
パンに歯形がついて消えてゆく。
パンがなくなると、次はコップが浮いて傾いて、中身のミルクが消えていった。
そして、手紙が煙にまかれたように消えた。
「パンは一個でいいのかい……?」
俺は眉をあげた。スン……と、無反応なパンに嘆息する。
見えない相手に言っても、しかたない。
パンをバケットにうつし、ライラさんを探した。
工房に行くと、ライラさんはいなかった。
改めて工房を見渡すと、職人たちは笑顔だったが疲れが見えた。
嫌な予感はふくれあがり、職人たちの心の声を聞く。
(お嬢……ひとりでヴァニタ様の所に行ったけど……大丈夫だろうか……)
心配そうな震える声を聞き、背中に悪寒が走る。
俺は笑顔で職人たちに挨拶をし、ヴァニタ男爵の邸宅へ向かった。
「あ、ルキーノ」
邸宅の近くにフランカ嬢がいた。どこかに行くのか馬車に乗り込むところだ。
服装もデイドレス姿で、男爵夫人も一緒にいる。
男爵夫人は俺の服装を見ると目を泳がせ、二人を見張るように大男がいた。
「お母様。さっき話した平民の騎士よ!」
「あ、ああ……そうなの……?」
フランカが無邪気に俺に近づく。
団長に怪我させてまで、自分たちが見張られていることは気づいていないのだろうか。
「フランカ嬢、こんにちは」
俺は薄く微笑み、彼女に挨拶をする。
「今からね。お母様と食事に行くのよ。ふふっ。あなたも一緒に連れていってあげもいいのよ? お母様、ね。いいでしょ?」
「……フランカ……ダメよ……予約しているのだし……」
「えー! なんでなんでっ! いいでしょ! わたくし、ルキーノにご飯を食べさせたいのっ」
「……フランカ……わがまま言わないで……」
「お父様は急にこれなくなったじゃない! だったら、ルキーノを連れていってもいいでしょ!」
蒼白して大男を気にする男爵夫人と、ふくれっ面になるフランカ嬢。
なんだ、これは。
好き放題にわがままを言うフランカ嬢を見ていると、怒りが腹にたまっていく。
何に対して、苛立っているのか。
ライラさんの姿と、フランカ嬢の姿があまりに違うからだ。
彼女は棒きれみたいに細い体をしていた。
食べさせてもらえているのか怪しい。
フランカ嬢の言葉にはライラさんがいないから、ライラさんは家族として扱われていなさそうだ。
ライラさんは虐げられている。
――――それがこんなにも、腹立たしい。
「フランカ嬢……俺はこんななりですし、次の機会にお願いします」
「ええええっ」
残念がる彼女の心の声を盗み聞く。
(ルキーノがこないなんてつまんない! せっかくライラを追い出して、今日はお出かけもする日なのに!)
彼女の欲望にまみれた声を聞いて、苛立ちはますます腹にたまった。
口元に笑みを作り、俺は彼女に顔を近づける。
「その代わり、近いうちに俺とふたりで会ってくれませんか?」
フランカ嬢の手をそっと握り、手の甲へ唇を落とす。
呪いをかけるように、微笑んだ。
今、俺はどんな顔をしているのだろう。
きっと、死を予告する妖精の顔だ。
「……デートってこと?」
頬を朱色に染めながら、俺を見つめるフランカ嬢にくすりと笑う。
彼女に接近して、ライラさんのことを洗いざらい暴いてやろう。
「あなたが望んでくださるなら」
「い、いいわよっ」
「ありがとうございます。ご婦人も道にお気をつけて」
「え、ええ……」
同じようにポーっと見つめる男爵夫人に声をかけ、俺は踵を返した。
悠然と歩いていた足を速める。
そして駆け出した。
ライラさんは、どこだ!
太陽が沈んでいく。
燃えるように赤い空に、雲は黒く影だけになる。
町が夕闇に染まり、人の姿形を隠してしまう。
彼女の姿も掻き消えていくようで、俺は汗だくになりながら走り回った。
いた……!
頼りなさげに歩く彼女を見つけ、ほっと胸をなでおろす。
それも束の間。彼女の腫れた頬を見て、腹にたまった怒りが噴火した。
マフィアに乱暴されたのか……
嫌悪を隠せないまま、彼女に頬のケガを尋ねると、さっと顔をそむけられる。
(……言いたくないっ ルキーノ様は知られたくないっ)
聞こえてきたのは、泣いているような切ない声。
胸が締めつけられ、怒りは別のものに変わっていく。
あんなにも近かった彼女が急に遠くなってしまったかのようだ。
大事なことを隠され、遮断された心の声を聞くのは辛い。
苛立ちながらも、俺は笑顔だ。
でも、いつもみたいな笑顔だろうか。声に棘が隠せていない。
たわいない会話をしながら、彼女の心を暴く。
(……言いたくない……言いたくないの……)
力を使っても、彼女の拒絶は変わらない。
一度、二度、三度――体が燃えるように熱くなって、眩暈がしてきた。
これ以上、力を使ったら、俺は倒れる。
それなのに、彼女の泣きそうな声は変わらない。
何も教えてくれない……
拒否されたことに、俺の理性はプツンと切れた。
気が付いたら、強引に彼女の手首を掴み、引き寄せていた。
このまま詰所に連行だな。
(ぎゃああああ! ルキーノ様に触れられたああああ! きれいなお顔がちーかーいいいい!)
発狂する彼女の心の声。震えながらぴょんと跳ね、体を引き戻そうとされる。
抵抗する彼女に、イラっとしてしまった。
「ライラさん。歩かないなら、おんぶしますよ?」
――――このまま攫っていこうか。
そんなことを思いながら彼女を見ていると、彼女は抵抗をやめた。
しょんぼりとうつむく姿に、冷静になっていく。
「行きましょう。ライラさんが心配です」
こくんと頷いた彼女を見て、やるせなさが募った。
詰所に行くと、団長に彼女を任せ、医師を連れて来た。
あの屋敷に戻したくなくて、詰所に泊まるようにもいった。
ほっとした彼女をみて、ようやく怒りが沈静化する。
彼女に部屋を後にして、自分の部屋に戻ると、深いため息を出した。
「……らしくない」
そう。らしくないのだ。
ライラさんが被害者なのを最初に気づけなかった悔しさで、彼女に嫌な態度をとった。らしくない。冷静でなければ潜入捜査はできないのに。
「……証拠が必要だな……」
彼女が今回の不正売買の被害者だという揺るぎない証拠が。
「伯爵と男爵のつながりを調べるか……」
そう思って部屋を出た時だ。
(誰かと一緒にご飯を食べたいな)
寂しい声がライラさんの部屋から聞こえてきた。
諦めているのに、でも望んでしまう。
そんな声。
――ぼくも、お母さまと一緒にいたいな――
彼女の心の声は、幼い頃、願っていたものに似ていた。
ぐっと胸が痛み、俺は台所に向かっていた。




