00 俺の誤算 (side ルキーノ ②)
ライラさんに靴づくりをお願いした後、アルノの騎士団長に会った。
団長は羨ましくなるくらい体格が良く、なぜか上半身が裸だ。
彼はまじまじと俺を見つめる。
すると、彼の心の声が勝手に流れこんできた。
(羨ましいぐらい顔立ちのいい奴が来たな……)
ライラさんほどではないが、ハッキリ聞こえる声だ。
どうやらこの土地の人は、素直な人が多いらしい。
互いに羨ましいと思っている奇妙さに、笑ってしまう。
「王国騎士団のルキーノ・ファータです」
「話は聞いている……ここにいるのは一時的な隠れ蓑なんだろ?」
「騎士団員としての務めはします。違法売買の痕跡がありました。団長もご協力をしてください」
「違法売買だあ! かあああっ 俺がいながら、そんなことがあったのかよっ!」
「アルノの町外にアルノ製のものが流出しています。団長はギルドへの調査をお願いします」
「わかった!」
団長にはアルノの革職人が違法労働していないか調べてもらうことになった。
ギルド長に掛け合い、職人の工房の定期監査をすることに決まった。
俺は違法ルートを探っていた。
アルノの革財布が不正に流出したのは、三つの角と呼ばれる島だ。
マフィアの拠点と噂があるが実態をつかめず、王家も手をこまねていた。
アルノからは航路を使わないといけないほど距離がある。
アルノと島をつなぐ人物がいるはずだ。
最近、頻繁に島へ直通ルートで船を出していたのは、クナップ伯爵だった。
伯爵は海に面していないアルノの隣にある港湾都市をおさめている。
俺は港湾都市に訪れ、ひそかに彼が経営しているカジノへと潜り込んだ。
銀色の髪を闇色に変えて、瞳も深淵の黒色にする。
仕立ての良いイブニングコートをはおり、真っ白な高襟にはタイを結ぶ。
しこみ刃があるステッキを手に持ち、シルクハットをかぶれば、俺と気づかれることはまずない。
実家の近くにある泉から汲んだ水を自分に吹きかける。
妖精が住まうらしい泉の水は、魔力を高めるまじないだ。
俺は堂々と会場に乗り込んだ。
カジノは葉巻の匂いでむせかえっていた。
ルーレットを回す音。トランプをなめらかに切る音。
賭け事に興じる人の悲喜こもごもが充満している。嫌な空気だ。
俺は目立つテーブルに腰をかけ、賭け事の様子を見る。ダイスゲームの卓だ。
しばらくゲームを見ていて、不自然さに気づく。
――なるほど。イカサマか。
ゲームに興じる者が、最後には負けるようにディーラーが調整している。
俺はディーラーの心の声を読みながら、ありえないほどの金額を賭けた。
コインを大量につみあげると、ディーラーの顔色が変わった。
「お客様……本当にその金額でよろしいのでしょうか」
俺はくすくす笑いながら、目を細める。
「いいですよ。はした金ですし」
ディーラーがごくりと生唾を飲み干した。ダイスがふられ、俺は負け。
だけど、つまらなそうに、もっと高い金額を賭ける。次は、勝ち。
「ああ、勝てましたね」
にっこりと笑うと、ディーラーはちょっと悔そうな顔をする。
次も勝ち。最後は力を使わなかったら、負けた。
「負けちゃいましたね。明日も来ます」
そんな遊びを三日間続けた。
賭ける金額はどんどんつりあげてたら、周りに人が集まるようになった。
最後にはプラスになるように調整しながら、遊んでいた。
王国の経費で遊んでいるから、マイナスだと王太子殿下にブラックな笑顔で詰められるからな。
四日目に来店すると、オーナーの伯爵に呼び出された。
「いやあ、なかなか豪快な遊びをされておりますな」
「ただの暇つぶしです。祖父から遺産を引き継いでもてあましているんです。国中を回って旅をしているところなんですよ」
「それはそれは、その年で羨ましい限りですな」
ねばっこい視線の男だ。俺は肩をすくめて、気のない振りをした。
「でも、そろそろ飽きましたので、お暇します」
伯爵がきょとんとした次の瞬間、俺は彼の心の声をのぞいた。
(ちっ、金ずるになると思ったのだが、生意気な若造だ)
予想通りの声に俺はにっこりと微笑む。
「刺激が薄いんですよ。次はアルノに行こうかと思っています。いい革製品があるんですよね?」
「あ、はい……そうですね。ああ、私はアルノの製品を取り扱う商店もやっているのですよ?」
伯爵は使用人に言いつけて、革財布を持ってきた。
箱に入っていて、ギルドの証明書も付いている。
「こちらは一級品のアルノの革財布です」
「……手に馴染む、いい財布ですね」
「ははは。アルノの革は一級品ですからねえ。この通り、ギルドの証明書もありますし」
肌触りがよい財布だった。端には小さな妖精のマークが刺繍されている。
まるで妖精が軽やかに飛んでいるような繊細さに、俺はしばし見惚れた。
「いいものを扱っていますね」
「そうでしょう! アルノに行かずとも、私のところでお買いあげれば、わざわざアルノに足を運ぶ必要はないですよ!」
にやりと笑った伯爵に、俺もうっとりと目を細める。
「それは都合がいいですね。この財布、いただきます。お代はこのくらいで宜しいですか?」
紙幣を渡すと、伯爵はポカーンと口を開いた。
そしてすぐに、いやらしい笑みを貼り付け、紙幣を全額、受け取った。
後で気づいたのだが、相場の倍の値段だったらしい。だが、不満はない。
それぐらい財布が気に入っていたから。
金払いの良さに気を良くしたのか、伯爵は両手をさすりながら、自分の店に案内すると言う。俺はまた、後日と薄い笑みを浮かべて、カジノを後にした。
伯爵から渡されたギルドの証明書は、よくできた偽物だった。
アルノの文字の一部は拡大鏡で見ると、妖精が飛んでいるマークが入っている。
ぱっと見は分からないもの。
「この財布をどうやって手に入れたかだな……」
触り心地の良い財布を握り、翌朝、俺はアルノまで戻ってきた。
「ねえ、ちょっとあなた」
詰所に行く途中、知らない女性に声をかけられた。
健康的な肌に手入れの行き届いた髪。見た目からして、家柄が良さそうな人だ。
「わたしはヴァニタ男爵家の長女フランカよ」
ヴァニタ男爵といえば、4年前に工房を引き取った家だ。
アルノの職人の工房には、貴族が出資をするということが珍しくない。
目立った家ではないが、経営はまともだったはずだ。
「ヴァニタ男爵……あなたはフランカ嬢ですか。初めまして」
愛想笑いを浮かべると、彼女は目を輝かせた。
「ねえ、あなた。新米の騎士なのでしょう?」
嘘だが、そういういことになっている。
「だから、わたしとデートしましょ?」
「え……?」
「なにその顔。わたしが言うのよ? 男爵家の令嬢である私がっ」
怒り出した彼女に、勘違い令嬢かと心が冷めた。
騎士は貴族出自の者も多いのだが、彼女は平民出身と勘違いしているのだろう。
こういうタイプは話が通じないから面倒だ。
「フランカ嬢、あなたのような人に声をかけてもらえて光栄です」
「え……?」
「でも残念ながら、今は急いでいます。また今度に」
微笑みを顔に貼り付けて、丁寧に断った。
プライドを曲げるとヒートアップするのを王都で嫌になるほど見てきたから、彼女の勘違いはそのままにしておく。
彼女がぽーっとしている隙に、足早にその場を去った。
詰所に戻ると、団長に声をかけられた。
「ルキーノ。ライラが探していたぞ? 靴の型を取らせてほしいってよ」
しまった。ライラさんと約束したのに、捜査にのめり込んでいた。
「ありがとうございます。午後、行きます」
「ああ、そうしてやれ。ライラのやつ、毎日、詰所に来ていたからな」
申し訳なくなって、俺は午後の休憩時間に、ライラさんの工房に向かっていた。
川沿いにある丸いフォルムの扉がある工房だ。
工房のドアを開くと、カランコロンと陽気な音がした。
中を見渡すと、ライラさんがいた。真顔で俺を見ている。
(わあああ! ルキーノ様だ! わっ わっ わぁぁぁぁっ)
瞬きをせずに見つめられているのに、喜んでいる心の声に、口元がゆるむ。
「ライラさん、こんにちは」
「……こんにちは……戻られたのですね……」
「はい。何度も来てもらったようで、すみません」
「いえっ! お忙しいと団長さんから聞いていましたし、気にしないでください」
ぶんぶんと横に首をふられながら、彼女の心の声が聞こえてくる。
(律儀に来てくれたんだあ……嬉しい。ぴょんぴょん跳ねたいっ)
跳ねた彼女を想像して、口元がにやけた。俺は今、だらしない顔をしているのかもしれない。
ゲス野郎の顔をずっと見ていたから、彼女の一挙一動に和んでしまった。
それからライラさんは真剣に俺の足形をとり、ブーツの形状について話してくれた。
「よく歩くなら、編み上げブーツがオススメです。足首をしっかりと保護してくれますし、疲れにくいですし」
にっこりと笑った彼女に目を細める。
「じゃあ、編み上げブーツをお願いします」
「お任せください!」
元気よく言った彼女の心の声はきゃっきゃっと弾んでいた。
(イチオシに会う最高のブーツを作るぞ! いい男にはいい革を。お母さんが言っていたことをやるんだ!)
目を輝かせる彼女をまぶしい気持ちで見た。まっすぐな気持ちで仕事に取り組む彼女が、正直言えば、羨ましい。俺はいかに相手の隙をつくかを考えてしまうから。
こんなに熱心に取り組んでくれるんだ。彼女は良い環境に恵まれた職人なのだろう。
そう思い込んでいた。
ライラさんの作ったブーツに刺繍された妖精を見るまでは。
履き心地に満足して浮かれていた俺は、革と同じ色で控えめに刺繍された妖精に気づかなかった。
光をあてることで、妖精が浮かび上がる仕組みだったのだ。
その妖精は、伯爵から買い取った財布に描かれたものと一緒。
気づいた瞬間、背筋がぞわりと凍った。




