00 俺と彼女の出会い (side ルキーノ ①)
「ルキーノ、仕事だ。アルノに行ってくれ」
「……アルノ。職人の町ですね」
「まだ妖精信仰がある場所だ。おまえにピッタリだろ?」
「冗談で言っているんですか? 笑えませんよ。アンジェロ殿下」
すっと冷たい眼差しを王太子殿下にむけると、くくくと喉を震わせて笑われた。
「そう怒るな。あながち間違いではない。おまえは妖精の愛し子なのだからな」
「……魔法使いの一族なだけですよ。それも、脆弱な魔法しか使えない出来損ないです」
「……変わらず、自分を卑下するんだな」
悲しげに微笑まれ、俺は目を殿下からそらした。この方の切ない目は苦手だ。
「……事実ですから」
そういうと、王太子殿下は嘆息した。
「まあ、いい……アルノ製の革商品で、違法売買の痕跡があった。先入捜査をしてくれ」
王太子殿下によると、アルノの隣の地域でギルドの偽証明書付き製品が見つかったらしい。おかしなことに製品自体は問題なく、アルノ製といえるものだ。ただ、ギルドの証明書だけが偽物だった。
「……ギルドが違法をおかしているというわけでもなさそうですね」
「そうだな。製品に問題がないのなら、正規の証明書を付ければいい」
「だとしたら、ギルドとは別の者が販売していそうですね」
「職人に違法労働させているやもしれん。アルノ製の革は、一朝一夕で作れるものではないからな」
「分かりました。そこまでわかっているなら、販売ルートは特定が出来ていそうですね。『心の声』を読んできます」
「死なない程度に、やってくれ」
「……わかってますよ」
礼をして、俺は王太子殿下の執務室を後にした。
俺の一族。ファータ家は妖精に祝福をもらう一族だ。
その証拠に、瞳が妖精と同じオパール色になる子が産まれる。
オパール色の目の子どもは、言葉も話せない頃に、妖精の世界に連れていかれるそうだ。
妖精の子と人間の子を一時的に取り換え、人間の子どもは妖精から母乳をもらう。
母乳は人間の子の血にまじり、祝福となるそうだ。
その祝福、というのが、人の心を読むことと、髪色と瞳の色を変えられることだった。
俺もオパール色の目を持つし、祝福を受けた身だ。
妖精と会った記憶はないが。
俺の父は、妖精と会った記憶があるらしく、力のある魔法使いだった。
王族に仕えて、国賊を逮捕することに協力してきた。
嘘も全て見抜く妖精の目は、王家にとって懐刀だったのだ。
だが、父は短命だった。俺が十歳の頃に、儚くなった。
母は物心ついたときには、いなくなっていた。
――――義務は果たしましたので。
俺を産むとすぐに、領地に引っ込んだらしい。
俺が妖精に取り換えられた時、発狂して自我を壊してしまったと噂もあったが、俺は真実を確かめなかった。母と会おうともしなかった。
父と母は妖精の愛し子を産むために、王命のより政略結婚した。
そう思った方が、自分の生まれを恨まなくていい。
同じ年の頃の子どもが、母に甘える姿を見た時は、羨ましかった時もあったが、いつの間にか諦めた。
ないものねだりだ。あたたかい家族なんて。
父が早逝して、次の魔法使いを期待されたが、俺は弱い魔法使いだった。
人の心を読もうとすると、反動で吐き気をもよおし、高熱が出る。
体が魔法に耐えられないせいと言われ、鍛錬を積んだが、4回、連続で魔法を使うと胃の中を全部、出すはめになる。
――なにが、妖精の愛し子だ。俺はただの人間だ。
俺にはこれしかないのに……
腐っていた頃に、王太子殿下に拾われた。
魔法を3回で済むように、他の能力を磨けと言われた。
それからは、俺は彼に指示で潜入捜査を請け負うことになった。
アルノに着いた俺は、まずは騎士団の詰所を目指した。
王都から歩いていると、不意に強烈な心の声が聞こえてきた。
(うああああっ なんてけしからんイケメンなのっ!)
びっくりして足を止める。振り返ると、茶色の髪をなびかせて、俺を真顔で見ている女性がいた。
俺と同じ年ぐらいに見えるが、手足が棒きれみたいに細く、今にも折れそうなぐらい線が細い人だ。茶色い瞳がじっと俺を見ている。ただし、表情はスンと冷えていた。
それなのに、彼女から聞こえる心の声は、発狂していた。
(ぎゃああああ! イケメンがこっちむいたああああ!)
魔法を使っていないのに、心の声が聞こえることにも驚くが、彼女の口元がぴくぴくとしか動かないのにもビックリだ。
俺は興味をひかれて、彼女に近づいた。
愛想の良い笑顔を浮かべながら、話かける。
「こんにちは、お嬢さん」
(ぎゃああああ! 極上のイケメンに話しかけられた!!)
よくよく見ると茶色い瞳はキラキラ輝いていて、こけた頬はほんのり紅潮している。
彼女は目を伏せて、か細い声を出す。
「こんにちは……あの……」
「俺はルキーノと言います。騎士団の詰所を探しているんですが、ご存知ですか?」
(あ……騎士様なのね……どうりで逞しいお体をしていると思ったわ……)
興味津々で見つめられ、戸惑った。
俺の鍛え方はまだまだだ。魔法を使える境地に達していない。
「あの、詰所はあっちです。ご案内します」
彼女は道の先を指をさすと、はにかんだ。小さく笑った姿は、かわいらしい人だ。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、彼女は小さく背中を丸めて、もじもじと体を揺らした。まるで小動物みたいだ。
道案内している時も、彼女の心は絶え間なく伝わってきた。
(本当にきれいな人……妖精さんみたいな目だな……)
妖精の言葉に、ドキリとする。俺が妖精の愛し子だと見透かされているみたいだ。
でも、彼女の俺を見る目は、嫌悪感はない。純粋な羨望の眼差しだ。
彼女は妖精を身近に感じて、慕っているのだろう。
――だから、かもしれない。彼女の心が聞こえるのは。
裏表のない人は、心の声が聞こえやすいという傾向がある。
ここまで聞こえやすいのは初めてだが、彼女は純粋な人なのだろう。
仕事柄、相手を騙そうとする醜い奴しか会わないから、彼女の存在は新鮮だった。
「あ、ここが詰所です!」
「ありがとうございます」
彼女がぺこりと頭を下げる。
「……では、私はこれで……」
そそくさと去ろうとする彼女との別れが名残惜しくて、俺は声をかけた。
「俺はここに来たばかりで、町に詳しくないんです」
「……あ、そうなんですか……」
「だから、名前を教えてもらえませんか? また、あなたに会いたいです」
「えっっ!」
(な、ななななっ……極上のイケメンが、とんでもないことを言い出した!)
心で叫びながらも、彼女は真顔で目をわずかにキョロキョロさせるだけだ。
そのギャップが楽しくて、くすりと笑ってしまった。
「……いけませんか?」
「い、いえっ……あのっ……そのっ」
彼女は口をもごもごと動かしながら、小さな声で言う。
「ライラ……と言います。あのっ……革職人をしていて……」
「そうだったんですね。ライラさん……覚えました」
(ぎゃああああ! イケメンに名前を呼ばれたああああ!)
小刻みに震える彼女に、なんだかいけないことをしているみたいな気分だ。
でも、心が高揚する。口元が勝手に笑い出してしまう。
「ライラさんの職場はどこにあるんですか?」
「ひぇっ……あの、川沿いにある工房ですが……」
「実はここに来るまでに靴をダメにしていまして」
「は、はあ……」
「靴を作っていただけないでしょうか?」
「えっっ」
(そ、そんな恐れ多い……)
すぐに恐縮した彼女に、強引だっただろうかと、心がすくむ。
だが、彼女は俺の足元を見て、すぐに表情を変えた。
腰を屈めて、真剣な目で履いていた靴を見る。
「革がかなり痛んでいますね」
「え……」
「足の型をとって、ぴったりのものを作った方がよさそうです。この擦り切れかただと、靴底は……」
さっきまでのオドオドした態度は一変していて、彼女は職人の顔になっていた。
そのギャップに驚きつつも、惹かれるものがあった。
俺に聞こえる彼女の心の声が、あまりにも真剣だったから。
彼女の作る靴を履いてみたかった。
「靴をお願いしてもいいですか?」
「はっ……!」
ぶつぶつ言っていた彼女が顔をあげる。
きょとんとした顔に思わず、くすりと笑ってしまった。
「お願いします、ライラさん」
「お、お任せください!」
立ち上がって、胸を叩いた彼女に口角をあげる。
(ぎゃああああ! イケメンに微笑まれたああああ!)
聞こえてきた絶叫がおかしくて、俺はぷっと噴き出してしまった。




