10 イチオシが騎乗して戦います
ルキーノ様の衣装を作った時、私は願望を込めてしまった。
それは彼の体の曲線美を出したいというものだ。
ルキーノ様はお顔が美しいが、体も芸術品のように麗しい。
特に腰つきがえっちだ。
だから、ぴったりした黒いインナーを着てもらった。
左だけ、胸当てをつけてもらったのだが、正解だったのだろう。
革鎧を身に着けていながらも、魅惑的な体のラインを余すところなく浮彫りにしている。
太いベルトを締めてもらったから、腰からおしりにかけてのラインは、実にけしからん。
肩甲は動きやすく鋭い剣みたいなデザイン。
ルキーノ様の端正なお顔に、武骨なデザインがあると、昇天しそうなくらいカッコイイ。
革の籠手にグローブ。ブーツは太ももまであるロングブーツだ。
騎乗を考えてしたことだけど、ルキーノ様のすらりとしたおみあしが、さらに長く感じる。
いい仕事をした。
持てる力を注いで、作ってよかった!
最高です!
目の前に降臨した神に祈り、私は両手を組んだ。
ルキーノ様と目が合う。
ふわりとオパール色の瞳がやさしく下がった。
「どうでしょうか……?」
「この世のものと思えないほど、尊いです」
天国に言った気分で話すと、ルキーノ様の顔がほんのり赤くなる。
「それはほめ過ぎですよ……」
ルキーノ様は照れくさそうに頬をかいてから、ひとつ大きく息を吐きだした。
「ライラさん。昔の騎士は、自分の姫のために代理で戦ったそうですよ」
「あ、知っています。有名な騎士物語に出てきますよね」
「ええ。ですから、俺はあなたの騎士になります」
そういうと、ルキーノ様は突然、片膝をつけて私の前に跪いた。
見上げられ、ポカーンと口が開く。
「あなたの愛に守られ、ぶじ、勝利したら、俺の嘆願を聞いてくれますか」
「た、たんがんとは……?」
「あなたを一日、独占させてください」
「どくせんっ⁈」
もうすでに心の120%は、ルキーノ様で染められているのだけど。
さらに独占とは……? え? 150%まで心を限界突破すればいいのだろうか。
口を開いたまま、ぽかんとしているとルキーノ様は困ったように笑う。
「俺とデートしてくださいって意味です」
「ああ! デートですね!」
腑に落ちた私はポンと膝を叩いた。
心の話ではなかった。よかった。これ以上、染められたら天に召される。
ほっとしたのも束の間、イチオシの瞳が怪しく輝きだした。
「よろしいんですね。約束ですよ。我が姫」
ルキーノ様は無防備な私の右腕をそっと掴むと、ひっくり返して手首に唇を落とした。
臥せられたまつ毛の長さにビックリだ。
って、そんな観察をしている場合ではないっ
な、なんだって……
イチオシが私の体の一部に触れているだと!
しかも。まさかのくちびる!
キッスされたああああ!
「では、行ってきます」
にっこりと笑ったルキーノ様に、私は「あ、あ、あ」としか言えなかった。
去った背中を見て、意識が遠のく。
ああ、私はぶっ倒れるわけには行かないのに。
イチオシの戦いを見届けなければいけないのに。
完全に腰がぬけて、へなへなと座り込んでしまった。
「ライラ、しゃんとしなさい」
「はっ……!」
バルダッサーレ様の世にも恐ろしい顔がドアップで見えた。
ぴょんと跳ねるように立ち上がって、背筋を伸ばす。
「試合を見に行くぞ」
「は、はいっ」
人にもまれながら、試合会場にたどり着いた。
試合は始まっていて、いななく声が聞こえた。
馬が駆ける風景は迫力満点だ。
すれ違い様に、槍が交差する様は全身がしびれるほど高揚する。
食い入るように見ていると、団長さんの出番になった。
「相手は、王太子殿下かっ……!」
バルダッサーレ様が唸り声をあげる。
首から足先までを漆黒の鎧に包んだ王太子殿下は、存在感が際立っていた。
黒い髪を後ろになでつけ、鼻にかかる前髪だけたらしている。
アメジストのような切れ長の瞳は、威圧感があり、見るからに強そうだ。
いやいやでも、団長さんも剛腕だし!
筋肉がすごいし!
簡単に負けるはずが――
「うおっ?!」
ああああ! 団長さんが胴体に槍を打ち込まれたああああ!
苦痛に顔をゆがめながら団長さんも槍をふるうけど、王太子殿下は華麗にかわす。
一瞬で、勝負がついてしまった。
「だあああっ! 負けたあああっ!」
団長さんが叫びながら、私たちの所にくる。
「お疲れさまでした……」
「くっそー! 悔しいな!」
髪をかきむしりながら言われて、笑ってしまった。
「残念でしたね」
「ああ、まあ、まだルキーノがいるからな!」
「そうですね!」
「あいつ、ほそっこいのに、剣の太刀筋は早いからな! いいとこいくんじゃねえのか?」
団長さんが試合会場を見つめる。ひと試合が終わって、ルキーノ様の出番になる。
ドキドキしすぎてぎゅっと両手を固く握った。
「がんばって、ルキーノ様っ」
思わず声がでたとき、馬が駆けた。ルキーノ様は背に槍をかまえたまま、片手で手綱を持っている。
トップスピードに乗った勢いのまま、ルキーノ様が手綱から手を離す。槍が空で一回転したかと思ったら、次の瞬間には相手の兜を吹き飛ばしていた。
すごいすごいすごいすごいすごい!
試合が終わると、ルキーノ様はこっちに向かって手上げた。爽やかな笑顔で手をふられ、心臓がずっきゅんと撃ち抜かれた。
「団長さん!」
「ん? どうした?」
「倒れそうなので、私の肩を掴んで、支えてくれませんかっ!」
「お、おう……こうか?」
「そのまま固定で!」
「お、おお……」
団長さんに支えられながら試合を観戦した。
その後もルキーノ様は勝ち抜き、とうとう決勝戦。
相手は王太子殿下だった。
私が緊張してしまい、体が小刻みに震える。
「お、おいっ、ライラ、大丈夫か?」
「だ、だだだだ、だだだだ、だいじょうぶですっ」
「大丈夫じゃねえだろ……」
「い、いしきがっ とびっ とびとびっ とびかけているのでっ さ、ささささ、ささえて」
「ああ、わかった……」
大事な試合なのに、ぶっ倒れるわけにはいかない。
両足を踏ん張って見守っていると、試合のコールが告げられる。
砂埃を巻きあげ、馬が駆けた。
勝負は一瞬。瞬きしていたら見過ごす。
くわっと目をかっぴらいて見ていたら、ルキーノ様の槍が、王太子殿下の腹に決まった。
――勝った!
ガッツポーズを両手で作って空にむかって突き上げる。
やった。やった。
うきうきしていたのに、勝利したルキーノ様は不服そうな顔だった。
王太子殿下を鋭く睨みつける。
「アンジェロ殿下、手を抜きましたね」
王太子殿下は両肩をすくめて、不敵な笑顔になる。
「そうか? おまえの気のせいだろう」
「あなたがこんな隙だらけになるはずありません。勝利をゆずってもらっても、嬉しくもなんともないんですよ」
ルキーノ様らしくない冷たい声音で、王太子殿下と話している。
ええっと。ふたりは仲良しなのだろうか?
険悪そうに見えるけど、王太子殿下はくつくつ喉を震わせて笑っていて、楽しそうにみえるから。
「では、今一度、手合わせをするか?」
「あなたが本気を出すなら」
「いいだろ」
王太子殿下が審判に声をかけ、再戦が始まった。
「なんだ、なんだ? またやるのか?」
団長さんの声に、観戦客からざわめきが起る。
動揺している間に、再び馬が駆けだした!
――ガキンッ!
重い鋼の音が辺りに響き、槍同士が打ち合う。
一度、すれ違って勝負がつかなかったから、次は相手のスタート位置に戻って再戦だ。
両者、一歩も引かず、打ち合いが続く。
「ルキーノ。冷静なおまえがいつになく熱いじゃないか」
「俺の姫に嘆願したので」
「姫……ああ、あの子か……」
王太子殿下と目が合う。
射抜くように見られているうちに、ルキーノ様の槍が殿下の頭をかすめた。
「よそ見していると、馬から叩き落しますよ」
「おっと。熱いおまえは、嫌いじゃない」
王太子殿下が目を細めると、今までより早く槍をふるった。
ルキーノ様の顔面に向かった切っ先。
危ない!と思ったけど、ルキーノ様はすんでのところでかわし、カウンターを殿下の腹に叩きこむ。
決まった……!
「おまえ……フェアリーテイルの力を使ったな?」
腹をさすりながら、王太子殿下が言う。
ルキーノ様は蠱惑的に微笑んだ。
「いけませんか? 勝ちは勝ちです」
審判がルキーノ様の勝利をつげ、私は身震いして両手を天高く伸ばした。
「やったあああ! ルキーノ様が勝ったあああ!」
「ひやひやさせやがって!」
歓声が沸き起こる中、ルキーノ様が戻ってくる。
目が合うと、とろけるように微笑まれた。
「俺の姫、無事、勝ちました」
また姫扱いされて、大歓喜していいのか分からない。
感動して泣けてきて、私はぐずぐずに鼻を鳴らしながら、大きな声で言った。
「おめでとうございまず! ルキーノ様は世界一、カッコイイです!」




