01 イチオシを拝もう
「わぁぁぁ……ルキーノ様、今日も素敵……! 拝みたい!」
イチオシ騎士様を見た瞬間、私は頬を両手で挟み、悶絶した。
ついつい心の声がダダ漏れになってしまう。
今朝聞いた従姉妹の嫌味も、亡き母の工房を我が物顔で経営する叔父の顔も、イチオシを見るだけで吹き飛んでしまった。
木の陰から、がっつりイチオシを見ている私の名前はライラ。
16歳。新米革職人である。
容姿は地面に生えている草並みに平凡。くせの強めな茶色の髪が肩まで伸びていて、瞳の色も茶色だ。
そんな特徴のない私のことよりも、今はイチオシのことである。
わざわざお約束した時間より早めに来て、訓練しているシーンを見にきた。
今見ずに、いつ見るのだ!
私は木刀を振り上げ、鍛錬しているイチオシをガン見した。
ルキーノ様は遠くから見ても、整った顔立ちをしていた。
美しい顔に映える絹のような銀の髪。彼が木刀をふるたびに乱れる髪は、星屑のように煌めいていた。
すっと通った鼻梁に、薄い唇。それらのパーツが完璧なまでに配置されていて、とんでもない色男だった。彼を産んでくれた母君に感謝したい。
なによりも意識を奪われるのが、ほんの少し眦が上がった、その目だ。
青を基調として、様々な色がまじっている、オパール色。宝石みたいで、ずっと見ていられた。
昼休み前のこの時間は、騎士団員たちが訓練をする時間。
騎士団長の号令に合わせて、ルキーノ様も声を出して木刀を振っている。手を抜いている騎士団員もいる中、ルキーノ様は真剣に鍛錬をしていた。
その姿は精悍で、カッコよかった。
顔の輪郭をなぞって、玉の汗がしたたり落ちていた。太く逞しい首筋にそって、雫が伝っていき、くぼんだ鎖骨にたまっていく。
こぼれた雫の行く先は、黒いシャツの下でも分かる隆起した胸だ。汗で張り付いた黒いシャツは、魅惑的な体のラインをこれでもかと主張していた。
彼が木刀を振りぬけば、体を濡らす汗も飛び散っていく。
「ああああ! 色っぽいいい……!」
けしからん色気が、ほとばしっている。
鍛錬所という場で、野外公開してもらってありがとうございます。眼福です。
思わず拝みたくなっていると、鍛錬が終わった。
「よおし! 昼休憩だ!」
団長の号令がかかり、ルキーノ様は詰所に向かってしまう。
熱かったのか、ルキーノ様が前髪を指でかきあげた。形のよい額が見え、髪が後ろになでつけられる。
なんてことなの……
オールバック姿をチラ見してしまった……!
「は、鼻血でそう……」
鼻を指でつまみ、私は太い木の幹をバシバシ叩いた。
気を取り直して、私は詰所に向かう。煩悩で爛れた脳内はおくびにも出さず、営業スマイルを顔に貼り付けた。
鍛錬を終えたばかりの詰所は、男臭くてむわっとしている。細マッチョ・マッチョ・ゴリマッチョ。筋肉図鑑のような体躯の男たちの中で、ルキーノ様を探す。
「お、ライラじゃないか。相変わらず、ひょろっとしてんなあ。ちゃんと食ってるか?」
話しかけてきたのは、騎士団長さん。服なんて着るかバカヤローと言いたげに上半身をさらけ出している。日焼けした肌に隆起した胸は、健康優良児、そのものだ。
「食べてますよ。それよりも、ルキーノ様はどこですか?」
「ルキーノかあ? あっちにいたはず……って、おい! めっちゃ早く行くなよ!」
団長さんが何か話しているのにも振り返らず、わたしはイチオシをロックオンした。
汗のにおいに混じって、甘く爽やかな異国の香りがした。香りを頼りに歩いていくと、タオルで汗を拭いているルキーノ様がいた。
私に気づいて、オパール色の瞳と目が合う。厳しく上がっていた眦が、柔らかく下がっていった。
「ああ……ライラさん」
落ち着いた声で呼びかけられ、どきりと心臓が跳ねる。
ルキーノ様は体温があがっているのか、頬を紅潮させていた。瞳も潤んでいて、熱っぽい。
――――たまんない。
雄々しく叫びたくなる気持ちを心の奥に埋没させ、私は肩かけ鞄を開いた。
鞄から箱を出して、ルキーノ様に見せる。
「ブーツができました!」
私はにっこりと笑って、箱から編み上げブーツを取り出した。
ルキーノ様がまじまじとブーツを見つめる。
「……デザインがいいですね」
嫌がられていないことに、ひそかにガッツポーズする。
「そこの丸椅子に座って、履いてみませんか?」
「ええ、ぜひ」
ルキーノ様が椅子に腰かけると、私は屈んで箱を床に置く。箱からブーツを取り出して、彼の足元に揃える。履きやすいように、ひもは全てゆるめた。
「どうぞ!」
笑顔で見上げると、ルキーノ様が柔らかく微笑する。
腰を曲げて、履いていたブーツの紐を解きだした。
オリエンタルな香りがして、銀色の髪が近づく。
くらりと眩暈を覚えるほどの距離感。
喧噪が遠くなり、私の目にはルキーノ様しか映らなくなってしまった。
「ああ、いいですね……」
しっとりとした極上の声がして、ハッと我に返る。
腰をまっすぐにして、ルキーノ様は私の作ったブーツを見ていた。床を軽く踏んでから、立ち上がる。
「いい履き心地です」
見下ろして言われ、あんぐりと口が開いた。
イチオシを見上げたショットが最高すぎる。
ご褒美をありがとうございます。
「ライラさん?」
「はっ……!」
あまりの尊さに、天国にいきかけた。
私は慌てて立ち上がり、営業スマイルを顔に貼り付ける。
「気に入っていただけて嬉しいです」
「とても気に入りました。足になじみます」
「足形をとらせてもらったので、ぴったりのものが作れました」
その節は、ありがとうございましたと言うと、ルキーノ様がゆるく首を横にふる。
「こちらこそ、俺には部不相応のものです」
「そんなことはありません。私は革職人としては新米ですし」
「でも、この革の艶は惹きこまれます。あなたに任せてよかった」
低くも、高くもない艶やかな美声で言われ、ぶわっと鳥肌が立った。
「こ、こここちらこそ……ありがとうございますっ」
ぼそぼそとした小声で言うと、くすりと笑われる。
「お代はいくらですか」
「あ……履き心地を試してからで。忙しくなかったら、また工房に寄ってください」
そういうと、ルキーノ様が柳眉をひそめる。
「それでは……」
「靴は歩いてからです。違和感があったら教えてくださいね!」
強引に話を終わりにして、私は脱兎のごとく走り出す。
ルキーノ様に褒められたことが嬉しくて、嬉しくて、口がむずむずする。
詰所の外に出た私は体を震わせて、拳を高々と突き上げた。
「いやったあ! 褒められたあ!」
FOOOO!と叫びだしそうだ。
私はスキップしながら工房へと戻っていった。