カップルが目撃した風変わりなスキーヤー
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
ほとんど雪の降らない台湾で生まれ育った僕にとって、日本の雪景色は美の象徴であり永遠の憧れだ。
大学時代に友達と一緒に訪れた兵庫のハチ北も賑やかで楽しかったけれども、社会人になってから滑る北海道のスキー場もまた趣があって素晴らしい。
特に今回のスキー旅行はフィアンセの彼女と一緒なのだから、より一層に期待も高まってしまうな。
「天気は晴れで雪質も良好。申し分のない絶好のスキー日和ね、小竜君。」
「そ…そうだね、白姫さん。本当に晴れて良かったよ…」
極力平静を保ちながら彼女に応じたつもりだけれど、果たして上手くいっているのだろうか。
何しろオレンジ色のスキーウェアに身を包んだ王白姫さんを直視していると、その美しさに自然と頬が緩んでしまうんだ。
白いスキー用メットから食み出した艶やかなダークブラウンのロングヘアーも、ナチュラルメイクを施した白い細面の美貌も、僕なんかには勿体無い程に素晴らしいよ。
幾ら婚約が内定しているとは言っても、情けなく緩んだ顔を見せては幻滅されてしまうかも知れないね。
無闇に良い所を見せようとは思わないけど、ここはビシッと気を引き締めていかないといけないだろうな。
こうして変に気負い込んだ状態でスタートさせたスキーデートだけれども、いざ滑り始めてみると風を切る爽快感と疾走感が素晴らしく、時間はあっという間に過ぎていったんだ。
「さてと、初心者向けコースは一通り滑ったけど…こっちは上級者向けコースか…」
「見てよ、小竜君!あの人の滑り方、本当に凄いから!もしかしてプロだったりして。」
白姫さんの指差す方向を見ると、そこには上級者向けコースを自在に滑る一人のスキーヤーの姿があったんだ。
コースに設けられた凸凹を巧みに避け、カービングターンも鮮やか其の物。
白姫さんが言う通り、プロ選手かインストラクターをしていてもおかしくない腕前だった。
とはいえ、ちょっとした違和感はあったけれども。
「だけど、あんなベージュ色のウェアって変だなぁ…しかも、妙に身体にフィットしているし…」
「違うわ、小竜君!あの人、裸で滑っているじゃない!」
白姫さんの悲鳴みたいな甲高い声に促されて凝視してみると、先程に抱いた違和感の理由が一瞬で理解出来たんだよ。
あのプロ顔負けの腕前を持つスキーヤーは、何と素肌を晒して滑っていたんだ。
とはいえ一糸纏わぬ全裸という訳ではなく、白い六尺褌を締めて捻じり鉢巻を巻いた勇ましいスタイルではあったけれど。
あまりにも場違いな光景に、僕達は呆然と見守る事しか出来なかった。
だが、本当の恐怖はこれからだったんだ…
「何でまた、あの人はあんな格好でスキーを…」
「見て、小竜君!あの人ジャンプしようとしてる…あっ、消えた!」
小高いキッカーから助走を付けた褌姿の男性が、大きくジャンプする。
空中に舞い上がった次の瞬間、そのスキーヤーの姿は忽然と消えてしまったんだ。
「えっ?何で…何であの人、消えちゃったの?」
「どうなっているんだろう?とりあえず、スキー場の人に伝えた方が良いのかな…」
一介の外国人観光客に過ぎない僕達二人に出来る事なんて、精々この位が関の山だろう。
そう考えた僕達は、今起きた出来事を係員に伝えるべく最寄りのリフトを目指したんだ。
こうして手近なリフト降り場に到着した僕達は、手の空いていた係員に一部始終を報告したんだ。
「えっ?上級者コースで滑っていた褌一丁の男性が、ジャンプの途中で消えた?どういう事ですか、それって?」
「本当に見たんですよ、嘘じゃないです!」
案の定と言うべきか、学生バイトと思わしき若い係員は事態をよく理解出来ていない様子だった。
まあ、それも無理はないだろう。
何しろ一部始終を目撃した僕達でさえ、正直言って半信半疑なのだから。
そんな不毛な遣り取りを続ける僕達に、数人の若い男性グループが割って入ったんだ。
「褌一丁でスキーを滑っていた男の人と仰いましたね?それって、この人じゃないですか?」
青年の一人が突き出してきた写真は、確かにあの褌一丁の男性の物だった。
だが、その写真は黒い額縁で飾られ、黒いリボンさえ結ばれていたんだ。
「はい、この人で間違いないですけど…これって遺影じゃないですか。」
「やっぱり…アイツ、成仏出来てなかったんだ…」
肩を落とす男性の話によると、彼らと遺影の男性は養成所を出たばかりの若手お笑い芸人で、市民センター等を借りて開催するインディーズライブにも一緒に出演する仲だったらしい。
そして今から一年前、彼らはインディーズライブで上映する面白動画を撮影するために、このスキー場を訪れたそうだ。
「彼は筋肉質の逞しい体型で、オマケにスキーが得意でしたからね。そんな彼が褌と鉢巻だけのお祭りスタイルで華麗にゲレンデを疾走したら、きっと大ウケするに違いない。そう思って動画撮影を始めたんです。それなのに…まさか、あんな事になるだなんて!」
スラロームやカービングターンといった様々な技を華麗をこなし、後はジャンプを決めるだけ。
ところが着地の瞬間にバランスを崩してしまい、その若手芸人の青年は不幸にも命を落としてしまったらしい。
それでは僕達が目撃したのは、彼の幽霊という事になるのだろうか?
「きっとアイツは、自分が死んだ事も分からずに今も滑っているんでしょう。だから俺達で、アイツの魂を連れ戻してやらないといけないんです。」
そう言うと青年達は防寒着を脱ぎ、黒いネクタイと喪章を着けた喪服姿でゲレンデに向かっていった。
その後ろ姿を、僕達はただ見守る事しか出来なかったんだ。