届きを待って
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
う〜、台風がぽんぽこ来る年だと、暑さもうなぎのぼりなんだじぇ〜。
最近は紫外線も強くなっているみたいじゃん? ヘタに半袖短パン小僧でいると、帰ってきたときの日焼けがすごいのなんのって。
俺の場合、クリーム塗っても間に合わないんだから、相当な重症だろ? もういっそのこと長袖長ズボンにしちまった方が肌にいいんじゃないかと思うんだよ。
けれども、それだと汗かくし? 肌着とかは大洪水だし? 俺べたつくの嫌いだし? の八方ふさがりなんよね。
汗をかきたくないと思えど、かかねば身体に熱がこもる。そいつが今度は熱中症の引き金となりえるんだとか。
あちらをとったら、こちらが立たず。
生きていく上で我慢や妥協を強いられる場面は多いわけだ。そういった時のためにこらえ性は必要だと思うんだよな。
天につばしても、自分に振り落ちてくるだけ。怒って暴れて解決できる手合いだったとしても、暴れた後にこそ面倒はやってくる。
だからよ、たとえ自分からは妙に思える手合いでも、ヘタにかかわりあいになろうとしないのが身のためかもしれないぜ。それが、そいつにとってのひとつの戦いかもしれないからな……。
俺の昔の話なんだが、聞いてみないか?
晴れた日は、外で遊びなさい。
インドア系の面子は、一度はこの手の注意を受けたことがあるんじゃなかろうか。
身体を動かすのは健康を支える一要素。だが、実際に注意をする大人たちが、そればかり考えていたかというと微妙だ。
ひょっとすると、子供が家にいたらできない、するのをはばかられるようなことを、実行に移したかったのかもしれない。
「子供は風の子、元気な子」といった具合に、子供を外へ追いやるための、方便じゃあないかと俺は思っている。
しかし、そのようなはかりごとなど、考えない。あるいは考えないようにしている少年時代。俺は同調圧力をかける側だった。
つまり、晴れた日に外遊びをしない輩は、子供にあらず。生徒にあらず。
休み時間、教室にとどまろうとする面々を、無理やり引っ張り出して外遊びに参加させていくことがしばしばあった。
体調不良は仕方ないが、本読みとかの私的な用事で、お天道様のほほえみを無下にするのは許しがたい。このようなときに外で遊ぶことこそが、正しいことだ。
当時はドッジボール全盛期。人が増えれば内野も外野も増えて、やりごたえが出てくる。そいつに協力しないやつは片っ端から矯正してやりたかった。
俺自身が楽しく過ごすためにもな。
借金の取り立てのごとく、男女問わない外遊びを促す俺だが、その追及をしぶとくかわす奴がクラスメートにいた。
俺がふと目をやるとき、そいつはたいてい教室にいない。校内をめぐると、先生と何やら話をしている現場を見かけることがしばしば。さすがにそれを押しのけて、外遊びに誘う度胸も空気の読めなさも俺にはない。
それらがない時などは、おそらくトイレの個室に閉じこもっている。俺たちの教室のフロア以外のトイレも、そのような場合に限っていくつかの個室にカギがかかっていた。
下からのぞく足元とかで判断はつかない。そもそも、やった時点で変なヤツだ。
ましてや戸をどんどん叩いて、引っ張り出すとかは無理も無理。
――うだうだぐだぐだ、のらりくらりと逃げやがって。
ずる休みにしか見えない俺は、どんどんイライラを募らせていく。
もはやこいつ以外に、外のドッジボールに参加していないヤツはいないんだ。俺自身だって、「督促」にあてる初めの10分足らず以外は、急いで途中参加していく。
――普段から和を乱す奴がいて、将来的に運動会とかで勝てるわけないだろ。
休み時間以外に、そいつとすれ違う際に、ひとりごとや話し声を駆使してあいつの耳にこの手のことを叩きこまんとしていく。
学校行事の大切さを根拠に、外遊びを遠回しにあっせん、強制するというわけのわからん状態だ。このときの自分としては一生懸命だったんだよなあ。
はかりごとをされるのは嫌いだが、自分がやるのは大好きという、なんとも悪な心もちだったわ。
その機会がようやくやってくる。
終業式を2週間後あたりに迎えたその日。やや曇り気味で、暑さ控えめといった絶好の運動日和。
ぞろぞろとみんなが教室を出ていく中、そいつはひとり、流れに逆らって室内にとどまる動き。柱に寄りかかって窓の外を見やるという、黄昏チックなポーズだ。
こいつとは初めてクラスになって数か月たつが、当初からずっと長袖長ズボンという、俺としては「すかした」服装を崩さない。皆がどんどん軽装になっていく、この時期でも変わらずだ。
これはチャンスと、俺はすぐさまそいつに迫った。
俺自身、ごり押し以外の説得バリエーションにとぼしいのはあるが、熱心に説いても、そいつは「ああ」とどこか心ここにあらずの返答。
なお外の高くを眺めようとする態度に、より語気を強める俺をうっとおしく思ったか、そいつは言葉を継ぐ。
「頼んでいたものが、ほどなく届くんだ。そうしたら、参加してやる。もう少し待て」
もう少し、もう少しと引き伸ばされるのも、耳は慣れたが心は慣れない。
しかも宅配便のつもりか? それが学校に届くとかどういう了見なんだ。
逃げ口上ももはや限界と、俺は右腕を掴んで無理やり外へ引きずっていこうとしたんだが。
「おい、待て……」
その制止の声とともに、そいつの長袖の肩部分がずるりとはだけた……。
気づくと、俺は教室にぶっ倒れていた。
見慣れた天井、見慣れた室内。先ほどと違うのはあいつの姿がないことと、時計が先ほどから20分ほど経っているということ。
そして、あいつが見やっていた開ききった窓。風によって外へ引っ張り出されてなびく白いカーテンの裏側は、べっとりと紫色に染まっていたんだ。
たっぷり絵の具を垂らしたか。それともこの色をした塊がぶつかってきてはじけたか。
少なくとも手の込んだ染色でない、雑なものであると素人目にも分かる汚れ具合だったんだ。
休み時間は残りわずかだが、いつも口すっぱく参加をうながす俺が顔を見せないのは、面目が立たない。
俺がグラウンドに出ると、いつもの一角でドッジボールをしているクラスのみんなの姿があった。
あいつの姿もある。内野のひとりを務め、自分からキャッチをするそぶりは見せず、回避に徹していた。
右腕の袖をときおりおさえる素振りを見せるあたり、俺がぶっ倒れる直前に見た景色は錯覚じゃないと思われる。
俺はあいつと反対側、不利な方へと飛び入り参戦する。
ドッジボールは特に得意な種目なんでな。チームはすぐ息を吹き返し、俺は自分に回ってくるボールで、たちまち相手チームとの差を縮め、ひっくり返すに至る。
残すは例のあいつのみだ。いきなり当てて外野にしては、せっかく参加したあいつとしても面白くないだろう。長く残しておいた方がいいべ、という勝手な判断だったが、はたからはどう見えたか。
狩りの様相を呈する、最終局面。ここまで猛攻をかけたとはいえ、休み時間の残りはもうほとんどない。
間髪入れない、内野と外野のはさみうち。その中でわずかにバランスを崩した瞬間を、俺は見逃さなかった。
必殺のサイドスロー。横回転をくわえられたボールは相手のすねあたりの高さを保ち、ライン際まで滞空を続ける。
手前みそながら球威もそれなり。キャッチするにはそれなりの心得がなきゃはじかれるし、よけるのだって気合を入れなきゃ足のどこかにかする。
「うっわ、そこは……」
かすったのはあいつの長ズボン、右側のすそあたりだ。
それだけなら良かったが、俺の投げた球はそのズボンの生地をちぎり飛ばしたんだ。
さすがの俺も、そんな芸当まで自分にできるとは思っていない。あるとしたら、あいつの履いているズボンの生地があまりに柔かったということで……。
その日は、俺の学校でしばらく語られる事件となった。
ドッジボールをしていた俺を含めた面々が、そろって意識を失い、ぶっ倒れてしまったんだから。
みんな声をかけられればすぐに気がついたが、学校内で集団が気絶するとなれば、単なる心配では済まされないだろう。病院の検査をたいていの人が受けるほどだった。
だが俺は二回目だったためか、気を失う直前にわずかながら余裕があったんだ。
あいつのちぎれたズボンからのぞいた肌は、紫色だったんだ。
教室のカーテンにへばりついていたそれより、なお深い色。しかもその中ほど、本来は骨が走っているだろうあたりに、いくつもの小さな光をたたえながら走る、真っ青なラインがあったんだ。
真っすぐな天の川というのが存在したら、あのようなものだろうか……と俺は思った。それも人の足の中に。
いや、そもそもあいつは人、なのか?
ほのめかす俺の疑問に、あいつは答えなかった。
ただ「残りもしっかり届いたから、よほど無理しなければ大丈夫」とのことだ。
長袖長ズボンスタイルは、変わらずにいたよ。
あれが俺たちの見るべきものでないと、あいつが止めたのか。それとも見たらやばいのだと、俺たちの本能が無理やり意識を遮断したのか。
分からないままだけどな。