9 過去と同じになった今
「断ることはできないのか?」
ノアが言う。
「当たり前じゃない。私は皇女殿下の専属護衛騎士よ」
「その、だな、オルメタの外交官はいい噂を聞かなくて、辞めておいた方がいいんじゃないか」
ノアがロザリーの方に手を伸ばしかけて止めた。何をそんなに怖がっているのかロザリーには分からない。
ただ、会談を、謝罪を聞くだけの場ではないのか。
「もしかして何か、そこで起こるの?」
「いや、何も起こらなはずだ。でも何故か不安で」
「理由になってないわよ」
「理由になっていなくともロザリー、きみには出席しないで欲しいんだ」
訳が分からない。そして、ノアらしくない。ぎゅっと握られたこぶしからは血が滲んでいた。
「……無理よ、皇女殿下が出るのなら私も出席は義務だもの」
これだと平行線のままだろうと思い、ロザリーがその場を去ろうとした。
が、ロザリーの腕をノアが強い力で掴む。
ぎゅう、と握られた腕が痛い。
「痛っ、何すんのよ!」
「お願いだ」
黒い瞳が、ロザリーを射抜く。
「……理由を話してちょうだい。納得出来たら皇女殿下に相談するわ」
「理由は、……説明できない」
「無理よ、じゃあね」
掴んでいた腕を無理やり解く。
ロザリー、と後ろから呼ぶ声が聴こえる。
しかし、聞こえない振りをして走り出す。走るのはマナーが良いとは言えないが今は緊急事態だ。
致し方ないだろう。
必死にロザリーを説得しようとするノアの姿が脳裏に焼き付いて離れない。
アイツは、理由もなく止めろと言うやつじゃない。
何か理由があるんだろう。
ロザリーはそう思う。言えない事情にしろ、触りだけでも言われなければ断れない。
ロザリーとノアの問題ではない。この国と隣国の問題すらも孕んでいるのだから。
ある程度離れたところでロザリーは足を止め、呼吸を整える。
じっと、ロザリーを見つめるノアの瞳に、その真剣さに胸が高なった。
訳が分からない。
ノアは、ただの幼なじみなのだからそんなこと絶対にありえないのだ。
きっと気のせい、そう、ロザリーは自分に言い聞かせた。
「あら、ロザリーおかえりなさい」
皇女殿下の元に戻ると、ちょうどティータイムが始まる前だったようだ。
「ただいま戻りました」
ロザリーは騎士の礼をとる。
「ふふっ、お疲れ様」
エルフリーナが穏やかに笑う。
「皇女殿下、ティータイムの準備が整いました」
侍女がエルフリーナを呼びに来る。
「ありがとう、行きましょうか」
エルフリーナの後ろをロザリーは着いていく。
ロザリーが穏やかに過ごせると思ったティータイムは事件の始まりに過ぎなかった。