8 麗しき白薔薇
オルメタとのごたごたから、いくらか日かたったある日のこと。
その日は珍しくロザリーが一人、渡り廊下を足早に歩いている時であった。
ふと、外を見ると中庭でノアと見知らぬ女性が話しているのが見えた。
その女性は、服装からどうやら貴族であるようだ。いや、城に勤めている侍女以外だと言うべきだろうか。
ノアがよく求婚されているのを知ってはいたが実際に目にするのは初めてだった。
どうしてか、チクチク針で刺されたような気持ちになる。
――私には関係ない事だ。
ロザリーが、窓から目線を外し去っていこうとした時だった。
ノアがこちらを見た。目が合ってしまった。
「は、」
ロザリーが何かを言うまもなくノアがこちらに歩いてくる。その後ろを何故か嬉しそうにノアと話していた女性が着いてきた。
「ロザリー、良いところに」
嬉しそうに、ノアがロザリーに話しかける。
「お疲れ様ノア。ところで急にどうしたのよ」
「あぁ、この方、……イレーナ穣がロザリーに手紙を渡したいと言っていてな。勇気が出ずに俺に相談してきたんだ」
イレーナに聞こえないくらいの小さな声でノアはロザリーに言った。
「そうなのね」
来たはいいが、ノアのすぐ後ろで赤くなって固まっている令嬢にロザリーは声を掛ける。
「ロザリンデ・メイザーです。お名前を伺っても?」
ゆっくり、にこやかに微笑みながらロザリーはイレーナに声をかけた。
「イレーナ・マクリンドと申します……。えっと、あの、わたくしロザリンドさまにお手紙を渡したくて」
「なら、家の方に送って頂ければ」
「まだ、デビュタントを済ませていないので、ああとロザリンデ様に直接渡したくて」
「そうなの!わざわざありがとう」
差し出された手紙をロザリーは受け取る。むず痒いが嬉しいものだ。
イレーナも真っ赤になりながらロザリーに手紙を渡した。
「じゃあ私たちはここで」
ひと通り済ませると、ノアと二人歩き出す。
「デビュタントを済ませていない令嬢が何故ここにいたの?」
イレーナに聞かれない距離になると、ロザリーはノアに問いかけた。
「姉に用があって来たらしい。と言うか、姉へのお使いついでに騎士団の誰かに手紙を預けるつもりだったらしい。そこで本人とあってしまった訳だ」
「知らない家のご令嬢から手紙を貰っても怪しまれるだけだしね」
色々腑に落ちないところもあるが、ロザリーは色々と飲み込んだ。
「嬉しいものね。こうやって慕ってもらえるなんて」
手の中の手紙をロザリーは誇らしげに掲げた。
「そうだな」
ノアも、ロザリーの意見に同意した。
ふと、何かを思い出したかのようにノアの視線が中に浮く。
「ところでロザリー」
「なぁに?」
「皇女様と共にオルメタの外交官に今度会うって本当か?」
ノアが、不安そうにロザリーに問いかける。やめて欲しい、行かないで欲しい。
そんなオーラが出そうなノアに疑問を覚えつつ、ロザリーは答えた。
「一ヶ月後に会談の場を設けるらしいわ。もちろん護衛として皇女様をお守りするつもりだけれど」
ロザリーの言葉に、ノアの顔は絶望に染まった。