36 可憐な花ほど毒がある
侍女とメイリリーが馬車から降りる。彼女たちは、初めて来た帝国の城下町に目を輝かせていた。
「王国で見たことがないくらい大きいお店があるわ!」
「本当ですね。帝国のお店は大きいですし、数も多いです」
ロザリーの存在を忘れたかのように二人ははしゃいでいた。貴族の子女としてはよろしくはない、内心で思ったことを表情に出すことは推奨されていないのだ。いろいろといいたいことは毎度のことながら多いが、ロザリーは抑えた。
「用事が終わり次第呼びますので」
「わかりました。では、いつものとおりに」
ロザリーは御者に指示を出す。御者が行くとロザリーは楽しそうに話す侍女とメイリリーに声をかけた。
「まいりましょうか」
目の前の店だというのに動こうとしないため、ロザリーは店内に入るようメイリリーと侍女を促した。
「ええ」
店の扉を開ける。帝国の貴族御用達である店。王太子がエルフリーナではなく男爵令嬢のメイリリーを優先した。その事実だけは本当に許せない。
二人からは見えないように下唇を噛んだ。
「まあ、すごいわ」
店に入るなり、またはしゃぎだした。店の中に飾ってある既製品のドレスを物色しだした。
なんとも落ち着きのない令嬢だ、という感想をロザリーは抱く。王太子は、この落ち着きのなさがかわいらしいというがそれでは王妃教育はうまくいくのだろうか。
これからオーダーメイドのドレスを作るというのに。
「いらっしゃいませ。ええと、ご予約のメイザーさまでしょうか?」
「はい、その騒がしくてすみません」
「いえいえ、ドレスを見てよろこんでいただけてありがたいです。……あそこにいらっしゃるご令嬢とお嬢様のドレスをお作りという形でよろしかったでしょうか?」
にっこりと笑いながら店員がロザリーとメイリリーの分を作るというのでロザリーはあわてて否定した。
「私の分は改めてお願いしますので、そこいる彼女の分を依頼したいです」
メイリリーを指し示してロザリーは店員に話した。店員は驚いたように少し目を見開いたもののすぐに営業向けの笑顔を作った。
侍女を引き連れた妙齢の女が二人、となるとどちらもドレスを作るというのが普通なのだ。
多分、メイリリーは幼く見えるためデビュタントの少し遅れた少女が初めて夜会に参加するためドレスを作りに来た。と思われているのだろう。大方、ロザリーは似ていない姉か、従姉妹辺りだろうか。
「メイリリーさま、ドレスを作りますのでこちらに」
「はーい、今行くわ」
メイリリーがロザリーたちの方へと寄ってくる。これからオーダーメイドのドレスを作るために採寸をしなければいけないのだ。
「では、採寸をするために道具を持ってまいりますので少々お待ちください」
店主がメイリリーに告げる。メイリリーは、飛び跳ねそうな勢いで頷いていた。
「何色がいいかしら?」
「青色はどうでしょうか?」
「まぁ、素敵だわ」
きゃぴきゃぴと繰り広げられる会話に全くもってロザリーは着いていけない。ロザリーからすればドレスは動きにくいものであるという印象しかないから。
剣は持てない。高いヒールの靴を履かなければいけない。それに加えて、窮屈なコルセットを絞めないと着ることができないのが一番嫌いだった。
ロザリーは、割と寸胴体型である。軽くコルセットを着用してはいるけれど、貴族の婦女子のようにキツく締め上げている訳では無い。
可愛らしいものが嫌いだったり、ドレスを着るのが嫌いな訳では無い、ただドレスを着ると弊害が多いのが嫌なのだ。
「ロザリー様はドレスを着ないのですか?」
突然メイリリーがロザリーに質問を投げかけてきた。それも中々に話しずらいことだった。
「私は、メイリリー様の護衛をしなければなりませんので着ません」
「ロザリー様ならドレスを着たらきっとお美しいのに」
「ドレスを来てしまうと、メイリリー様の護衛が難しくなるのですよ。すみません」
少しムスッとした顔をメイリリーはする。これがきっと王太子殿下には刺さったのだろうなと遠目で思ってしまった。
可愛らしく無邪気な令嬢。ロザリーにはメイリリーがそう見えた。故に、計算が無いように思えるものの、きっと彼女の行動は計算に塗れているのだろうなとロザリーは勘ぐってしまう。
ノアも、騙されて居そうだ。と心の底では気づく。気づくと、何故かズキズキと痛む。嫌だ嫌だと叫ぶ心に蓋をして目の前の仕事に集中した。
「おまたせしました」
ガチャガチャと道具箱を鳴らしながら店主がやってくる。重そうな道具箱なのに女性である店主が軽々と持ち上げていてロザリーは驚いた。
「では、こちらに」
そう声をメイリリーにかけると目隠しのある一角へと案内した。
「護衛ですので私がここにいてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、構いませんよ」
色々と準備をしながら店主はロザリーの声に答えた。メイリリーはこちらをちらちらみながら待っていた。今日は採寸と軽いデザイン合わせだけなのにどこまでも楽しそうな様子だった。
ロザリーにもこういった可愛げがあればノアに振り向いて貰えたのだろうかと思うとどうしても心の中が重くなるのだった。
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