34 面倒ごと
本当に、良かったのかなとロザリーは思う。ノアを離してあげなくて。
メイリリーのいる部屋に戻ると中から声がした。ロザリーには分かる、この声の主はノアだろう。
辛い事実に気づくとノックをしようとした手が止まる。別にノアとメイリリーが楽しく話しているのならロザリーは急がなくていいんじゃないの?と。
ノアがわざわざメイリリーの元を訪れている事実に心臓がざわざわした。何度目かも分からないノアは私の婚約者なのに、なんて言葉が浮かぶ。
この扉を開けた先のノアはどんな表情をしているのだろうか。メイリリーは、何を思っているのだろうか。メイリリーにとってロザリーは皇女を慕う厄介分子でしかない。
もしも、ノアがこの事実を。メイリリーがエルフリーナを貶していた事実を言えば離れてくれるのだろうか。いや、ロザリーとしては離れて欲しい。
契約的な婚約であったとしてもノアとロザリーは婚約者なのだから。
すっ、と息を吸う。これではダメだ。自分らしくない。
「失礼します」
三回戸を叩く。そして、声をかけた。今のロザリーはエルフリーナの命令を受けて隣国からやってきた令嬢、メイリリーを護衛する護衛騎士のロザリンデ・メイザーなのだ。
心が一気に冷えていく。何も恐れることなんて無いはずなのだ。
「あら、ロザリンデ様。今、ノア様が来てくださっていたの。良かったら一緒におしゃべりしませんか?」
ノアに近づきつつメイリリーは言う。ノアは、困ったように笑う。私の前ではそんな顔しないくせに。そう少し思わないでもないものの、それ以上に早くノアには部屋から出ていって欲しかった。
「ノアはこれから別の任務がございますので、無理でしょう」
出ていけ、とノアを睨みつけるように見ると、何故か少しほっとした様子だった。よく分からない。ノアの方からこの部屋を訪ねたのだろうに。
「そうなの、ごめんなさいお仕事の邪魔をして」
「いえ、休憩中でしたのでお気になさらず」
ノアはメイリリーに一言声をかけるとぺこり、一礼をして部屋から出ていってしまった。
「これからのメイリリー様の予定ですが王太子殿下からの命令で、夜会用のドレスを購入するようにと言いつけられておりますがどうなさいますか?」
夜会用のドレスを王太子がメイリリーに贈る。メイリリー嬢はエルフリーナ殿下よりも優遇されているのを隣国の王太子はアピールしたいのだろうとロザリーは思う。
「まぁ、本当ですか。殿下ったらお優しい」
演技じみた反応をメイリリーはする。無邪気な子供のような反応であった。侍女の数人が微笑ましいものを見る目をした。彼女らは確か帝国の侍女ではなく王国から来た侍女だったはずだ。と、ロザリーは思案する。なら、事情を知らなくても仕方ないかとも。
仕方なくはないのだけれど。
色々と考えていたロザリーにメイリリーが話しかけてきた。
「あの、ロザリー様?」
「はい、なんでしょうか?」
「ロザリー様のおすすめのお店とかってあります?」
「私の、おすすめですか?」
「そう!」
メイリリーが嬉しそうに言う。おすすめ、というか幾つか今帝国で人気の店は絞ってあるから困りはしないけれど。
ロザリーはほとんど夜会には出ない。出席しないという意味で、だ。エルフリーナを護衛する役目がある為ほとんどは制服で出席をしている。そのためドレス流行りには疎い。
エルフリーナを護ること、それがロザリーの喜びであり、幸せなのだからあまり気にしてはいないのだけれど。
「おすすめと言いますか、帝国で人気のお店を幾つか調べておきましたのでそちらにいたしますか?」
「まぁ、本当!ありがとうございますロザリー様」
花のような笑顔、けれど計算尽くされた表情でロザリーにメイリリーは笑いかけた。
「では、準備を致しましょうか」
ロザリーはメイリリーに告げる。
「えぇ!」
「何を着ていこうかしら」、「どんな服をお願いしようか悩むわ」などと言う声が聴こえた。
馬車の用意を帝国からメイリリーに付きになった侍女にロザリーは支持する。
王国から彼女らが連れてきた侍女たちはメイリリーを着飾るのに忙しそうだった。
夜会用のドレスなぞ、王太子が贈りたいのであればわざわざメイリリー本人に行かせる必要は無いだろうにとも思うけれどそれはロザリーの意見でしかない。
さて、私も準備をしようかとロザリーが動き出した時。
「あの、ロザリー様も一緒に行くのならドレスで行きませんか?」
急だった。
「私は、護衛という任務がございますからドレスでは……」
こわごわと言ってきたメイリリーを一蹴する。
「任務外ならどうでしょうか?」
「任務外と言いますと?」
「えっと、おやすみの日とかにお出かけとかしません?」
上目遣いでロザリーにメイリリーは言う。今ここにいるのは王国からの侍女だけだ。つまり、ロザリーの味方はいない。帝国の侍女たちはさっき馬車の手配をお願いしてしまったからいない。
頭を抱えたくなる。ここで断れば彼女たちからあること無いこと言いふらされるのは目に見えている。ほんの小さな影響とはいえエルフリーナの耳を汚したくはない。
故に、答えはひとつしか無かった。
「では、次の休みの時はどうでしょうか?」
「まぁ、いいの!ありがとうございますロザリー様」
次の休みはろくなことにならないな、と笑顔を浮かべつつもゲンナリとした。
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