31 これは喜劇かそれとも悲劇の始まりか
更新だいぶ止まってしまってすみません
翌日、ノアからと言われて渡された手紙に書かれた場所に行くと本当にノアがいた。
――朝日の下で見るノア様もすっっっごい素敵
メイリリーはニヤニヤとしてしまう。キョロキョロとしながら周りを確認し、時計を見ている様子から待ち人を待っているのは確実だ。
その待ち人とは、メイリリーである。ノアがメイリリーを待っていてくれているという事実だけで天にも登りそうな心地であった。
朝露が煌めく中庭に彼は佇んでいた。烏の濡れ羽色の髪と気だるげに伏せられた眼。ずっと見ていたい。否、絵画にして保存をしたいような風景だった。
しかし、行かねば彼が悲しむ。なんてメイリリーは思いかの人の元へと駆け寄る。ウキウキと心踊らせいつもよりもずっと軽い足取りで。
「お待たせしました、ノア様っ!」
ノアの瞳にメイリリーが映る。金色がメイリリーを捉えた。目が細められる。ノアの一挙一動を保存してしまいたい。
「メイリリー嬢、おはよう」
「すみません、お待たせしましたよね?」
「いいや、今来たばかりで……ところで何かしてしまったか?」
オオカミのような色合いをした瞳が、メイリリーを射抜く。ノアは、初対面の人間に下手くそな敬語を使うはずのノアがメイリリーに対しては敬語を使っていないことに気づく。
が、メイリリーにとってはそんな些細なことはどうでもよかった。
「何かあった訳ではなく、ノア様のお話を侍女とか、ヴィル様……、王太子様から聞いていて話しかけたいと思っていたんです」
興奮を抑えようとしたが、ことばを続けるうちに好きな人と話せているという喜びから早口になった。メイリリーの身振りも貴族令嬢とはいえないほどに大きくなる。
「そう思って貰えたならとても光栄だな。だが、俺のような他の男といて、王太子殿下に怒られやしないか?」
ノアが顎の下に手を当て、首を傾げて聞いてきた。メイリリーよりも彼は遥かに大きいはずなのに、首を傾げる動作が愛玩動物を見ているようで可愛い。速まる鼓動と赤くなる頬を手で覆う。
「ヴィル様はそんな小さなこと気にしませんわ。だって私を愛してくれているんですから」
ノアの瞳が驚愕で見開かれたように思えたが、すぐに無表情になる。メイリリーはノアの細かな表情の変化には気づいていない。ただ、うっとりとノアに見惚れていた。
次は何を話そうか、何か出せる話題は無いだろうか、必死に回らない頭をメイリリーは巡らせる。ノアはきっと、いや絶対暇では無い。だからこそ、今気を引けるだけ引いてしまいたかった。
「この庭園は誰が指示をなされているのですか?」
中庭に咲き誇る可憐な花々。きっと高名な庭師に任せているのだろうとメイリリーは思った。
「この庭……というか城の庭はほぼ全てエルフリーナ皇女殿下が花の配置などの采配をしてらっしゃいますね」
ノアのエルフリーナを褒め称える言葉にメイリリーは驚く。小説のノアなら絶対にありえない。エルフリーナはわがままでどうしようも無い皇女のはずだ。
ノアの言葉が耳を滑っていく。何も頭に残らない。いや、メイリリーにとって都合が悪すぎるから記憶に残したくないといったところだろうか。
メイリリーの知るエルフリーナはわがままで、横暴で、王太子に愛想を尽かされて婚約破棄されるような女だったはずだ。いや、そういう女だ。ノアが嬉々として語るような出来た女の真反対の存在だ。
ノアが洗脳されている。メイリリーはそう判断した。それ以外考えられないから、と。
「メイリリー嬢、大丈夫か?」
「あ、はい。ノア様があまりにもエルフリーナ様を褒め称えるものでそんなに素晴らしい方なのかと、思ってしまったのです」
「そんなんだ。あの方は本当に帝国の誇りだからな」
「私ももっとエルフリーナ様にお話を伺いたいですわ。ノア様がここまで言うならきっと素晴らしい方なのでしょうから」
肯定とも否定とも取れない言葉を必死にメイリリーは選ぶ。ノアの視線が胸元から取り出した懐中時計に移る。
「メイリリー嬢、すまない。そろそろ失礼する」
「あ、あのありがとうございます。とても楽しかったです。また機会があればお話出来ますか?」
立ち去ろうとしたノアの服の袖を掴んでメイリリーは話しかけた。このタイミングを逃せば二度と話せない気がしたから。
「まぁ、構わないが」
「ありがとうございます!」
ノアは、メイリリーの返事を待つことなく立ち去ってしまった。
ノア様かっこよかった………。メイリリーはそれだけを思う。全ての動作が凛々しく、雄々しい彼の姿はまるで絵から出てきた様だった。否、本当に絵から物語から出てきた存在なのだけれど。
今回の交流でメイリリーはノアを救い出そうと決意した。未だ視線はノアが立ち去った方を向いたまま、頬を真っ赤に染めて。
足でまといの女だけでなく洗脳までされてしまった愛しい彼。ノアを帝国という名の地獄から助けられるのは私だけだとメイリリーは一人取り残された中庭で思う。
その姿を、白銀の髪を持つ女が見ているとも知らずに。
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