貴女だけを見ているのに
嬉しそうにノアに駆け寄る少女を呆然とロザリーは眺める。急な出来事に、ロザリーは対応出来なかった。
メイリリーが、ノアに話しかける。彼は一瞬怪訝そうな顔をしたが誰か分かったらしい。
「メイリリー様は、彼とお知り合いなのですか?」
追いついた、ロザリーが問う。
「えぇ、昨日道に迷った時に助けていただいたの。その時にお礼を言い忘れていた気がして、お礼が言えて良かった」
まるで、恋する乙女のように顔を赤らめながら言う。
――ノアは、私の婚約者なのに
醜い自分が出そうになる。ロザリーにはよく分からない対応をするくせに、他の人間にはいつもこうなのだろうか。と、むくむく不安が湧いてくる。泣きそうな顔をするロザリーに気づいていたのはノアだけだった。
「メイリリー嬢、私は仕事があるため失礼します」
「邪魔してしまってごめんなさい」
「いえ、謝られるほどではございません」
言い残すと、ノアはロザリー達の前から去っていった。
「そうだ、ロザリーさんも騎士なんでしょう?」
思い出したかのようにメイリリーがロザリーに聞く。かちり、とロザリーが帯剣している剣が音を立てた。
「そうです」
「すごいわ!なら、さっきの彼とも知り合い?」
「はい、よく共に任務をこなす仲ではあります」
婚約者だ、と言ってしまいたかった。城の者たちだけでなく、帝国の貴族皆が知っている事実を。この時、よく釘を刺して置くべきだったと後悔するなどロザリーは知らない。
故に、ノアを縛り付けているという考え、後ろめたさのために言わないと言う選択肢を取ってしまった。
「よろしいでしょうか?そろそろ次の場所へ向かわねば」
侍女が言う。
「はーい」
メイリリーが間延びした返事をした。ロザリーがふと、外を見ると帝国が誇る不純物の少ないガラスから外が見えた。空は、重々しく、今にも雨が降りそうな天気であった。
それから、数日たった。
ロザリーは、今日も今日とて脱走したメイリリーを探していた。
――本当に男爵令嬢なのかしら、彼女。
そう思ってしまうくらいに奔放な性格をしていた。これでは、王妃になった時に困るだろうに。王太子の方は、王国からの使者としてそれなりに役割をこなしていた。常にそばに置きたがっているらしいが、口が軽く、じっとしていられない彼女を会談の場に置いて置けないとの事らしい。
ちなみに、ロザリーは彼女が何処にいるかはある程度把握している。
ノアの所だ。
今は、皇太子の護衛として任務に着く時以外。つまり会談の時などは、別の仕事をこなしている。それをどこから情報を入手したのだろうか、的確にノアをメイリリーは探し出して昼前などはノアのところにいる。
ロザリーは、二人が並んでいるのを見るととても絵になると思ってしまう。
王太子にべったりならいいのだが、彼女は王太子にふさわしくないと言い切りどうにかして婚約破棄をさせないようにしたいらしい。
逃げ出した彼女を見つけて声をかけようとした時隣にノアがいた時の衝撃は、とても大きかった。ロザリーの人生の中で一二を争うほどに。
『ノア様』
ほんのりと、顔を上気させてノアに話しかけるメイリリー。ぎこちなく笑い、屈んで目線を合わせようとするノア。
お似合いだ、とロザリーは泣きそうになった。
そのうち、メイリリーと婚約するためロザリーに話が来るだろう。婚約を破棄して欲しいと言う話が。
「まぁ、ノア様はとても博識なのですね」
目的の場所の近くに来たらしく、可憐な少女の声が聞こえた。聴きたくない、とロザリーは思う。けれど話しかけなければいけない。ノアがメイリリーに、ロザリーへ向けたことの無いような表情を見せているのを見るのが嫌だ。
「それ程でもない」
低めのテノールがロザリーの耳を着く。次の道を曲がればいるのだろう。ロザリーに聞こえる声が大きくなる。
カツカツと、わざと大きめに音を鳴らしながらロザリーは歩いた。いつもならば意識して靴音を鳴らさないようにしているのにも関わらず。
「メイリリー様」
「あっ、ノア様ごめんなさい。お迎えがきてしまったみたい」
ロザリーの方を睨むように見てから、ノアに対して残念そうな表情を見せた。ロザリーだって、好きでこんな役割をになっているのでは無いのに、と泣きそうになる。
「では、また今度」
軽く一礼してノアがその場を去る。その一挙一動をメイリリーは熱い眼差しで見つめていた。
「ロザリーさん、毎回来なくてもいいのに」
ぶすくれた表情と声で少女は言う。これでは、二人の逢瀬を邪魔したロザリーが加害者のようだ。
「申し訳ありません。ですが、これからメイリリー様にやって頂きたい事がありまして」
一応彼女は王国からの使者として来ているのだそれなりの役割が課されている。それを無視して自由には動けないはずなのだ。
「分かったわ」
そっぽを向いて、自分に与えられた部屋へと向かうメイリリーの後ろにロザリーは続く。まだ、頭のいたく辛い日々は続きそうだと思ってしまった。
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