26 分からないこと
護衛開始の初日。
寝起きのロザリーは燦々と窓から降り注ぐ太陽の光になんとも言えない気分になっていた。晴れているのはとてもありがたい。
が、正直徹夜とまではいかないが夜遅くまで起きていた体には少し毒だ。
――頭がいたいし重い。なんとなく目がチカチカする。
うぅ、とうめきながらロザリーはベッドから起き上がる。寝ぼけ眼とまではいかないが、働かない頭を必死に動かして準備をする。顔を冷たい水で洗うと大分マシになった。
引き継ぎだけならまだしも、次の仕事の予定を一晩で詰め込んだのだ。詰め込んだ、とは言っても大体ではあるが。
騎士服に着替え、家族と共に朝食を取る。非日常に飛び込む前の日常を、当たり前を噛み締めた。許せない、なぜという思いはある。が何か裏があるのならエルフリーナのためやらないわけにはいかない。
全ての準備を終えすう、と息を吸いロザリーはいつもよりも気持ち気合を入れる。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
優しい声が返ってくる。それだけで今日一日がなんとかなる気がした。
場所は移って、城の中。一人の少女と、ロザリーを含めた幾人かの護衛。そして侍女たちがとある部屋の中にいた。
「本日からメイリリー様の護衛になったロザリンデ・メイザーと申します」
目の前の少女に礼を取る。少女はひどく驚いた顔をしたが、ロザリーは気が付かない。口の形が、なんで、どうして。これじゃ。となっていることも。
「こちらは、メイザー家のロザリンデ様です。ご挨拶を、メイリリー様? 」
返事をしないことに、王国から連れてきた侍女の一人が不審に思い声をかける。声をかけられ、慌ててメイリリーはロザリーにぎこちない笑みを浮かべて名乗った。
「わ、わたしは、メイリリーと申します。これからよろしくお願いしますね」
彼女は、綺麗なカーテシーをした。ロザリーは少し見惚れてしまう。窓から差し込む光に反射するピンクブロンドの髪に薄い緑のドレスが相まって、メイリリーが妖精のように見えた。
――彼女が、王太子を籠絡した。と言うのはデマではないのだろうか?
そんな考えがロザリーの脳裏に浮かぶほどには。だが、彼女はこの国にやってきた時にはまるで自分が王太子の婚約者であるかのような態度であった。そのため油断はできない。
「これからの予定は」
侍女が、メイリリーに本日の予定を告げる。ロザリーは注意深く彼女を観察した。先ほどまでとは打って変わって退屈そうな態度を隠そうともしない。帝国から遣わされた侍女たち、ロザリーはうろんげな顔をしそうになった。
なぜ誰も咎めないのだろうか、とロザリーは思う。はっきりと思っていることを態度に表しているわけではないが、一眼みれは退屈だ、というのがはっきりわかる。
「となっております」
「わかったわ」
話す時には、態度が急に人格が変わったのかと言わんほどに変わる。
「では、これから皇女殿下とのお茶会に行きましょうか」
彼女に付き添う侍女の中で一番地位が高いであろう侍女がメイリリーを案内するように率先して歩く。今日の予定の中で一番楽しみだったものだ。皇女にこれから会える。それだけでロザリーの心は高鳴った。
ロザリーは、いつでも彼女を守れるように少し後ろの位置で歩く。廊下を歩いているとメイリリーが急にロザリーの方を向いた。予想外の出来事にロザリーは驚いた。
「えぇと、ロザリンデさん、だっけ?」
「はい、何か粗相がありましたか」
「ううん、ただ、わたしがロザリデさんとお話したかっただけ」
急に砕けた態度になったメイリリーに少し眉を顰めそうになる。ほぼ初対面と言っても過言ではないロザリーに対する態度ではないだろう。いくらロザリーが彼女の護衛を務めているとはいえ。
「私はただの護衛ですので、あまり会話をなさるのは良くないかと」
メイリリーの表情が固まる。彼女に付き添う王国の侍女も、こちらを睨め付ける。
「でも、これからわたしが王国に帰るまでの間護衛をしてくださるのでしょう? だから仲良くしたくて」
しょげたように彼女はいう。しおらしくすれは許されると考えているのだろうか。ロザリーにはその考えが理解できなかった。
「確かに、そうですが」
私的な会話はあまり良くない、と言おうとして悩む。それは、エルフリーナとロザリーの関係が矛盾してしまう。
「……わかりました」
しばらく悩んでから言った。何か王太子に関する情報を手に入れられるかもしれないと言う下心もある。
「じゃあ、そのいつから騎士をしているの? 王国では、女性の騎士が珍しくって」
「一四から、城には遣えさせていただいております」
「そうなんだ、城にはってどう言うこと? 」
「とあるご夫人の護衛を何度かさせていただいておりましたので」
少しぼかしつつ伝える。嘘ではないが、細かく伝える必要はないだろうとロザリーは考えた。
「一四からってことは、今何歳なの? 」
ロザリーは頭を抱えそうになった。聞いてはいけない、暗黙の了解をこの男爵令嬢は破った。侍女たちもあまりにも常識はずれの発言にそわそわとしだす。
「メイリリー様、それはあまりよろしくないかと」
彼女に付き添う侍女の一人がそう忠告を耳元でしていた。
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