25 合間の話
取ってきたのは一枚の紙だった。たった一枚の紙切れともとることができるが、エルフリーナがわざわざロザリーを呼び出してまでロザリーだけに伝えようとしたものだ。何が書かれているのか想像もできない。エルフリーナは、柔らかな声色で紙に書かれた内容を読み上げた。
「えーと、『メイリリー嬢の警護をロザリンデ様にお願いしたい』とのことよ」
通達の一文を聞いてロザリーはギョッとする。王国からの客人が来ている、しかも、王太子が来ているとなればエルフリーナのことを女騎士の中で一二を争うほど知っているロザリー以上の適任はいない。
「私にはエルフリーナ殿下の警護がございますので無茶かと」
ロザリーはすぐさま言葉を返す。当たり前だ。ロザリー以外が皇女の護衛を勤めることなど殆どない。実際、ロザリーが休暇をもらっている日や遠征の時以外はほぼロザリーの専任だ。
「それが、おとう、いえ、皇帝陛下からの依頼なのよ」
「陛下、からの依頼。ですか」
皇女はなんともいえない顔をした。皇帝陛下からの依頼ならば断ることはできない。依頼というよりも命令に近いものだ。紙の裏を伺うようにチラリと見ると確かに玉璽らしき赤いインクが見える。
「私がいない間の護衛は誰になるのでしょうか」
ロザリーは不安になる。このままエルフリーナの護衛という任を解かれてしまうのではと。
ほとんどありえない可能性ではあった。ロザリー以上に腕の立つ女騎士はほとんどいない。いや、今騎士団に所属している、と付ければ彼女以外にはいないだろう。
ほとんどありえない不安によって捨てられそうな子犬のような顔をしてしまう。エルフリーナはその様子をみて、一瞬悩む、が何せ皇帝からの直々の指名なのだ、断るわけにはいかない。と、気合を入れる。
「ロザリーがいなかった時に護衛をしてもらった子、になると思うわ」
少し考えるような仕草をしたのち、皇女は告げる。王太子が国を訪れている今こそ皇女のそばを離れたくない気持ちは強くある。が、それはロザリーのワガママでしかない。天使のようで、聖女と呼ばれる皇女。彼女からの頼みであれば、皇帝からの命令であれば断るという選択肢はない。
「承知いたしました」
その場に片膝をつき、了承する。
「ありがとう、ロザリー。実は調査もお願いしたいの」
ロザリーは首をかしげる。調査ならば、帝国から付けさせた侍女に頼めば良いのでは無いかと。だが、その方法をしないのには理由がありそうであった。侍女たちはずっと貴族の令嬢のそばに侍る場合が多い。が、それでも護衛の騎士が専任で着くのと侍女が専任で着くのでは勝手が違う。
具体的には夜会の時などだ。侍女がずっと令嬢についている場合はほとんどない。が、専任の護衛ならば違う。
だから、仕事が回ってきたのか、とロザリーは一人心の中で思う。
「侍女には、私と同じ命令がされているのですか?」
「ええ、もうメイリリー嬢につける侍女には通達がされているらしいわ。侍女だけだと心もとないから護衛である貴女にもこの話がきたみたい」
ロザリーへの命令が書かれた紙をエルフリーナは何度も読み返していた。エルフリーナの護衛の任を外してまでロザリーに与えられた仕事だ。多分、いや確実に何かあるのだろう。婚約破棄以上のものでなければいいとロザリーは思わずにはいられなかった。
男爵家の令嬢で、王太子殿下だけでなくその側近たちまで籠絡した令嬢。彼らがきてから急にロザリーに任務が課された。予想外のことが起きている。そんな予感がする。
話題を変えようと、ロザリーはエルフリーナへ話しかける。
「お着替えはどうなさいますか?」
「夕飯の時にまた侍女たちがくると思うからこのままでいいわ。もう少しロザリーと話したいことがあるから」
「何なりと」
深々と、頭を下げて敬意を示す体制をとる。
「ノアとはいつ結婚するの?」
「え?」
「ほら、最近ロザリーったら少し浮かない顔をしていていたからノア関連かと思って」
ロザリーは焦る。そこまで顔に出ていたのかと。
「たとえば、結婚したら騎士をやめる。とかって考えているのかと思って」
「い、いえ。ここ最近体調が悪かっただけで。私の婚約とは関係ありません」
慌てて体をエルフリーナの方へ向ける。そしてブンブンと否定するように体の前で手を振った。
「そう、ここ最近忙しかったものね」
「お恥ずかしい限りです」
釈然としない様子でエルフリーナは言う。ロザリーは、言うわけにはいけないと心の底で思う。エルフリーナに少しでもバレてしまえば彼女はロザリーのことを憂いて、ノアとの結婚が早まるだろう。
ノアを、感情の伴わなず政略でもない鎖で縛るわけにはいかないから。
「令嬢の護衛は明後日かららしいわ」
「それは、本当に急ですね」
明後日、とは困ったものだ。明日からでないだけまだマシであるが。今日はこれから夜会が開かれるのだ。もっと忙しいとも言える。
乗り切れればなんとかなるか、とエルフリーナを呼びにきた侍女の声を聞きながらロザリーは思うのであった。
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