23 気づいて無いのは貴女だけ
隣国からの書簡が来てからはアリの巣を突いたような騒ぎになった。ロザリーも、エルフリーナのドレス作成や当日の警備の打ち合わせに参加していた。
忙しさがロザリーにとっては救いだったのかもしれない。
彼が、ノアが、望まない婚約だと、思っていたから。
ロザリーの名誉を守るための婚約。ズキズキと酷く痛む心の臓などは忙しければ知らないフリができた。
白銀の髪を高く結い上げ、思い詰めた顔で仕事をこなすロザリーの姿は他人からは何処か不安定に見える。何かあったのか、と本人に直接聞けないくらいには不安定で苦しそうだった。
皇女エルフリーナが「休んで欲しい」と告げたところで誤魔化される。
身を削るように、ロザリーは働いていた。
だが、忙しい日々も長く続く訳では無い。王太子が来る日に間に合うと分かると、ゆるりとした雰囲気になる。いつまでも糸は張り詰めてはいられない。
ロザリーもまた、皇女の護衛という役割のみになった。警護の連携や、エルフリーナにつく新たな侍女との顔合わせなど、細々した仕事はあるものの最盛期ほど忙しくは無くなった。
故に、胸の中の澱は溜まっていく。ノアは、ロザリーと二人っきりの時間を作ろうとしてくれるものの恥ずかしいやら何やらで上手くいかない。
見ていたのは、騎士としての道だけ。男女の恋情、愛情などは分からない。
「ロザリー、大丈夫?最近ぼうっとしてる事が多いみたいだけど」
「う、うん。大丈夫」
ロザリーの同僚である、少女が問いかける。侍女として働く彼女は、皇女付きになった時に仲良くなった。
ロザリーが、専属で筆頭のような扱いになる前まではよく二人で昼食を食べていた。
それが、互いに忙しくなると中々時間が取れず、話す機会も失った。
それでも、たまの休日が会うとこうして二人城下に行っている。今は、軽く買い物を終えて食堂で食事をしていた。
メイザー侯爵家令嬢としてのロザリーではなくただのロザリーとして話せる少ない相手だった。
「それでも、よ。貴女かなり噂になっていたんだからね」
「そんなに?」
ロザリーの言葉に正面の少女は驚いたように目を見開いた。かたり、驚いた拍子に机の上の食器が揺れる。
「そりゃそうでしょう!ロザリーとノアが婚約をしたって話題になっているのにロザリーは浮かない顔をしているし、ノアはなーーーんにも変わんないし」
「そ、そうなの」
大げさと言わんばかりの身振り手振りを交えながら話す友人の姿にロザリーは少したじろぐ。だが、いつも通りの対応をしてくれる彼女がありがたかった。
みな、どこかよそよそしかったから。というのもあるだろう。
「あの、カタブツ。今度シメてやろうかしら。こんなに可愛い婚約者をもらっておきながら……」
「あは、はは」
この場に居ないノアに対してめちゃくちゃを言うな、とロザリーは思ってしまった。と、同時に本当に行動を起こしそうだと、思わせるのが彼女だとロザリーは考える。
貧しい貴族の生まれながら、底なしに明るくて。ロザリーを元気付けてくれた大切な、大切な友人。
「あのね、多分。ノアは私の事なんて好きじゃないと思う」
「え?」
今日の彼女の表情はよく変わる。ここまで百面相を出来たのか、と言うほど。
「きっと、契約や政略と同じ」
「ノアよ?ロザリー大好きオーラを撒き散らしまくった挙句、番犬みたいに周りを牽制しまくってたノアよ?」
「ノアが?」
ロザリーは、分からないという表情を作る。ノアが、自分の事を好きだなんてありえない。ただの幼なじみの延長で、ロザリーを憐れんだから。友愛とか、親愛の類のはずだ。
ロザリーだって信じて見たいとは思う。けれど、違うとなった時に信じていなければ立ち直れる。きっと。
「ロザリーは鈍いわねぇ」
「貴女よりは鈍くないと思うけれど」
目の前の少女はきょとんとする。なにせ彼女は持ち前の明るさと活発さで騎士団の団員からは中々に人気が高い。
ロザリーは何度か彼女との橋渡しを頼まれた事があるが、本人は結婚相手を探すためではなく実家に仕送りをするために働いているので断った経験があるのだ。
「話は変わるけれど、のんびりできるのも今のうちよね」
「そうね、あと何日かすれば王太子一行が到着されるものね」
ロザリーが問いかけると声が自然と小さくなる。機密、というほどでもないがあまり大きな声では言えない話だ。
これから、王太子が訪ねて来るということで今日はその前の最後の休みだった。
「なんで、急に変わってしまわれたのかしら」
何とも言えない表情でロザリーはうなだれる。
「貴族令嬢が誑かした。っていう噂がたっているみたいだけれどね」
エールを一口飲んで言った。ロザリーも、小さく同意を示すように頷く。
「ま、でも会ってみないことには分からないか」
「ノアとの問題よりもそっちが先よね」
「え、やっぱりなにかあったの?」
「さっき話したじゃない政略だって。だからノアに好きな人が出来たら婚約を破棄するように頼まなくちゃ」
まだ、そんな戯れ言を言い続けるロザリーに少女は呆れたような表情を浮かべた。
読んでいただきありがとうございます!
よろしければブックマークや評価をいただけるととても嬉しいです!