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幕間 誰そ彼


「王太子殿下、わたしホーエンツ帝国に行きたいですわ」


 婀娜っぽいはずなのに、少女のような幼さを持った声が響く。ピンクブロンドと言えそうな淡い桃色の髪は緩く波打つ。


 十人と道ですれ違ったら十人全員が振り返りそうな愛らしさを彼女は持っていた。


 左右対象の顔に、大きな瞳。ぷっくりと桃色に色づく唇。羽化しかけの蝶。そう表現できそうな容姿であった。


 大人っぽくするためだろうか。ハーフアップにしてあってなお幼さが抜けない少女は横に座る男にしなだれかかっていた。


「だが、帝国には僕の元婚約者がいるし、愛する君に何かがあったら困る」


 女の頬を、額を、唇を啄むように男は口付ける。女も満更ではなさそうだった。


 うっとり、と女は薄い水色の瞳を細める。


 腐っても王太子。さらりとした金色の髪に、海を写し取ったかのような瞳。見目のいい男に褒められていることに女は酔っているようであった。


「ヴィル様……わたし、勘違いを正したいだけなのです」


 上目遣いで、うるうると目を涙で滲ませながら彼女は言った。それは、打算、だろうか。


「そんな事をしなくてもいいんだ。何せ僕の愛するメイリリーに一方的にひどい事をしている性悪女なんだろう?」


「でも、わたし、誤解をとかなきゃって思って」


「優しいなぁ」


 メイリリー、とヴィルと呼ばれた男。つまり、オルメタ王国の王太子、ヴィルヘルムその人であった。


 文武両道。民草が望む理想の王太子。そう呼ばれた彼はもう居ない。否、いなくなってしまった。


 帝国の皇女エルフリーナとも政略結婚とはいえ、それなりに上手くやっていた。

 何時の時代も恋愛のみで成り立つ結婚は少ない。故に、エルフリーナと仲の良い夫婦になりそうなヴィルヘルムはこの少女に会うまではまともだったと言えるだろう。


 魔術は、王や皇帝の血を繋ぐもの。つまり貴族によく現れた。


 故に、商人から男爵家になった少女がまさか催眠魔術の使い手であるとは誰も思わなかった。


 思ったとしても、圧倒的な魔力量で疑念すらも術で無くさせてしまう。


 ――だって、わたしはこの世界の主人公なのですもの


 王太子の話を真剣に聞くふりをしながら女は思う。少女と言ってもいい年齢のはずなのに、雰囲気は場数を踏んだ女のそれだった。


 王太子が急に変わった理由もこの少女に催眠をかけられたせいだった。


 女は、この世界の人間ではない。否、()()()()()()()()()と言った方がいいだろうか。


 女は思う。自分が読んでいた本の中に生まれ変わることが出来た。それも主人公だとは、と。


 最初は、生まれ変わった時主人公ではあちらの世界で流行っていた『ざまぁ』展開とやらをされるのでは無いかと思っていた。


 が、王太子を籠絡してもそんな気配はない。故に、自分が一番好きだったキャラと結婚出来るのでは無いかと思ってしまった。


 水面下では、王太子を廃太子する動きがあるというのに今の二人は気づきやしない。


 王太子が王太子であるのは、幼い頃からの努力があり、人を導けるから。そして、帝国の才女と称される皇女エルフリーナとの婚約のおかげだと言うのに。


「ヴィル様、愛しているわ」


「僕もだよリリー」


 一切思っていない言葉を告げる。メイリリーにとってこの王太子は足がかりに過ぎない。


 彼女が一番に求めて止まないのは、ノア・ベルガー。帝国の近衛騎士。その人なのだから。


 ――可哀想なノア様、もう少ししたら助けに行きます。


 ヴィルヘルムに愛を告げながらも心の大半はノアが占めていた。


 物語の中でのノアは、皇女つきの女騎士と婚約を結ばされていた。望まない婚約だ、なんて可哀想なのだろうとメイリリーになる前の女は思っていた。

 あんな、脳筋の頭の回らない見た目だけの女なんかと可哀想だとも。


 ――この世界に生まれ変わったのだからノア様を幸せにしなきゃ。そのために王太子を籠絡したのよメイリリー。


 女が思い込んでいるだけであって、ノアは一切物語の中ですらも望まないとは思っていない。むしろ、ノアから望んでいたと、はっきり書かれていた。


 この女が余計な事をしなければきっとノアが苦しむことは無いことを知らない。


 メイリリーは、王太子と恋仲になるために沢山の人間。それこそ、老若男女構わずに催眠魔術を使った。


 維持に大量の魔力が必要なため、ずっと催眠をかけたままにしてあるのはヴィルヘルムのみであるが。


 ――こいつ、わたしの頼みを頷かない。


 舌打ちをしそうになるのを堪えて、より強く催眠をかける。


「そうだな、やはりリリーの方が優れていると帝国のヤツらや、陛下にも分かっていただかねば」


「そうですわ、ヴィル様」


 したり顔で王太子は言う。催眠の域を超えた魔術。意思さえも奪うそれ。効果が発揮したことにニタリ、とメイリリーは笑った。


「では、僕は帝国に行くための手続きをしてくる」


 王太子は立ち上がる。名残惜しそうに見えるようメイリリーは涙を溜めた。


「なに、すぐに戻ってくるよ」


「本当ですか?」


「あぁ、本当さ」


 きっとここに誰かいたら、「飛んだ茶番だ」と言えそうなやり取りをする。


 王太子が去り、一人残された部屋の中メイリリーはほくそ笑む。


 ――やっと会える。やっと、会えますわノア様


 恍惚とした表情であった。


 これから、帝国に嵐が来る。誰も予想できないほど大きな嵐が。

読んでいただきありがとうございます!

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