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21 分かっていないのは


「父様今いいかしら?」


 こんこん、とノックをしてロザリーは問うた。

 ノアが帰った後、ロザリーは自分の父親がいる執務室へと向かった。


「ん? ロザリーか。入っていいぞ」


 きぃ、と音を小さく立てて扉が開けられる。父は、いつも通り書類を片付けていた。ぱらり、と書類をまた一枚と、めくる音がする。


 きっと、机の上にある山のような書類も後一時間ほどしたらなくなってしまいそうな速さであった。


「急にどうしたんだ?」


 書類から視線をロザリーに移して彼は言った。


 ロザリーは、途切れ途切れに告げる。「ノア、に、婚約して欲しいって言われたの」、と。


 父は、なんと言うのだろうか。呆れるか、怒られるか。ロザリーの指先から温度が消えていく。


「あぁ、その事か。やっとノアはお前に言ったんだな。家のかわいいかわいい娘をやるつもりなどさらさら無かったんだが。ロザリーはどうしたい?」


 ――受けるか、受けないか。


 ロザリーと同じ色をした瞳がロザリーを射抜く。それは、責めるような目線では無い。


 ――慈愛。


 だろうか。なんで、と声にならない声をロザリーは上げる。


「あの坊主がいいと、ロザリーが言うのならあちらと話をつけるぞ。まぁ、明日辺りにでも言質は取ったとばかりに正式な話が持ってこられるんだろうが」


「いいのですか?」


 ロザリーは思わず敬語になる。ガチガチになった彼女に侯爵は困ったように笑った。髭の生えていない顎をゆっくりとなぞる。


「ダメな理由が無いじゃないか。お前の兄が家を継ぐから跡継ぎには困っていないし、他の家と政略結婚をさせるほど困っていない。」


 結婚しないと言われても受け入れるつもりでいたんだ。と、少し困ったように笑った。


「なら、婚約の話を受けさせてください」


「分かった。お前が、嫁に……。いつか嫁いでしまうのでは無いかと思ってはいたがこんなにも早かったとは」


「早いどころか、もう二十歳ですので嫁き遅れと言われてもおかしくない歳で」


「そうだったか、いや子供の成長は早い。こんな小さな赤ん坊だったのに」


 親指と人差し指指で大きさを示す。さすがにその大きさは無いだろうと、ロザリーはつられて笑ってしまった。

 

 侯爵は冗談混じりに言うが、何処かその口調には寂しさが滲んでいる。


「明日から、また皇女殿下の護衛だろう?体調は大丈夫かい」


 父は言う。


「父様にノアとの件を話すことができたからもう寝るわ」


「明日も頑張るんだぞロザリー」


 父の優しさに、ロザリーの心がじんわりと熱を持った。『もしも』があったとしても家族に愛されているのならきっと離れられる。


 ロザリーは父に「ありがとう」と言う。そして、背を向けて扉を開けた。


「おやすみロザリー」


 優しい声がロザリーにかけられた。


「おやすみなさい父様」


 ロザリーが退出すると、執事がうやうしく執務室に入ってきた。親子水入らずの会話が終わるのを待っていたらしい。


 だが、やはり外に少し漏れ聞こえていたようで。


「ロザリンデお嬢様ももうそんなお年ですか」


「本人からすれば嫁き遅れらしいがな。全く子供の成長は早いもんだ」


 カリカリ、とペンを走らせる音が響く。


「ノアならば、ロザリンデを幸せにしてくれるだろうな。何せ、出会った数年後に婚約させて欲しい。と、言い放ってここまで持って来たからな」


「えぇ、そうですな。ロザリンデ様を本当に愛されておられる」


 休憩用のコーヒーをお持ちしましょうか? などと、会話が続く。夜も更けていく。


 そう、ロザリーは愛されているのだ。ただ、ロザリンデという人物は、勘違いをしていた。


 自分に縁談が来ないのは魅力が無いから。女だてらに騎士になったから。可愛げが無いから。と思っていたが、本当は何処ぞの幼なじみの騎士が睨みを、牽制をかけていたからであった。


 気付いていないのはロザリーだけである。


 美しく、気高い白薔薇とも称される彼女。ただ一人だけが勘違いをしていた。


 凛と、立ち白銀の輝くような髪はいつも高く結い上げられている。一瞬たりとも隙が無いと思えば、皇女殿下の前でふわりと年相応か少女のような表情で笑う。


 ノアがいなければ、縁談の嵐だっただろう。


 故に、誰もロザリーの内心には気づかない。


 彼女がノアに女性として愛されていないと思っていることを。


 誰も知らなかった。

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