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20 やっと手に入れた


 暇だ。兄様の部屋から本でも持ってこようか。


 白を中心とし、年頃の娘にしてはあまりにも飾り気の少ない部屋の中ロザリーは一人思考に耽る。


 椅子に座り、ふらふらと所在無さげに足が揺れる。テーブルに片肘をつき、あごを載せて窓の外をぼうっと眺めた。


 いつもの、高く結い上げられた髪型ではなく、ゆったりと三つ編みにされた髪の毛をもう一方の手で彼女は弄んでいた。


 誘拐犯にかどわされ、麻袋に入れられてかなり怖い思いをしたはずだった。が、ロザリーに精神的なダメージは殆ど無かったと言ってもいい。


 彼女は腐っても皇女の護衛騎士。修羅場は幾つか通ってきている。


 ロザリーは自室の椅子に座りながら考える。あの夜、泣いてしまったのは安心したからだった。


 助けて欲しいと願った黒髪の彼がロザリンデを真っ先に迎えにきて名前を呼んでくれた事実に。


 ただの幼なじみだから。ありえない。


 顔に熱が集まる。思考を散らそうと必死に頭を横に振った。


 ロザリーが、その気持ちに気づいてしまったら今までと同じ関係でいられなくなる。憎まれ口を叩きあう。ぶっきらぼうで朴念仁。そんなノアとの心地よい気の置けない関係。


 でも、それでいいんじゃないの。ともう一人の自分が囁きかける。


  ロザリーは物事をあまり深く考えることが得意では無い。駆け引きは、苦手であったから『脳筋』などと言われることも多かった。


 だけれど、想いを、恋心を認めてしまったら。


「ロザリンデ様」


 ぐしゃぐしゃに頭の中がなった時、外から名前を呼ばれる。


「何かしら?」


「客人が来ておりますのでお通ししてもよろしいでしょうか?」


「うん、大丈夫」


 少し身だしなみを確認する。皇女様が来たら大騒ぎになるだろうし誰が来てくれたのだろうか?

 

 ロザリーが休んでいる理由を知る人は少ないが、病気を心配して来てくれたのかもしれない。


 ガチャ、と音を立てて扉が開く。


 そこには、ノアがいた。


「へ?」


「なんだ、俺が見舞いに来て不服だったか?」


 いつもの騎士服を着た彼がロザリーの部屋に入る。


「さ、流石に二人っきりは不味いんじゃ……」


 チラリ、と父つきの侍従に視線を送るものの生暖かい目で見られただけだった。

 

 それも、副声音で「ごゆっくり」と聴こえるような表情であった。


 部屋に、ノアとロザリーだけが残される。なんとも言えない沈黙が二人の間に漂う。


「大丈夫なのか?」


「体調ならむしろ元気よ」


「精神的なものは」


「全然平気。監視の目が無くなったらどうとでも出来たでしょうし」


 ふい、と目を逸らす。ノアの金色と目が合うと顔に熱が集まるような気がしてならない。


「俺は、心配だった」


「え?」


 ぽつり、ノアは言う。


「ロザリーがあんな目にあって傷ついてやしないかと思ったんだ」


 だんだんと声が小さくなっていく。


「それに、しばらく休んでいると聞いた」


「あー、それは」


 少し口ごもる。話さなければいけないのだろうけれどあまり身内の恥を晒したくない。


「っ!?何か奴らにされたのか」


 ロザリーがどもると、オオカミ見たいな金色の目がかっ、と見開かれ、肩を強く掴まれる。


 こうなったら説明するしかないだろう。と、ロザリーは意を決した。


「兄様が、止めるから行けなかったの!」


 え、と言う驚いた声の後「なるほど」と納得の声を上げられる。


「だから、一週間近く来れなかったのか」


「そうよ、色々検査とかあったのだけれど二日お休みを頂いて、次の日行こうとしたのだけれど止められたのよ」


 ロザリーは、誰とは言わなかった。誰とは。


 だが、不祥の兄である。ノアもそれを聞いて矛を収めた。


「キミのお兄さんなら仕方がないな。さっきも、『妹の元へは行かせん!』みたいな事を言っていたから」


「兄様、何やってるのよ……」


 ロザリーは頭を抱えた。父親も、母親も"アレ"は上手く扱えないのだ。ロザリーが関わると困った人になる。普段は優秀でまともな人だというのに。


「話は変わるけど、来てくれてありがとう。侍女に言ってお茶を」


 ロザリーが言いかけてノアに背を向けた時。ロザリーはぎゅうと、後ろからノアに抱きしめられた。


「え?」


 あまりの衝撃にロザリーは驚く。ノアが来るまでに考えていた事がぐるぐると頭の中を回り出した。


「俺は、ロザリーが好きだ」


「えぇ、そう、な、の?」


「そうだ、だから婚約者になってくれないか?」


 ロザリーは、ノアが恋愛的な意味で好きで、ノアも同じ気持ちならいいんじゃないか。


 でも、ズキリと心臓の辺りが痛む。これは彼の本当の気持ちなのか、と。


 ただ、責任を取ろうとしているだけ。そんな考えが鎌首をもたげる。ロザリーが攫われたのは一部の人間のみの秘密となっているが、どこから漏れるかも分からない。


 ノアはロザリーと幼い頃から一緒にいる。だから、親愛をきっと勘違いしているのだろう。


 ここで、頷いてしまえたらきっとノアと一緒にいられる。とロザリーは考えた。皇女もロザリーとノアが婚約するのを待っている。


 待っているというよりかは、応援してくれている。ロザリーは自分の持つ想いに全く気付いていなかったけれど。


 ロザリーは、意を決する。


「はい」


「それは、肯定ということでいいんだな?」


「うん」


 ロザリーの腹に回された手が締め付けてくる。


 ノアがロザリーを愛していないと知ったと自覚したとしてもそれでいい。その時は手を離そう。


 ロザリーは、そう決意した。ノアがずっと前からロザリーを女性として、異性として、愛していることを知らないまま。


 ノアがロザリー以外を愛することも無いことすら知らないまま。

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