18 暗い闇夜の中で
ノア視点の話です
※グロい描写があるので注意です※
いない、とノアが気づいた時からの行動は早かった。まず、皇女の部屋へと向かう。
部屋の出入口の護衛に聞くと、「少し前に出ていった」と言っていた。
だが、ロザリーとはすれ違っていない。
まさか、とノアの中で最悪の考えが浮かぶ。当たらないでくれよ、と思いながらノアは走った。
走ることによって起こる胸の痛みでは無い、漠然とした不安からの痛みが胸を突く。
これまで繰り返した中で起こらなかったイレギュラーだとノアは思う。
エルフリーナが、攫われかけるというのは何回かあった。だが、ロザリーが狙われるのは初めてだ。
ノアは、息を切らしながらも門までの長い道を走る。冷たい夜風が心地よい。
武官――騎士という身分で良かったと心から思う。書記などの文官であればここまでの無茶が効かなかっただろうから。
暗闇に呑まれ走る。黒髪に、黒い服。そして、金色の瞳。必死の形相も相まって、一頭の獣のようであった。
正門には二人、見張りがいた。
「そんなに急がれてどうかなさいました?」
片方の男がノアに聴く。
「っは、身分の分からない馬車は通らなかったか?」
酸素が足りない。息を吸う。喉がひりつく。
「通ったか?」
「身分が分からないってわけでは無かったよな?」
ノアの少し上で会話が繰り広げられる。
「怪しい、馬車でもいいんだ。もしかしたら緊急事態かもしれない」
「あぁ、それなら一台通って行きましたよ」
「ん、もしかしてあれか?『お嬢様の気分が優れないから』ってやつか?」
ノアは暴れる心臓を押さえつける。まだ、やらなければいけない事があるから。
「どこに行った?」
「え、と確か少し進んで右手に向かったような」
だよな、と門番は二人確認し合う。
「怪しかったよな。侍従や侍女も連れずに御者が言ってるんだからな。普通、貴族の、え?」
これだ、とノアは確信する。
「借りるぞ」
近くに繋いであった馬にまたがる。
「ちよっ」
「すまない、急ぎなんだ。」
ついでに、とノアはひとつ言付けを門番に頼み暗闇の中駆け出した。
まだ、そこまで遠くまで行っていない。馬車ならば行ける場所は限られているだろうと信じて。
時は戻って、馬車の前、目の前の男たちはあからさまに怪しい動きをした。
こんな時間に、真っ暗な倉庫しかない場所を目指すのはおかしいのだ。真っ直ぐに行けば城下。左に曲がれば貴族街。そして。
右ならば倉庫しかない場所だ。
「に、兄さんはどうしたんだい?ロザリンデなんて女は知らないぜ」
裕福とは決して言えない格好をした男二人。その片割れが下卑た笑みを浮かべながらノアに問うた。
「じゃあその、麻袋の中身はなんだ?」
ノアが顎をしゃくり男に聞く。
「これかい、これはただの荷物だぜ」
荷物、男が告げたにも関わらずそれは、もがくように動いた。
「荷物、なら動くわけが無いよな」
「そ、それはだな」
男が目に見えて慌てる。
「お前らは知らないらしいが、ここに貴族の紋が着いた馬車がいる訳がない」
男から笑いが消える。麻の袋を持っていない方が、ナイフを抜いてノアに襲いかかってきた。
「ぐあっっ、あぐっ」
腕を掴み、引き寄せた勢いのまま腹に拳を入れる。男は痛みでうずくまった。腰から剣を引き抜く。月明かりのなか獣の金色が浮かび上がる。
「ひっ、ひぃっ」
「肩に抱えたものを下ろせ」
「い、嫌だ」
「なら斬る」
刃が月の光で煌めく。
「ひっ、ひぃぃ。わ、分かった。お、下ろすから」
どさり、と音を立てて麻袋が落ちる。いきなりの落下に驚いたらしいモゾモゾとそれは動く。
「っ、ロザリー!」
剣を鞘に収め、ノアは駆け寄る。
「後ろがするだ、ぜ?」
隠してたらしい小振りの剣で男が後ろから遅いかかろうとした。
一閃。
光が瞬いた。ノアの剣が横薙ぎに振るわれた。
男の腹のあたりから血が吹き出す。真っ二つ、とはいかなくともくぱり、と内蔵が覗く。
「え、あ、あ"あ"ぁ!?い、痛ええぇ、あ、あがっ」
肉塊が転がった。肉塊の握る剣を手の届かないところまで蹴飛ばした。
「ロザリー、ロザリーっ」
麻袋の口を開けると、口に布を巻かれ手足を縛られて動けないようにされたロザリーがいた。
ノアは安心でほっと、ため息をついた。
ノアがロザリーの拘束を解く間にロザリーの目に涙が溜まる。
「うっ、ぐ、」
唇を噛み締めてロザリーが涙を堪える。泣きそうな姿を見てノアはぎゅう、と強くロザリーを抱きしめた。
「遅くなって、すまない」
ロザリーは首を横に振る。
「俺が、もっと早く気づけていたらこんなに怖い思いをさせずに済んだのに」
「違う、ノアの、せいじゃない。私が、弱かったから」
途切れ途切れにロザリーが言う。
「ノアが、来てくれたのが分かった時、すごく安心、したの」
ノアの肩口に強く顔を押し付けられる。
「だから、ありがとう」
ロザリーは涙が混じったような声で言った。
どれくらい経ったのかも分からない程ロザリーとノアは抱きしめあっていた。
ノアは、馬の蹄の音を聞いた。
「ロザリー、来たみたいだ」
短く告げると、弱々しく彼女は頷く。羽織っていた外套を頭からすっぽりとかけてやった。
「ノア、お手柄だ」
聞きなれた声低くゆったりした声が静かな夜の中響いた。
「いえ、できることをしたまでです」
ノアはロザリーを庇うようにして騎士団長の前に立った。
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