16 弱い部分
オルソンからは、会談での謝罪以上の言葉が投げかけられた。
急に王子が変わってしまったと、叔父ながら止められないのを申し訳ないと思う。
等のことを告げられる。
エルフリーナは、作り笑いを浮かべながらも気の毒そうに聞いていた。
「彼、は、今どんな様子なのでしょうか」
痛ましげにエルフリーナが尋ねる。
「謹慎中だ、としか言えないですね」
「そう、ですか」
ロザリーは、思わず剣の柄を握る力が強くなる。なんともない、と笑っていたエルフリーナはここにいない。
一国の皇女として、感情を抑えていたのだ。けれど、オルソンにはどこか、かの王子に似ていた。
故に、エルフリーナは、ロザリーが仕える皇女は心を殺す。
「すみません。皇太子殿下にもご挨拶に行ってまいります」
「えぇ、こちらこそ引き留めてしまってごめんなさい。お忙しいのに」
「皇女殿下とお話できる時間ができただけで光栄です」
オルソンは、そう言い残し皇太子の元へと向かった。既に挨拶は済ませていたはずだと言うのに。
彼なりの気遣いだろう。ロザリーは、剣の柄を手が真っ白になるまで握りしめてしまっていたようだった。
感覚のない手を皇女の見えない位置で感覚が戻るよう握ったり開いたりを繰り返した。
「ロザリー、わたくし少し気分が悪くて」
「お部屋に下がりますか?」
「そうするわ」
声に張りは無い。
その後、ロザリーとエルフリーナは目立たぬようにこっそりと会場を後にした。
「ロザリー」
「はい」
「わたくしが、もう少し王太子と交流を持っていればこんな事にはならなかったのかしら」
「……それは、」
ロザリーは言葉に詰まる。
「正直にお願い」
「同じだったかと、私は思います。皇女殿下は、エルフリーナ様は彼に歩み寄ろうとしました」
「ロザリーはそう思うのね」
エルフリーナの声が震える。嗚咽を漏らさぬよう、声がなるべく震えないようにしているのがロザリーには理解出来た。
だが、気付かぬ振りをする。
「エルフリーナ様は王太子殿下に十二分に歩み寄ろうとしていましたから。彼が分かって居なくとも私は知っていました。きっと皇太子殿下も、陛下も」
エルフリーナの部屋の前に着く。ドアを開けると「入らないの?」とエルフリーナがロザリーに聞いた。
「殿下の頼みとあらば」
エルフリーナの部屋に入る。
「エルフリーナ様」
ロザリーがエルフリーナを呼ぶ。すると、エルフリーナはロザリーに抱きついた。
普段ならば決して有り得ない行為。気高い皇女、優しき女神のような彼女に似つかわない行動。
「わたくし、かれと、一緒に、なるのだと、思っていたの」
しゃくりを上げながらロザリーにすがりつく。
「私も、おふたりはいい夫婦になるのだと思っていました」
「愛が、なくったって、これから、つくれると、はぐくめると」
宝石のような瞳から大粒の涙が溢れた。ロザリーはただ、普段より小さく見える背中に手を回し緩く抱きしめた。
「あの、話が来た時も、プレゼントの、時も、現実だと思え、なかったの」
言葉がほろほろ落ちていく。
「オルソン様に会って、本当に起きたんだって分かったら、何もかも、分からなくなって、しまって」
ロザリーは何も言わない。心にあるのは王太子への怒りだけだった。
「弱い主でごめんなさい、ごめん、なさい」
「エルフリーナ様は、お強いです。だから、自らの御身を責めないでください」
彼女の金糸のような髪を撫でて言う。ここまで彼女は耐えてきたのだ。
耐えて、耐えて、最も近しい存在であろうロザリーにだけ弱音を吐いてくれた。
それだけで、いい。
ロザリーがエルフリーナの盾に、剣にだって何にだってなろう。
彼女が傷つかないならばそれでいいのだ。
もし、この身が朽ち果てようともエルフリーナを守ろう、と心に刻む。
それからしばらくたった頃だろうか。エルフリーナが泣き止んだようで、恥ずかしげに「ロザリー」と、名を呼ばれる。
「はい、ロザリーはここにいますよ」
「もう大丈夫、あとは一人でなんとかできるわ。ありがとう」
「私のこの身エルフリーナ様のためにありますので」
「ふふっ、本当にありがとう」
「では、侍女を呼んで参りますね」
「お願いね」
平気そうに取り繕おうとするエルフリーナの目元は赤い。
部屋の外で待機しているであろう侍女をロザリーは呼ぶ。彼女は二人の様子をみて全てを察してくれた。
そして、口をつぐむ、つまり何も見ていないということにしてくれた。
エルフリーナは年にそぐわぬほど凛とした、まるで聖女のような皇女である。
それは変わらない。ロザリーにすがりついて泣いていた少女はいないのだ。
エルフリーナを侍女に任せる。ロザリーは、会場へ戻るべく足早に歩く。
城の中は一般的な建物に比べてロウソクなどの照明器具が多いとはいえ、夜は昼間のように明るくは無い。
故に、とも言えるだろうか。
ロザリーは物陰から彼女に手を伸ばす存在に気づかなかった。
「んぐっ」
黒いマントを羽織ったソレは、ロザリーに後ろから抱きつくように襲いかかる。
抵抗をしようと試みるものの、ゆっくりと意識が落ちていった。
「この薬、よく効くな」
「だろう、特製品らしいぜ」
ロザリーが意識を失ったあと、二人の男の声だけが響いていた。