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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

今はもうない

作者: 唐瓜直

   *   *   *


 化け物が出る山があるという。

 麓の村で話を聞けば、守人の一族が住んでいる庵のことを教えられるだろう。時期を選べばそこまでの道のりもそう険しいものではない。

 その山に本当に化け物がいるのかは、実のところは誰にもわからない。

 ただ、風に乗って、呻き声のようなものが辺り一面に響くことがあったという。

 そしてその出所を探りに行ったものは、誰一人として戻ってこなかった。


   *   *   *


「いやそれでな、この山にいるという化け物について、あんたなら詳しいって事じゃ無いか」

 山に住む守人の一族。その末裔の前に野武士と破戒僧が現れたのは、冬を抜け、山の恵みが芽吹いてきた頃のことだった。

「やあ、それにしてもこの冬はひどかった」庵の近くの切り株に腰掛け、野武士が言った。小袖に袴姿で、腰には刀を帯びている。刀は飾り気のないものだった。滑り止めのためだろうか、刀の持ち手部分に革や布を幾重にも巻き付けていた。

「雪が多すぎて、俺も坊さんも世話になった村で内職に励むしか無かった。なんとなくわかるかもしれんが、細かい仕事は苦手でな。ちまちまと指先で何かを作るよりも、体を動かしてる方がよかったんだが、ああも雪深くてはな」

 暖かい季節と違って田畑の手助けはできず、河川整備などの土木作業の人足募集も無かった。金を払って逗留しつつ、細々とした手伝いをして春を待ったのだと野武士は言う。

「一度暖かくなった時に、冬が明けたと勘違いした熊が出てくれたおかげで助かった。肉も毛皮も肝も村が買ってくれていい値段になってな。でな、そこで聞いたんだ。何でもこの辺りには化け物が出るというじゃないか」

 野武士は「俺と――」と錫杖を手に山伏のような格好をした男のほうを顎で一度示すと続けた。「この坊さんはな、各地の化け物を殺して回っている」

「はあ」と守人の男が気のない相づちを打った。

「何でそんなことをって顔だな。そりゃおめえさん、憎いからだよ。俺の妹を殺した化け物どもが。許せないからだよ。のうのうと人に害をなすあいつらの存在が」

 野武士は言う。「だけどな」にい、と口をゆがめ、ギラギラとした目を細め「何より楽しいからだよ」と。

「俺は飽きてしまったんだ。人を斬り殺すことには。人間との殺し合いには恐れが無い。四肢の動かし方、体幹の在り方、そういったものが常識を越えてくることはめったに無いからな。何人か名を馳せた爺さん達とやり合ったが、いつかは殺せる。寝首を掻いたっていいんだ。正々堂々くそ食らえ。卑怯上等何でもあり。だがな、化け物はそうもいかん。まあ、化け物と言っても無害な者もいるからな。そういうものなら簡単に斬り殺せるかもしれん。だが、思ってもいない手管にひどく手こずってこちらが死ぬかもしれん」野武士は顎をさする。「それがいい」ざり、と撫でられた無精ひげが音を立てた。「この坊さんも同じだ。坊主って言っても化け物の味を覚えた破戒僧だけどな」

 破戒僧はわずかに顔を動かすだけで、言葉を発することは無かったが得体の知れない気配を漂わせていることが八郎にもわかった。

「俺は斬り殺したい、坊さんは調伏して食い散らかしたい。利害の一致で各地を回ってるわけだ」

 まあ、と言って野武士は目を細めた。

「化け物って言われてるだけの普通の人間もいたけどな」

 そういった連中とは特にやり合わなかったという。山賊、落ち人、正気じゃないもの、異国からの漂流者、自然に返ったもの、それらは所詮人間だから。つまりは、恐れが無い。

「この山もひょっとしたら単に人間が住み着いてるだけかもしれん。そこでだ、守人の。あんたの名前は?」

 ひょろりとした守人の男は「八郎」と言った。人生が末広がりになるようにと、長子である彼に与えられた名前だった。

「八郎さんよ、この山にいるという化け物について、あんた本当に詳しいか?」

「詳しくは無いし、見たことも無い」と八郎は首を横に振った。

 野武士は落胆を隠さない。破戒僧の方は相変わらず、目をつむったままだった。

「だが、いるらしい場所のことは知っている」

「本当か」と初めて破戒僧が口を開いた。毛深い熊のような見た目に反して、その声は人を虜にする響きをしていた。

「両親から近寄ってはならない、近づけてはならないと教えられた場所だ」

 八郎は山の上の方へと視線を向けた。無意識のうちに。それを見た野武士が口をゆがませ、に、と笑う。

「禁足地か。いいな。なあ、俺たちが迷わない程度の、少し離れた場所でまででいい。案内しちゃくれねえか?」

 野武士は懐をまさぐると、麻の袋を取り出した。それを無造作に八郎に放り投げた。

「砂金と翡翠がはいってる。単純な銭よりこういうものの方が、あんたみたいな生活をしてる人間にとっては都合がいいだろう? よければこれで」

 八郎は袋の中身を確認すると喜ぶでも無く、面倒くさがるでも無く、ただ一度うなずいた。「明日にでも」とまだ磨かれていない翡翠を一粒つまみとると、残りを野武士に放って返した。

「お?」と袋を受け取った野武士は不思議そうな顔をした。お手玉のように、片手で袋をもてあそぶ。

「もらいすぎはよくない。これで十分だ」八郎がそう口にすると、野武士は「まあ、こっちは助かるが、欲が無いねえ」と笑った。


   *   *   *


 八郎は二人を泊め、夜が明けた。

 山菜ばかりではあるが二人が出してきた米に混ぜて粥を作る。彼自身は「この時間には喰わないことにしている」と言って口をつけることは無かった。二人がそれを掻き込んでいる間に、八郎は鍋を洗って、空焚きをして山菜の匂いを消した。

 三人はまだ日が昇りきらないうちに庵を発った。八郎が先導し、獣道を進んでいく。

 八郎が野武士の頼み事を引き受けたのには、深い理由が無い。人を近づけてはいけぬ、と言う場所に人を連れて行く。守人の在り方としてはよろしくないことだ。それは彼にも自覚できていた。だが、同時に言いつけを守り続けることに意味を見いだせなくなっていたのも確かだ。

 山を守り管理してきた両親は幾年か前に死んだ。病にかかって。麓に助けを求めに行くことも考えたが、普段、ちゃんとした交流があるわけでも無い。病が進むと両親は穏やかに眠ることが増え、ある日を境に目を覚ますことは無かった。

 教えに従って、死体は庵から少し離れた場所にある川に流した。下流に流れていったかどうかはわからない。途中で鳥獣に食い荒らされたか、それとも見たことの無い化け物の腹に収まったか。

 残されたのは八郎自身と、何のために守っているのかわからない山野だけだった。

 暮らして行くには不便は無い。豊富な水、自分の暮らしを支えて行くには十分な畑、季節ごとにとれる動植物といった自然の恵み。税の取り立ても村に所属していない八郎には関係が無かった。そもそも役人達に存在を知られているかも怪しいものだった。

 近隣の村人は、適度に獣を間引いてくれる八郎のことを頼りにしていたし、困ったときは山の恵みを融通して欲しいと訪れることもある。ほとんど交流が無くとも助け合える隣人として、上手くやっていた。

 もっと交流があれば、八郎は守人の役目を捨てる方に振り切れていたかもしれない。だが、そうはならなかった。両親と死別して一人になったいま、代々守ってきた山野を何らかの形で見届けるのが己の人生だと八郎は決めていた。それは諦めにも似ていた。

 踏み入ってはならないという場所、そこに人を案内するのも、今の境遇があるからかもしれない。何のために、何を守ればいいのか。今の八郎にはわからなかった。禁を破ることにも、なんとも思わない。

 この生活を続けていても、己が子を持つことは無いだろう。両親の出会いも、おそらくはどちらかが、どこかから逃げてきたことによるものだ。自分に同じような出会いがあるとは思っていなかった。

「ここをまっすぐだ」

 禁足地として引き継いだ場所の近くになると八郎は言った。

 一人の暮らしになってからしばらく経ったこともあり、人と話すことは久しぶりだった。だが、八郎の発声に変わったところはなかった。日頃から山で獣を追うために声を出すことも多いからだろう。それは人の言葉としては意味を成さない勢子特有の獣声ではあったが、喉をさび付かせない効果はあった。

「やあ、助かった。お前さんがいなけりゃ道に迷っただろうし、何より歩きづらくていけない。まさか川を越えたりするとは思わなかった」

 終わったら庵に顔を見せる。そう言って野武士は前に進んだ。破戒僧も軽く頭を下げると、野武士のすぐ後ろをついて行く。

 果たしてどうなるだろうか。彼らが無事に戻ってくることは無いだろう。八郎はそう思ったが口に出すことは無く、進んでいく二人の背中を少し見送って、庵へと引き返していく。

 彼らは知らない。庵からここまで、普段であれば使わないような道を用いたことを。本当にこの先になにかが住んでいるとして、それがどんな相手なのか八郎も知らないのだ。用心するに越したことはない。ここまで案内するのはいいが、庵に化け物を連れて帰るつもりはなかった。

 途中、八郎は足を止める。駄賃としてもらった翡翠を懐から取り出した。近くに生えていた藪肉桂の葉を軽くこすりつけた後、力を込めて斜面の下へと放り投げた。ち、と葉擦れの音を立てると、小さな翡翠は見えなくなった。

 すこし進むと自分の体にも近くの葉をいくつかもんでこすりつける。匂いをごまかしながら藪を進んだ。途中でわざと来た道をそれて枝を折り、葉をちぎり、土を蹴り上げながら。

 渡らなくてもいい川を渡る。まだ水は冷たい。もう少しぬるくなれば魚の影も増えるだろうか。岸に上がると持ってきた自作の香に火をともす。煙の色は薄い。だが、周囲に十分な匂いが満ちた。それでも念のため、再び川に入ると流れの中を歩き始めた。八郎は少し進んでから再び上陸するつもりだ。

 人ならざるものが、二人の匂いを追って己の元へとやってこないように。

 用心するに越したことは無い。山の匂いを身にまとい、ごまかすような香りをばらまき、八郎は庵へ戻る。



 八郎と別れた野武士と破戒僧はしばらく進むと、周囲の様子が変わってきたことに気がついた。顔の周りをまとわりつくように飛んでいた小さな羽虫がいつの間にか姿を消していたし、道中うっすらと感じられた鳥獣の気配も失せていた。

「こいつは当たりかもな」野武士が小さく口にすると、破戒僧は頷いて答える。当たり、とはつまり化け物ということだ。山野に隠れ住み、獣性を増した人では無い。

 野武士が腰に下げた刀を鞘から抜いた。もともとは死体から拝借した名刀とは言えぬなまくらだった。彼がその刀で初めて切り伏せた、否、殴り殺したのは道ばたで足下を見てきた商売人だった。

 商売人の男はにやけた表情で、野武士がかき集めた山の幸を足下を見て買いたたこうとしてきた。野武士が定住している村民であれば、今後の付き合いも考えて黙って受け入れたかもしれない。だが、彼はそのときにはある信念に従って各地を回っている流浪の人だった。

 ついでに不運だったのは、野武士がこの刀も山中で拾っていたことだった。普段であれば杖代わりの木の枝だったそれが、切れ味が悪いとはいえ頑丈な刀に変わっていた。

 安い値付け。それを聞いて平然と刀を振りかぶった野武士を見ても、商売人は何の反応を見せなかった。刀はあまりにも自然な動きで、振り上げられ、そして斜めに振り落とされた。

 側頭部を一撃。それで商売人の意識が飛んだ。皮膚は擦れて引きちぎれたといった具合で、刀による傷とは言いがたい。

 そのときの野武士には、切れ味などどうでもよかった。足下を見られた。周囲には幸い誰もいない。だから殺した。それだけだった。

 そうして始まった刀との付き合いだ。なまくらだった。今ではどうだ。人も化け物も違わず切り伏せ続けたせいか、不思議な切れ味と光沢を持つに至っている。血や脂にまみれても何もしなくていい。

「斬れるやつだといいんだが」

 なあ、と視線を向けられた破戒僧は何も答えず、代わりに錫杖を地面に突き刺すと、自由になった手で数珠を巻き直した。数珠はいびつな翡翠や水晶が連なる手作りのものだ。その昔、旅を共にした師匠に渡されたものは、酒や女といったものを楽しむと決めたときに売り払ってしまった。

 再び修行の道に戻ったのは、ある夜、迎えた絶頂の瞬間に、光を見たからだ。恍惚。組み敷いていた馴染みの商売女は利発だったが、事が終わった後には廃人のようになってしまっていた。

 おそらく、同じものを見たのだ。

 全く同じとは限らない。ただ、超自然的な存在を目の当たりにした。光の向こうに見えた姿形は女のようにも思えたが、確証は無い。

 あれが御仏の、あるいはその眷属の顕現された姿だとしたら。

 もう一度だけでいい、一目みたい。そうすれば自分の求める道先がわかるような気がした。だが、今までの様な型にはまった修行では駄目だ。道を外して初めてその姿の片鱗に触れることができたのだ。自然の中で己を律していたときにはなにもなかったというのに。

 破戒僧が流れに流れて、行き着いたのが傍らに立つ野武士と化け物を調伏してまわることだった。化け物の血肉を食らうと、頭に酔いが回ったように高揚した。そして霧の向こうに光が見えた。霧は薄れていく。化け物を食らうごとに。

 去年は外れだったが、今年は春先から調子がいい。当たりに出会えて気持ちは高ぶっていたが、頭の中で心経を唱えれば、すっ、と冴えてくるものがあった。

「行くか」と野武士が歩き出し、破戒僧はそれに続いた。

 二人の視界の先、鬱蒼としていた山道の中で光があふれている。現れたのは綺麗に円形に開拓された花畑だった。冬の間、雪の下でずっと耐え忍んでいたであろう小さな花が一面に咲いている。

 ひどく甘い匂いがした。ねっとりとした匂いだ。それは鼻から口の中に降りてきて、どうしてか蜜の味が口いっぱいに広がった。

 異様だ、と感じた野武士が当たりを見渡したそのときだ。声がしたのは。


 ――お前が恐れるものは何だ?


「ああ、なんだ、こういう搦め手か」奇妙な事に対面しているというのに、野武士の声は落ち着いていた。いくばくかの落胆も含んだ声色だった。

 いつの間に現れたのか、それは黒いもやのような存在が花畑の中心に存在している。野武士は肩をすくめた。こういう相手は切れないのだ。このままの形なら隣にいる破戒僧に任せることになるだろう。

 こういう問いかけには答えるほか無い。沈黙は回答にならず、かえって得体の知れない変化を呼び込み、相手を調子づかせることにつながる。だから、こういうときの相場は決まっていた。

「はいはい、俺はまんじゅうが怖いね。」

「拙僧は熱い茶が」

 それは大陸から伝わった対応方法だ。笑話として、こうすればいいと広まっている。


 ――否


「あ?」と野武士が声を上げた。


 ――其れは汝が恐れるものにあらず


 面倒くさい。野武士はそう思った。単純に切れる相手だったらよかったのにと。さて、どうしてくれようか、そう思案して、驚いた。

「お、俺が」野武士の口が、彼の意思に反して勝手に声を上げていた。

 震えながら。

 混乱する彼自身をよそに、口は止まらない。

「俺が恐れてるのは、あの日に見た化け物だ」

 それは野武士も意識していなかった、己の中に眠る恐怖心だった。

 妹がどこからか現れた化け物に組み敷かれたあの日、幼い野武士は何もできなかった。その手に力は無く、刀も無かった。

 視界の先で地べたを這った妹が助けを求めて手を伸ばしているのがわかった。その下半身はすでに飲み込まれているのか、せめてもの抵抗で左手は土を掻き、右手は助けを求めた。

 野武士は逃げた。妹を見捨てて。

 背後で化け物が笑ったのがわかった。違う。笑われた。

 記憶と寸分違わない、妹を喰い、己を嘲笑した姿。それが十数年の時を経ていま目の前にあった。頭の中では次あったら斬り殺してやると、そう意気込んでいたはずだった。

 だが、現実はどうだ。野武士は半笑いを浮かべ、刀を取り落とし、動くことができずにいた。

「ああ、そうだよ」諦めをはらんだつぶやきは途中で途切れた。

 がば、と大きく広げられた顎で一口に喰われたからだ。転んだ妹は足から。立ちつくした兄は頭から。ぺろり。

 俺はお前が恐ろしい。そんな言葉が、悲鳴が、化け物の口の中で響いたかは定かでは無い。

 そんな野武士の様子を眺めていた破戒僧の口から「御仏」と言葉がこぼれた。修行の果て、ついにはっきりとした見ることも感じることも叶わなかった存在だ。とはいえ戒律を破っても、罰することは無いだろう。

 存在が恐ろしいのでは無い。あの日感じた恍惚。幾つもの悪人を、化け物を、抱いた女を殺してもまだ再会できていないあの感覚。

 それが目標であり、同時に怖くもあった。

 破戒僧の信じたものは心経を唱え、教えを広めるものにはどこか寛容だ。一度悪道に落ちようとも、すくい上げることさえある。人という矮小な存在がただ一度の生で教えを理解しきれるわけが無いと、わかっているのかもしれない。

 本来であれば、そういう存在を信じている。そのはずだった。

 今の己が恐れている信仰の対象は、本当に他人が信仰する仏と同一のものなのか、破戒僧自身にもわからなかった。超次元的なものに仏と同じ名前を与えて、祈っているに過ぎないのではないか。

 次の瞬間、破戒僧の視界に光が満ちた。同時に、何者かの影が見える。後光が差すその姿を見て、まず目が焼けた。次いで見てはいけない存在を処理したことで脳が。最後に光に熱せられて、肉体が炭になって崩れて落ちた。

 ああ、あの日、あの馴染みの商売女もまぐわいの中でこれを見たのだろう。

 仏なんかじゃ無い。これは。化け物だ。

 背筋にぞくりとする怖気にも似た快感が走った。それは化け物を喰ったときに感じる高揚をどろりと濃縮したようで、こらえきれずに絶頂の雄叫びを上げる。

 恐ろしさを感じたが満足であり、それが最期だった。



 花畑に死体が二つ。それともやのような存在が一つ。

 風が吹きぬけると、花弁がそよいだ。

 嗅覚に頼る獣が鼻をすんとならして辺りの匂いを嗅ぐようなものだ。死体を生み出した禁足地の化け物は、空気の中に混ざっているものを感じとった。

 まだ己の知らない匂いが遠ざかろうとしている事に、それは気づいていた。


   *   *   *


 山間に誰かの叫び声が聞こえたと思ったが、すぐに静かになった。二人を案内し終え、庵に戻る途中だった八郎の耳にもそれは届いた。

 気合いを入れるためのものなのか、悲鳴なのか、響いてしまってわかるはずも無い。

 確認もせずに、庵へと向かって足を進める。焦ることは無く、淡々と、振り返ることはしない。

 背後から、何かが近づいてくるのがわかった。それと同時に、自分の前方から山の獣が逃げていく気配も。

 鳥が群れを成して飛んで行くのが木々の切れ目から見えた。山鳥や鴫、鶉、鴨、そういったものに混ざって鷹や梟と言った猛禽の姿もあった。水鳥も、夜行性のものも、肉食のものも、一団となって飛んでいった。声は上げず、だが羽音を隠すこと無く。一心不乱に。八郎を追い越して。

 大丈夫だろうと思っていたが、案内する際に近づきすぎてしまったのだろう。八郎にはそのことが理解できた。

 どうしたものかと思案し、どうにもならないと諦めた。

 両親であれば何かできただろうか。父は剣の腕がたったようだし、母は歌や踊りや呪いに長けていたようだった。

 だが、八郎には何も無かった。山野で一人、いくつかの冬を問題なく越えて生きていく才能はあったがそれだけだった。

 それでも八郎は普段と変わらぬ様子で、ついに庵へと戻ってきた。

 年によっては枯れてしまう井戸。沢から引いているため池。作物だけで無く野草や薬草混ざりの畑。草葺き土壁の庵。

 そこまで来ても背後の気配が帰って行く様子は無かった。八郎は諦めて背後を振り返った。

 果たして、そこにあったのは禁足地で野武士と破戒僧を殺した黒いもやのような存在である。

 八郎がその姿を確認するのは初めてだったが、思ったよりも怖くないなというのが正直な感想だった。思わず、ふ、と息を吐きかけてみたが揺らぐ気配は無い。空気のようなその体は、八郎が想像したよりもしっかりとした質量を持っているようだった。

 さて、どうしたものか。八郎がもやの様子を監察していると、唐突に頭の中に響く声があった。


 ――お前が恐れるものは何だ?


「愛が怖い」

 人に愛されるのが、愛が怖い。八郎は即座にそう口にしていた。強制されるまでも無く、自然と口をついて出た。嘘をつこうとか、ごまかそうとか、そういう算段は無かった。ただただ、恐れているものを言葉にした。

 化け物のガス状の体が、ぶるり震えるように伸縮した。

 その様子を見ながら、俺はどうなるのだろうと、八郎は他人事のように考える。この化け物が眼前にいるということは、きっと案内した二人はもうこの世にいないのだろう。それは想像していた通りであった。だが、思っていたよりも化け物が知覚する範囲が広かったことだけが誤算だった。

 まあ仕方が無い。守人としてひっそりと山の管理をしてきたのだ。鎮められるわけでも無いが、ある種の人柱になることも仕事のうちだろう。

 八郎は目を閉じて、人生の最期を待った。

 だが、いつまでたっても、何も起こらない。不意に、耳に届いたのは鳥のさえずりだった。気がつけば、生き物の気配が、遠巻きながら山に戻ってきている気がする。

「ああ、困ったな」

 声が、空気を揺らした。楽しそうに弾む女の声。

「肉を得てしまったじゃ無いか」

 目を開くと飛び込んできたその姿。それを、八郎も知っていた。嫁入り行列で、着飾った新婦を見たことがあったから。まだ幼い時分で、両親に教えてもらったのだ。

 母もああいう格好で家に来たのかと聞いたら、二人に困った顔をされた。家には大事そうにしまわれている衣装があったことを、死別した後で知った。持っては来たが、着ては来なかったのだろう。

 花嫁姿に成った化け物は、それは美しかった。人では無いものが放つ特有の色気があった。それは気配であり、たたずまいであり、匂いであり、存在だ。そのすべてが、目にした人間を、八郎を狂わせようとしてくる。

「名は?」化け物が問う。

「八郎」八郎は己の心臓の音にかき消されそうなほどの、小さな声で答えた。

「はちろー、ふむ、はちろう、うん」

 名を確認した後で、女は手を伸ばしてくる。爪には何か塗り物でもしてあるのか、鮮やかな朱色をしている。肌は白くつややかになる釉薬を塗って焼いた陶器のようだ。腕がのび、手がそっと八郎の頬に触れた。ふに、と柔らかい指先が形を変えるのがわかる。

 美しい。だが同時にどこか怖さも感じさせた。黒い、あまりにも黒い双眸がそうさせるのかもしれない。いくら美しく着飾っても、人ならざる者だと、その瞳が訴えるのだ。

「お前様」と八郎の肌の感触を確かめながら女は「名を」と言った。それがもう一度名乗れというものでは無くて、よこせという内容だと八郎にもわかった。

「鈴」と八郎は答えた。化け物の、女の弾むような声色から、自然とそう名付けていた。

「八郎。お前様。我が名は今から鈴だ」

 女は八郎の耳元に、口を寄せた。

「愛して、殺してくれよう」

 鈴はそう言って、八郎の耳朶に歯を立てた。うっすらとにじみ出た血を、少しざらつく舌先で舐めあげると目を細めた。


   *   *   *


 八郎と化け物との生活が始まった。久しぶりの同居人だったし、両親を除けば初めてのことでもあった。

 両親がいなくなってから使っていなかった部屋を整理したり、休ませていた畑の一部を再びつかえるように広げたり、獲物を捕る少し量を増やしたり、山菜の漬物や囲炉裏の上での燻製作りと言った保存食作りに精を出した。

 これから先、必要になるような気がしたからだ。何も無く尻すぼみになっていく予定だった八郎の人生に、連れ合いという変化が生じたせいだった。

 その連れ合いは化け物であり、いつか自分を殺すと明言していたが。

 八郎が鈴と名付けた化け物は、できることとできないことの差がはっきりとしていた。

 身体の能力は人の数段上にあるようだった。普段は鳥しか食べることができないような樹上の、それも細い枝先の実を、するりと登ってとってみせた。あれだけのことができるのであれば、崖の途中に茂る薬効のある苔を集めたりすることができそうだった。それは普通の人の身である八郎には危険も伴い難しいことだった。

 体力も人一倍のようで、八郎でも息が上がるような山中での作業を、顔色一つ変えずてつだうことができた。肩に担ぎ上げて運ぶような荷物であっても、その細腕で軽々と持ち運ぶことができた。

 代わりに、加減の難しいことは苦手としていた。洗濯を任せてみれば水を絞ろうとして布きれに変えてしまうし、ならばと拭き掃除を任せてみれば布きれはぼろきれに姿を変えてしまう。

 それなのに、細かい作業は苦手では無かったようだった。教えてみれば母の残した裁縫道具で布を繕い直すのは八郎よりも上手だったし、摘んできた山菜の下処理を細々と行うことも苦にしなかった。まだ刃物の扱いはたどたどしいので、とても料理は任せられなかったが。

「肉体というのは不便なものだ、どうしてか何かを喰わなければならない気持ちになる。別に、喰わなくてもいいはずなのにな」と言うのが鈴の口癖となっていた。だが今年の春は豊作だったこともあって。一人増えた程度では特に問題は無かった。

「しかし、これはいいな」と鈴が興味を示したのは飲食や八郎に触れることだった。

「今までは味も何も無かった、触れても何も無い。人を喰ったことは覚えているが、あれはただ喰っただけだ。そこには感触も味も何もあったものでは無かった」

 人というものは、ずるいな。鈴は言った。八郎は正直に「言っている意味がわからない」と伝えたが、鈴は笑って返す。「初めから持ってるものは気づかないものだ」

 夜毎、鈴は八郎の隣に寄り添うようにして過ごした。八郎が眠りについてからもずっと。細い切れ目のような月が高く昇る夜であっても、風雨が木戸を揺らす晩であっても。

 鈴の体は人となってから、睡眠をほとんど必要としなかった。彼女が深く眠るのは新月の夜に限られた。

 人の身となった鈴にとって夜は長かった。人ならざるものとして存在していたときは、昼も夜も無く、時々現れる人間を喰うときだけ覚醒していたから。

 鈴は思う。今までの時間のほとんどは眠っていたのかもしれないと。その反動があまり眠らなくて済む体を作っているのだと。

 いつかこうした生活にも慣れるのだろうかと。いや、そんなことがあるはずが無い。自身が恐れを体現する化け物であると、鈴自身がよくわかっていた。

 いつか八郎を愛して、喰って、それで終わりだ。

 喰うだけなら今でもたやすい。だが駄目だ。まだ愛というものが足りない。自分は愛になり得ていない。自身のことだ、鈴にはそれがよく理解できた。

 壁の方を向いて無防備に横になる八郎。その寝顔を眺めたり、時に添い寝したり、首筋や耳の裏の匂いを嗅いでみたり、耳たぶや指をくわえてみたりして鈴は朝を待つ。

 愛が怖い、そう口にした八郎のことが鈴には理解できなかった。それは何も八郎に限ったことでも、愛に限ったことでも無かった。

 例えば迷い込んだ末に自分が怖いと口にした男がいた。不意に湧き上がる暴力的な衝動。人の世で生きていくには強すぎるそれが怖くてたまらないのだと。だからそれを自分に向けるようにしてやった。自身の首に手を持っていき、そのままねじ切るとその男の体はくるくると踊るように回った後で地に伏した。

 あるいは金が怖いという青年もいた。不意に沸いた金。その使い方を誤って身を持ち崩した両親の知らせを知って、怖くてたまらなくなったという。風に乗って降り注ぐ細かな砂金で、肺を埋められた青年はどこか安堵した表情で苦しみ、死んだ。

 新しい父親が怖いという娘がいた。それはただ新しい娘との距離がつかめず距離をとっている不器用なだけの男だったのだが、娘にとってはそのじっと観察するような目が恐ろしかったのだ。恐れを口にすると、父親は無数に現れた。隣に、少し先に、空中に、逆さになって、鏡映しになって。そのすべてが、娘をじっと見つめていた。その幾人もの父親の視線に心を壊して、娘は花畑の隅で耳を塞ぎ、目をつむり、うずくまって死んでしまった。

 どの恐れも、鈴には理解できなかった。

 それらはすべて、八郎の両親が庵を引き継ぐ前のことだ。どれほど昔のことなのかは、誰にもわからない。花畑には骨片の一欠片も残っていない。野武士のものも、破戒僧のものも、異常な速さで朽ち果ててこの世に存在しなかった。

 恐れ。それが形のないものでも、あるものでも、生き物でも、己のうちにしか存在しないものでも、鈴はそれが恐怖の対象であれば何だって在るようにできた。

 だが人の身を得てしまって今は、一足飛びに恐れになることができない。徐々に、ゆっくりと、愛になっていく。それが面白くって鈴は仕方が無かった。

 どういったわけか人の身としての簡単な常識は、顕現した瞬間からその内に宿っていた。体の動かし方にはじまり、子の作り方や食事の必要性、個人・家族・集落・街といった社会の形成、服を纏うことで体温を調整すると共に羞恥心を軽減すること――。

 そういったものは、山間で訪れる者をただ喰っていたときには無かったものだ。確かに己の中に知識として存在する。だけど実際に目にすると頭の中にあるそれとの違いに驚いた。

 全てが今までとは明らかに異なっていて、なるほど人というのはこういう風に世界を見ているのかと改めて理解しなおすことになった。

 山野に咲き始めた花は、よく観察してみれば色も形も匂いも違った。甘い匂いがするので、味も甘いのだろうかと思って、手頃な大きさのものをぱくりと口にすると、八郎にたしなめられてしまった。

「それは美味いもんじゃあない。やめておけ。中には毒を持つものもある」

 これは化け物の身であるというのに、八郎は毒を気にかけてくる。そのことに鈴は一瞬きょとんとした表情を浮かべた後で、身をかがめて笑いをこらえる羽目になった。

 あれはよかった。とてもよかった。化け物のこの身を、脆弱な人と同じように心配するなんて。

 どこまでも、お人好しで、好ましい。

 隣で眠る八郎を見て、鈴は改めてそう感じた。

 八郎。そう、八郎。

 何よりも面白いのは、人の身をもつ原因となったこの男の存在だ。今はこうして規則正しく呼吸をして無防備に寝ているが、それが心を許しているかのようで、こみ上げてくる何かがあった。

 お前様の隣にいるのは、化け物だぞ? そんなに油断していいのか?

 鈴はそんなことを考えながら、夢を見ているだろう八郎の頬に触れた。

 心地よいぬくもりが、手のひらから伝わってくる。

 口元を押さえた鈴は、くふ、と笑った。

 熱もまた、人の身になってから面白く感じるものの一つだった。

 今まで形を変えてきたほかの恐れと同じ、未だよくわからぬ愛というものに自分が成った。それは確かなはずで、そうだとすればこの人としての姿形や宿った五感にも意味があるはずだ。

 愛として現れたのだから、きっと。


   *   *   *


 二人の生活は、春の間にある程度の形ができあがった。

 八郎が人間として生きてきた知恵を教え、鈴はそれを学び実践した。

「ふむ、これも美味いな」

 鈴は食に興味を持ったものの、その消費量は常識的なものだった。今年は近くの川の魚影も数が多そうだし、雪解け後の山菜の生育もよかった。もうすこしで梅雨前でてくる茸も目につくようになるだろうと八郎は当たりをつけていた。

 この生活が始まって一月ほどが経とうとした頃だ。お前様はさ、と鈴が訊ねたことがあった。

「人が食えるものを出してくれるがどうしてだい? 溜めているものの中には毒もあるだろう。それを食わせて、あたしを殺せるか試したりはしないのかい?」

「食は美味い方がいいに決まってるだろ」

 鈴は人の身になったばかりの頃に当たりのものをいろいろと口にしたこともあって、この世には不味かったり、どうにも体に悪いものがあるらしいと理解していた。ひどく苦かったり、臓腑がかっと熱くなったり、しくしく痛んだりするものは、おそらく人が食してはいけないものなのだ。

 鈴は己の体に現れる感覚で、口にして良いものの善し悪しを学んだ。中には少量であれば薬効があると八郎が教えてくれたものもあったが、それはそれとして大量に食べれば悪影響が出る。八郎が誤って食べることがないように、鈴は学習していた。

 そうしている間に、鈴は薬膳を拵えることができるようになっていた。八郎の健康状態は悪くは無かったが、それでも各所にゆがみや乱れがあった。それを治すためだとは言わなかったが、次第に鈴が料理をするようになった。

 梅雨になり、雨が強くなると外での作業も少なくなる。手隙だと言うことを理由に鈴が料理を見よう見まねで始めたが、本当の理由は別にあった。

 衝動に突き動かされたからだ。

 健康でいるように気を遣ってやることも、愛の形の一つと言わんばかりに。八郎の口に入るものをしっかりと管理して、それでいて満足させてやらなければならないと。

 予期せぬ来訪者があったのは梅雨が明ける頃だった。

「うん、今日の汁も美味いな」

「お前様が干してた茸のだしがよく出ているからね」

 そう会話をしていた二人が同時に顔を上げて、家の外、麓へと続く細い獣道の方を向いた。

 戸は閉まっていたが、誰かがここを目指して登ってくるのがわかった。八郎は守人としての経験で、鈴は化け物の本能で。

 食事を終えると、庵の外に出て山道から麓の方を眺めた。しばらくすると幼い女子が一人、山を登って来る姿が見える。少女は息を切らし庵へとたどり着いた。たまの晴れ間で日が差していたが、道にぬかるみが残っていたのだろう。足下には泥が跳ねて汚れていた。

 小さな体躯に対して、背中の荷物は大きく見える。古布を丸めて塊にしたものを背負っていたが、獣道を歩くには向かない荷量だった。

 大変だったのだろう。所々に折れた枝先が残っていた。息は荒く、足取りも重そうだ。

「何用かな」と駆け寄った八郎が声を掛ける。その間に鈴が少女の背負っていた荷物を肩代わりした。

 ひょいと荷物を抱えられて驚いた様子だった少女だが、息を整えると堰を切ったようにこう頼み込んできた。

「薬の材料を探しています。守人の旦那様が、以前融通してくださったと聞いて。流行病で姉の熱が下がらないんです、あの、布や味噌をお持ちしました。足りなければ、できることを何でもします。お願いいたします、お譲りいただけないでしょうか」

 見た目の割に達者な口上で少女が求めたのは蜂蜜と蜜蝋、それと時季外れの薬草や茸の類いだった。持ち帰るためのかごを差し出し、これに入る分でかまわないという。それは持ち込んだ荷物に対して、あまりにも可愛らしい大きさだった。

「用意できると思うから、少し掛けて休むといい」

 八郎は庵の中に引っ込むと、少女が欲しがったものを確認する。解熱に効く草、咳を抑える果実、活力剤になる虫に生える茸、そういったものをいくつか選んで持ち出すと、少女が持ってきていたかごに入れてやる。陶器の器に入れられた蜂の巣も一緒だ。とろりとした蜜の中には、適度に崩された巣が沈んでいる。

 かごは一杯になったが、それだけでは苦労に見合わないだろう。いくつか薬になりそうなものや、使い道の無い翡翠や琥珀を布に包んでやる。

 加工された調味料が手に入る機会が少ない生活の中、お礼代わりに八郎の両親も行っていたことだ。

 少女に渡す荷物を包んだ八郎が外に出ると、並んで腰掛けた鈴と少女が話しているところだった。傍らには椀と剥かれた果実の皮が置かれている。

「何か怖いものはあるかい?」

「怖いものですか?」

 会話の内容に思わず「鈴」と八郎がたしなめたが、少女は答えてしまった。

「そうですね、怖いもの、姉様が怒ると怖いです」

 一瞬、当たりが静かになったように八郎には感じられた。何か起こるのでは無いかと思って、生唾を飲み込む喉が動いた。

「――そうかい」

「でも、元気になって欲しいんです。辛そうで」

 少女の視線が手にした荷物に向けられて、八郎ははっと我に返った。

「よくなるだろう。この時期、よく流行るものに違いない。滋養をつけて、休めば大丈夫なはずだ」

 八郎はかがんで少女と目を合わせると、荷物について説明をする。

「かごの中が頼まれていたもの。包みはおまけだ、気をつけて持って行きなさい。書き付けもいれてある、文字が読める人がいたらより詳しくわかるだろう」

 少女は立ち上がり丁寧に八郎から荷物を受け取ると、落とさないように体に結わえ付ける。

「もっと休まなくて平気かい?」

「はい。果物もいただきましたし、休めました。ありがとうございます。旦那様も、奥様も」

 そう言って少女は山を下りていった。交換用の荷物がなくなった分、登ってきたときよりも足取りは軽そうだ。

 その背中を見送りながら「奥様か」と鈴は笑った。そして「旦那様」と冗談めかして口にしたあとでくつくつとその身を震わせた。自身でも似合わない言葉を口にしたと思ったのか「あー、おかしい、ねえ、お前様」と言い直して鈴は目元を拭った。

「あたしが、奥様なんて、さ」

 化け物なのにねえ。と、鈴が口に出すことは無かった。

 八郎は何も言わず、少しだけ眉間に皺を寄せた。



 本格的な夏が始まる前に、八郎が家の前で樹皮や香草を練り固め乾燥させたお香に火をつけていた。

「何をしてるんだい?」とのぞき込む鈴の視線の先で、円錐状のそれは煙を出してすぐに燃え始める。

「先祖を弔い、迎える習慣だ。といっても、ここでは虫除けのついでだが」

 八郎が煙を浴びるように手で仰ぐ。

「さて、俺は少し用があるが、鈴はどうする?」自分の体に匂いがつき、お香が燃え尽きるのを見届けた八郎が鈴に訊ねた。

「そうだねえ、邪魔にならないならついていこうか」鈴は八郎の匂いを嗅ぎながら訊ねる。「何をするんだい?」お香の匂いの奥に八郎の体臭が残っている。これならはぐれても嗅ぎ分けて見つけることができるだろう。

「いくつか湯がある。その一つから塩が作れる」

「ふうん」と応えた鈴は、八郎が背負おうとしていた平たい土鍋を代わりにひょいと手にした。「あたしが持っていくよ」

 八郎は鈴を先導するように山に分け入った。道々、鈴に温泉についての話を聞かせる。

「いくつか湯が沸いていて、場所によって効能が違う。最近は訪れるものも減ったが、俺の親は治療に訪れたものに案内を頼まれたこともあるという。大抵は秋冬のことで、今の時期に様子を確認しに行くんだ。誰も湯治に来なくなって久しいが」

 山を登るにつれて、植物の生え方が変わってきた。鈴のよく効く鼻に硫黄の匂いが混ざってきた頃、八郎が足を止めた。その視線の先には立ち上る湯気がある。

 山肌から露出した岩盤から、湯が湧き出ていた。石を削ってくぼみを設けた湯船が広がっていた。なにかしらの手が加わっているそれは、いつの時代から在るのか八郎も知らなかった。

「ここの源泉は少し濃すぎるんだ。昔はここもつかえたのかもしれないけれど、いまはこの先のつながっている川につかるくらいでちょうどいい」

 湧き出る量は十分。枯れることは無いだろうと判断し、八郎は次の場所を目指した。

 そうやっていくつかの湯を確認した後、八郎は背負ってきた荷物を下ろした。

「ここで最後だ。この湯は煮詰めれば塩がとれる」

 湧き出た湯は、平たく伸びるように岩畳の上を流れていた。岩畳は弾になっていて、その終点には大小のくぼみがあり、そこに湯が溜まるようになっている。

 ここもまた、何者かの手が加わっていた。

「変な形だねえ」

「湯量にむらがあるらしくてな。時期によって乾いては流れを繰り返してる。そうすると、石畳に塩が残るんだ。それがまた溶けて流れて、濃くなって、あそこの小さなくぼみに溜まる。大きい方は浸かるためのものだな」

「お前様が作ったのかい?」

「まさか。俺ではないし、先祖でもないだろう。俺にはわからんが、昔この山に人語を解する狼がいて、それが人と湯につかるのが好きで作ったという話があるらしい。俺の両親も近隣の昔話として聞いただけで会ったことは無いと言っていたから、本当にずいぶんと昔のことなんだろう」

 八郎は当たりを見渡す。以前訪れたときに作った簡易的な石組みのかまどの残骸が見つかった。石を積み直し、近くから枝を拾い集めると、火打ち石で火をつけた。

 火力が落ち着くのを見てから、八郎は小さなくぼみへと歩いて行く。今年はあふれているわけでも、少なすぎるわけでもなく、平年並みのたまり方だ。小指の先を溜まっていた透明な液体につけ、味を確かめると、うん、と顔をしかめた。

「十分、塩辛いな」

 その様子を見た鈴も同じようにひと舐めし、口をゆがませた。

「不思議なもんだね、炊事に使うと美味いのに、これはいまいちだ」

「何事も、ほどほどが良いということだろうさ。さて、後は土鍋にこの溜まった湯をいれて、沸かしていくんだ」

 持ってきていた竹筒で塩辛い湯をすくうと、土鍋に注いでいき、そして火に掛けた。

「煮詰めては足し、を繰り返していく。あの小さなくぼみのそこが見える位までな」

「必要な量がそれくらいなのかい?」

「いや、違う、減らしておかなきゃ行けない量がそれくらいなんだ。塩はな、土に悪い。一度に流れ出ないよう、濃くなってしまった湯の管理も俺の勤めだ」

 そうしてしばらく鍋の中身を火にかけてかき混ぜながら、八郎は都度くぼみに溜まった液体を足していく。やがて鍋の底には塩が残った。

「そろそろ終いだ。後は天日で乾かすだけでいいだろう。どうする? 俺は火の始末をしたらそこの湯につかっていくが。興味があるなら、先に入ってみればいい」

 火の近くで作業をしていたこともあって、全身に汗をかいていた。せっかく湯の近くに来たのだから、さっぱりとしてから帰りたいという思いもある。額を拭いながら、八郎は鈴に訊ねた。

「お前様が入るなら、一緒につかろうかね」

 帰ってきたのはそんな言葉で「一緒に、か?」と思わず聞き直してしまう。

「なんだい、恥ずかしがって。お前様の前で体を拭いたり水を浴びたりするのは、初めてじゃ無いだろうに」

 ああ、と八郎が生返事をする間に、鈴は着ていた物を恥ずかしげも無く脱ぎさっていく。近くの岩の上に着物を畳み置いて「浸かればいいのかい?」と聞いてくるので八郎は慌ててうなずいた。

 どれ、と湯に体を沈めると鈴は一度身震いをした。

 なるほど。これは水を浴びたり濡れた布で拭って身を清めるのとは比較にならない。

「お前様、これは心地がいいねぇ」

 鈴はそう言いながら立ち上がり、八郎の方を向いた。

 見慣れ始めていた鈴の体に見惚れてしまったのはどうしてだろうか。白い肌が、温泉の熱気に当てられてほんのり赤みを帯びていたからだろうか。

 鈴が眉尻を下げ、目を細めて笑った。

「そうか」

 そう言った八郎は鈴の隣に入ると、その身を湯に沈める。

「そんなに照れてしまって。ねえ、お前様。ここでいつもよりも愛し合ってしまうかい?」

 まだ一度たりとも愛を体現したことが無いのに、鈴はそう言った。その長い黒髪が胸の膨らみに張り付いていた。体に沿って、玉になった湯が流れ落ちていく。それがより一層、扇情的な姿態を浮かび上がらせていた。

「いいから湯につかれ」

 八郎は自身の内に沸いた欲情を流すべく湯の中にその身を深く沈めた。頭の天辺まで浸かったあとで、体を起こす。顔が紅潮しているのは、湯の熱のせいか、それとも。

「そうかい」と鈴も湯に肩までつかり直すと、それ以上深く追求しなかった。人の形をとってまだ一年も経っていない。生まれたばかりに等しい彼女にとっても、この生活を終わらせたくなかったから。

 鈴も時々考えることがある。この体の芯をゆっくり焦がすようなちりちりとした感覚に身を委ねたらどうなるだろうかと。八郎を、この愛が怖いと口にした男を愛し尽くして殺してしまったら、それはきっと今とは比べものにならないくらいの熱量が生まれるだろう。

 それは自分にとっての存在意義であるし、どれほどの快感――人の身になってはっきりとした感覚の一つ――が体を駆け巡るか想像するだけで芯からほてってくるものがあった。

 だが、と一歩引いたところで冷静になることがある。もしもだ。仮定の話ではあるがこの本能にも等しい熱に従って八郎を殺し終えたとき、果たして鈴だった自分は残るのだろうか。

 またあの花畑に捕らわれて、訪れるものを待っては殺すだけの年月を過ごすことになるのだろうか。

 鈴は己の肩を抱いた。震える体を押さえるように、強く。それが八郎を殺すことへの期待によるものなのか、いつかこの生活に終わりが訪れることへの恐れによるものなのか、鈴にもわからなかった。

「いい温度だねぇ」

「ああ、いい湯だ」

 二人の間に沈黙が流れた。山を抜ける風が、露出した肩口や顔を冷やしていった。ひーぉ、と鳥の鳴く声が響くまで、二人はただ黙って湯につかっていた。


   *   *   *


 そうして八郎と鈴の仲が深まっていった秋口のことだ。

 山野の恵みや少し広げた菜園からとれる作物は豊作で、余剰分は漬け込んだり乾燥させたりと保存食を作るには十分だった。穀物や豆の量も鈴が増えた割には減りが少なかった。

 そんななか鹿が罠に掛かった。雌の若い個体だ。八郎は逃がすべきか少し悩んだ後で、山の様子を考えて処理することにした。近辺にある獣道の様子、鳴き声の回数や方向から、十分な頭数の群れが複数あることが想像できたからだ。

「冬に備えなければ」

 一晩くらいで大丈夫だろう。冷たい湧き水が流れ込む急流へ血抜きのために鹿の体を沈めると、八郎は言った。脇に置いた背負子を背負い直すと、庵へ帰るために歩き出す。背負い込んだ籠の中には茸や果実が詰められている。

「冬ねえ」

 葉が落ちてよく見えるようになった空を見上げながら、鈴がぽつりと呟いた。

「あたしはしばらく喰わなくても平気だよ?」

 鈴はそう言って、腹を撫でた。減りはするが、食べなくてもどうとでもなる。おそらくは数年の間なにも口にしなくても飢え死ぬことは無いだろう。

 空腹を感じるかは怪しい。喰わねば、と言う気持ちにはなるが、あくまでも鈴にとっての食事は娯楽のようなものだ。生物として生きていくために必要な行為では無かった。

「馬鹿を言うな」

 だが、鈴の言葉に八郎はそう言い放った。

 確かに飢えることは無いかもしれない。だが、一口ごとに目を閉じて、一噛みごとに味を楽しむ姿を誰よりも知っているのは八郎だった。傍らでその様子を見ていたから、鈴自身よりもよくわかっている。

「飢えさせたりなど、するものか」

 自然と口をついて出たのだろう。八郎には気負った様子も、特別なことを口にした様子も無かった。鈴の腹を満たしてやることは、彼にとって当たり前のことになっていたのだ。

「あ、あたしはさ、もうちょっといろいろと探してみてくるよ。籠にもまだ余裕があるしさ。だから、このまま先に帰ってくれてていいからね。途中なら追いつくし、庵なら庵へ、とにかくお前様のいるところへ向かうから」

「お、おい」と声を掛ける八郎をその場に残して、鈴は山の中へとその姿を隠す。葉擦れの音も立てず、獣のような速度でその場を走り去った。

 顔が熱を持っているのがわかって、手で押さえながら鈴は走った。

 なんだこれは。

 そんな疑問が鈴の内に沸いて出てきたが、答えが出てくるはずも無かった。

 もう少し人の機微に聡ければ、それが照れや好意による紅潮だと気がついたかもしれない。だが悲しいことに鈴は化生だった。どうしてか知識としては身に宿っていても、己のそれと紐付けることができない。未だ愛というものにも、もちろん人にも成れぬ存在だった。

 人に似た身になってから覚えた美味そうな匂いを嗅ぎ分けて、山中を走る。そのうちに平静を取り戻すことができた。

 あれが何だったのか、鈴にはわからないままだったが、こうしてほんの少しの時間で治まるものだ。おそらく問題は無いだろう。

 すん、と鼻を鳴らす。いくつかの甘い匂いが近くにあった。これを手土産に帰ろうと鈴は歩く速度を緩めた。

 先に庵に戻っていた八郎の元へ「これは食えるのかね」と鈴が持ち帰ってきたのは生ったまま自然発酵し、そのまま乾燥した山葡萄や柿の実、サルナシといった果実だった。

「なにやらいい匂いがして、くらくらするよ」山葡萄の房を持ち上げ、その先端を自身の口元にあてながら鈴はそういった。

「喰ってみればいい。毒では無い」

 八郎がそう言うので、鈴はそのまま前歯で一粒を咥えとると、力を込める。口の中に広がる初めての酒精に驚いたのか、空いていた左手で口を押さえ、目を見開く。そして何度か右手の山葡萄と八郎の方を交互に見やった。

「乾いた果実だが、この中には天然の酒精が詰まっている。この山はどうしてか自然と酒精ができやすく、風の具合もあって実が乾きやすいが、人が見つける前に虫や鳥なんかが食うからな。俺もこれだけの種類を一度に見るのは初めてだ」

 一粒で酒が回ったのだろう。「はあ、これがねえ」という鈴の顔は、元々の白さもあってか朱がさしていた。一つ、また一つ。味わいながらも鈴は果実を口に運んだ。

 化け物の類いには酒に弱いものがいる。そういえばそんなことを父親が言っていたな。八郎はすぐにできあがってしまった鈴の様子を見て、そんなことを思い出していた。

 鈴と暮らしていると、その本性を忘れてしまいそうになる。ふとした瞬間に頭をよぎるのは、鈴が恐れを訊ねてきたあの日のこと。だが、時が経つにつれて八郎はそのことをちゃんと思い出すことができなくなっていた。

 愛が怖い。確かにそう答えた。

 だが、今、恐ろしいのは本当に愛だろうか。

 それよりも、この生活が終わることが恐ろしくはないか。

 人生の中でこれほど輝いていた時間があっただろうか。

 死んだ両親との生活とはまた違う幸福を己は味わっているのでは無いか。

「お前様もお食べよ。おいしいんだ」

 思案する八郎に、鈴は笑いながら山葡萄の房を差し出してくる。

「一つもらおう」八郎は一粒つまみとると、口に運んで続けた。「残りは気にせずお前が食べればいい。気に入ったんだろ」

「いいのかい」弾む声と共に鈴が顔を上げた。

 いや、でも、と悩む鈴に八郎は言う。

「これを食べて鈴が味や匂いをしっかりと覚えれば、次の季節にまた見つけることができるだろ? そのとき、また分けてもらうさ」

 八郎は自然な様子でそう口にするだけだ。だが鈴は、次の季節、という言葉を聞き逃さなかった。

 まずは明日。次は一週間。やがて一月。そして一年。八郎は月日が巡り、またこの恵みを鈴と一緒に迎えることを当然と考えてくれているのだろう。

 それが鈴にはうれしくて、おもわず笑いそうになってしまう。

 だけど、と思うのだ。この男の、八郎の前に本当の愛として現れた瞬間、きっとこの男は死んでしまうだろう。愛、つまりは自分が殺すのだ。その後、自分はどうなるのだろうか。また、姿形の曖昧な存在に戻ってしまうのだろうか。

 夏、温泉で湯に浸かりながら芽生えたそんな疑問が、ずっとぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。

 鈴にとって、それはとても残念なことに思えた。それと同時に馬鹿げたことを、とも。このままの生活が続けばいいのにという願望。それを抱く自分に、滑稽さすら感じてしまう。

 忘れるな、忘れるな。お前の背後には、恐れで殺したものの怨念が未だ留まっているぞ。

 振り向いても何も居ない。それなのに、鈴の耳元で誰かがそうささやいた気がした。

「どうした?」

 考えすぎて、いつの間にかうつむいていたらしい。

 隣であぐらをかいていた八郎が体を倒して、不思議そうに顔をのぞき込んでくるので、鈴は少し慌てて姿勢を正す。ごまかすように山葡萄を口に運んだ。

「美味しいねえ」と果実をかみつぶしながら鈴は笑った。その様子を見て、八郎もどこか安堵した表情を浮かべた。


   *   *   *



「あれはなんだい」と鈴が立ち上る煙を指さしたのは、ある晴れた日のことだった。煙が立ち上るのはよくあることだ。山の至る所に炭窯があって、白い煙が筋を引く。

 だが、今日のそれは見慣れぬ色をしていた。菫の花を燃やして色が移ったような、青とも紫ともいえない煙だ。

「合図だ」それを見上げた八郎が言う。「いくつかものを詰めて、あそこに行く」

「どうして」

「冬も近い。炭を分けてくれる合図だ」

 蜂蜜や熊胆といった動植物由来の生薬をまとめると、八郎は鈴を伴って煙の上がった方へと向かった。もちろん川や崖が邪魔をするから、まっすぐ向かうことはできない。遠回りしながらだ。

「今年は行きやすいところで取引になってよかった」

「毎回違うのかい?」

「近辺の村々で取り決めてるらしく、場所が変わるんだ。渡したものの減り具合とか、窯の具合にもよるってことで、どこになるかはわからん。この前手伝ってもらった作業を覚えているか? 木に傷をつけて回っただろう?」

 鈴はつい先日、八郎と山を歩きながら、木に十字の傷をつけて回ったことを思い出した。

「あれは炭に適した木をこっちからわかるようにしていた。もちろん、俺がそんなことをしなくても炭焼きだって目利きはできる。しかし、それだけだ。村や窯の近くのことはわかっても、この山全体の調子がわかっているのは俺のほかにいないからな」

 好き勝手に炭に適した木ばかりを伐採してしまうと、全体の案配が悪くなることがある。これも守人として山全体のことを把握している八郎の勤めの一つだった。

 一刻ほど山を上り下りして、八郎と鈴は炭焼き窯の一つにたどり着いた。

 窯の中から変わらず煙は立ち上っていたが、当たりに人の気配は無かった。

 だが、窯の脇にはひとまとめにされた炭の束が置かれていた。それだけでは無く、いくつか素焼きの器も。

「誰もいないようだけど」

「そうだな」八郎は持ってきたものと炭の束を見比べ、持ち変える。口笛を一つふき、窯を後にした。

「俺は一度もここのやりとりで相手の顔を見たことが無い」

見合った量を渡せば、翌年も同じ量の炭が用意されている。逆に不釣り合いなら炭の量が増減する。生薬が少ないときはすべての炭を持ち帰らず、少し残すこともある。

「お互いの善意で成り立っている様なもんだ。俺の親もこうやって来たんだ。冷えると調子を崩すものも多い。俺も冷えは辛い。持ちつ持たれつの、冬支度だ」

 そうして生薬と炭の交換が終わってからすぐのことだ。遠くに見える山頂にはうっすらと雪が積もるようになった。

「大分、寒くなってきたな」

「そうだねえ。天気もよくない」

 鈴はそうでも無いが、八郎の吐く息は白い。

 もうすこし季節がすすめば、この辺りも一面雪景色へと変わるだろう。庵から出るのは難しい季節がやってくる。

 それまでにやっておきたいことはいくらでもあった。下準備はすんでいた。炭や乾いた薪を庵の中に用意したり、燻製や漬物も用意した。雪の下に埋もれてしまう畑でも作物の場所がわかるように、目印の支柱を立てたりもする。晴れ間を待って掘り出すのだ。

 やり過ぎて足りないことは無い。「少し山に入る。この感じだと出歩けなくなるのも近いだろう。川と山の罠を見て、回収してくる。ついでに枯れ枝でも集めてくるつもりだ」

 鈴は「行ってらっしゃい」と八郎を見送った。ついて行ってもよかったが、八郎から冬の前に庵の中の荷物の整理や冬に向けて衣服の補修を頼まれていた。

 一針。また一針。この冬を八郎が超えられる様にと鈴が繕っていた、そのときだ。

「頼もう」

 終わりが来た。

 それは青年の形をしていた。


   *   *   *


「はいはい、お客さんだね――」

 表からの声に中から顔を出した鈴と、庵を訪れた青年の視線が交わった。鈴の顔から表情が消え失せる。

 青年のほうは険しい表情を浮かべ、背負っていた荷物を放り捨てた。ざっ、と音が立ち、土ぼこりが舞い上がる。そのまま油断なく鈴の方を向きながら、刀を鞘から抜いて構える。投げ捨てられた鞘が地面に転がって音を立てた。

「庵の主は」

「出かけている」

「殺して喰ったの間違いでは」

 青年は気配から鈴が人の身に無いことを即座に感じ取っていた。どういう類いのものかはまだわからなかったが、守人を殺して、山姥の様な生活をしている可能性もある。

 斬って、捨てる。

 青年のまなざしと刀からはその決意が強く感じられた。

 沈黙。対峙。

 その状況を崩すように、足音が近づいてきた。

 鉈を片手に、束にした枯れ枝を背負った八郎が戻ってきた。二人が対峙して、身動きがとれないこの状況で。

「これ、は?」八郎が鈴と青年を見比べ、視線を左右に動かした。

「あんた守人か? それならわかってるだろ? それとも、本当にわからないのか? その女」


――化け物だぜ?


 袖口で口元を押さえているから、若者には鈴の表情ははっきりと見て取れなかった。だが、目だけでもわかるものがあった。

 怒りだ。

 鈴の体から、怒気をはらんだ空気が漏れ出ていた。どうしてかは彼女自身にもわからない。刃を向けられたからか、それとも八郎の前で化け物呼ばわりされたからか。

 思えば八郎は不思議な男だった。自身の恐怖の具現化した存在だというのに、その正体は人ならざるものだというのに、鈴をまるで人間のように扱っていた。人の身を得たあの日から今日までずっと。

 できることはさせるが無理はさせず、脆弱な人の身では無いのに気温の変化を気遣いもした。人ならざる身。それ故に減りもしない腹を満たしてもくれた。

 それだけじゃ無い。それだけでは無いのだ。次の季節も、一緒に暮らしていこうとしてくれた。

 この体になってから、鈴は人を殺めてもいない。

 それなのに、現れたこの男は――

「あんた、俺の後ろに」という若者の声に、八郎は反応した。

「ああ」と答えると八郎は足を動かした。ざっ、と土を踏みしめる音が辺りに響いた。

「操られてるわけじゃ無くて、よかった。人間を斬るのは好きじゃない。それにしても。今日は新月、化け物が弱るタイミングだ。だのにこの気配はなんだ。こいつはさぞ多くの人間を殺してきたんだろうさ」

 八郎に説明するように口を開く青年は、それでも油断なく鈴を見据えていた。瞬き一つ許されず、鈴から視線をそらせない。鈴の真っ黒な瞳。それが驚愕をもって見開かれたとき、その眼に反射して映るものを見た。

 いつの間に振りかぶっていたのだろう。

 そこにあったのは、青年に向けて鉈を振り下ろす八郎の姿だった。



 その場で動けたのは八郎だけだった。青年は鈴から目をそらせずにいたし、鈴は想像していない事態にただ驚くだけだった。

 八郎から見れば鈴から視線をそらせない青年は、隙だらけだった。手にした鉈を振り上げ、己から見れば無防備な相手へと力強く打ち下ろす。側頭部へ、まずは一撃。それだけで青年は地に伏した。

 うめき声、人が殴られる音。

「お前に何がわかる」

「春から二人、静かに暮らしていた」

「何か迷惑をかけたか」

「鈴が何をした」

「山に踏み入ったのは人の方だぞ」

「お前は何の権利があって殺そうとした」

 やがてうめき声が途絶えた。

 やっと事態を把握して動き出した鈴が「お前様」とすがりつく。それまで八郎は若者の傍らに座り込み、鉈を振り下ろし続けていた。さっきまでは痙攣するような動きをしていた若者も、もうぴくりとも動くことは無く、当然、息もしていなかった。

 一つ。そして、二つ。荒い息を鎮めるように、吸って吐いてを八郎は繰り返した。手にしていた鉈を取り落とす。から、という音が響いた。


「怪我は?」と八郎は訊ね、鈴の様子を伺い、変わりがないことに安堵する。そして鈴の体を抱きしめた。

 少し冷たいのは冬のせいではなく、人の身ではないからだったが、それでも外の気温よりかはあたたかい。

 在るかどうかもわからない心の臓が脈を伝えてくることは無かったが、それがどうした。

 彼女は、鈴は間違いなく生きている。

「お前様、痛いよ。離してくれよ」

 八郎は応えること無く鈴の体を強く抱きしめた。

 痛いよ、と鈴はもう一度だけ口にした。それだけだ。どうしてとも聞けず、大丈夫かと心配することもためらわれ、後はただ、心地よい熱に包まれるだけだった。

 安心する。

 化け物と呼ばれたときの怒りも、八郎が殴りかかったときの驚きも消えてしまって。鈴はただ、八郎に抱きしめられていた。

 雪がひとひら、空から落ちてくるまで。



 月が欠けきった夜に初雪が降ると、その晩は長く吹雪いてしまう。八郎は経験で知っていた。夕方から風も強くなり、降る雪の量も増えた。

 庵の外は銀世界になっているだろう。

「お前様、ほら、どうぞ」

 木椀に汁をよそって、鈴は八郎の方へと差し出した。ちら、と八郎の顔を見れば険しい表情をしている。昼にあの若者が訪れ、始末してからずっと。

「その、な、お前様」

 どう声を掛ければ良いものか鈴にはわからず、呼びかけた後で力なく口を閉ざした。

 八郎もまた、俺が、と何事かを言いかけたがだまりこんでしまった。

 彼の脳裏にあるのはたった一つの考えだ。

 親の代からの守人が住んでいると、ばれている。化け物が住む山にいる守人。

 春先に訪れてきた野武士と破戒僧の二人組もそうだ。まずは自分のところへと訪れてきて、化け物について確認してきた。

 己が、己の存在が、鈴にとってよくないのだろう。

 八郎は顔をしかめた後で、眉間をもみほぐし「今夜は吹雪きそうだ」と言った。ひどくなる前に川に死体を捨ててくる、と八郎は言い庵を後にした。「湯を沸かして待っていてくれると助かる」

 鈴は言われたとおりに待った。ふと、八郎が帰ってこないのではないかという疑念が頭に浮かんできて、それを振り払うように窯に薪をくべる。

 ぱち、と爆ぜた火の粉が顔にぶつかっても、何も感じることは無かった。熱さも、痛みも。白い肌が焼けて赤くなることもなかった。

 それなのに何故。

 もしも八郎が帰ってこなかったらと考えるだけで、どうして締め付けられるような感覚が生まれるのだろうか。何故と己のうちに訊ねてみても、胸に手を当てても、鈴には答えがわからなかった。

「帰った」と八郎の声を聞いた瞬間に、その、形の無いしこりのような感覚が消えた。

「お帰り」と鈴は八郎を出迎える。「降ってきた」といいながら八郎は頭や肩に積もった雪を払い落とす。外では風も強くなってきたのだろう。閉めた木戸が音を立ててゆれていた。

「湯と布は用意したからね。温度を確かめて、拭いておくれ。着替えもあるし、石も焼いてある。寒かったんだろう体を冷やすんじゃないよ」

 ああ、と八郎はこたえ、たらいに溜められた湯に布を浸し、体を拭い清めていく。

 それが終わると着込んで囲炉裏のそばへと寄った。「朝の残りを温めて食べよう」と、汁物に少しだけ乾物を足して内から暖まると、寝床につく。

 隙間風を避けるために締め切った庵の中は暗い。疲れもあったのか、八郎は横になるとすぐに寝息を立て始めてしまった。

 隣で横になる鈴はそんな八郎をいたわるように頬に触れる。

「ねえ、お前様。どうして」

 人間なんて、八郎なんて、鈴にとっては簡単に殺してしまうことができる。あの程度の相手にそんな必要なんて無かったというのに、かばわれてしまった。

 同じ屋根の下、背中を向けるだけでこんなに無防備で、そんなんじゃ喰ってしまうよ、と鈴は眠る八郎の頬を撫でた。

 新月。化け物も眠る夜。

 鈴は眠気を感じて、くふ、とあくびを一つ。そのまま八郎の背中に指を触れさせるように伸ばし、鈴は目を閉じた。



 その夜、鈴が寝静まった後で八郎は目を覚まし、そして、そっと庵を後にした。吹き込む空気が、鈴を冷やしてしまわないように、それは迅速に行われた。

 外に出れば、いつもよりも闇が濃く感じられた。月光はなく、雪も灰色がかって見えた。庵の上空はちょうど雲が薄くなっている時分だったが、流れは速く、また荒れるだろう。出歩くべきでは無い天候だった。

 それでも、八郎は足を踏み出した。

 八郎の雪を踏みしめる音は、薄れていく気配は、刻まれた足跡は、再び強くなった風雪にすべて紛れ、やがて消えた。


   *   *   *


 山を彷徨う女の姿があった。鈴だ。

 吹雪く嵐の夜に八郎が姿を消して。一週間が経つ。その間に数度、強く冷たい嵐が断続的に通り過ぎてなお、山に八郎の気配は残っていた。鈴にはそれがわかった。

 だが、どういうわけか出会うことができぬまま、時間だけが過ぎていく。八郎はまだ山にいるはずなのに。

 鈴は朝から晩まで、山を歩き回った。お前様、お前様と口にしながら。

 八郎が消えてから何も食べていなかったが、鈴の体に変調は無かった

 あの日、すべてを雪が覆い尽くしてしまったため、足跡を見つけることはできなかった。だが、山の中にどうしてか八郎の存在を感じ取ることができた。

 川魚を捕った小川、鹿が罠にかかった獣道、八郎とつけて回った樹木の傷。

 そういった思い出が、気配となってしまっているのだろうか。鈴にはわからなかった。

 どうして八郎がいなくなってしまったのかもわからない。自分を殺しに来た青年が何かの引き金になったことは間違いないだろう。

 化け物と一緒にいることを思いだしてしまったのかもしれない。

 それに嫌気がさしたのかもしれない。

 そして新月であることを好機とみたのかもしれない。

 そうであるなら、それでいい。しかたがない。自分に言い聞かせながら、鈴は山中を駆け巡った。

 己があやふやなまま存在していた花畑も見に行った。そこには何も無い。咲き乱れる花があるだけだった。

 ここにもいない、そう思いふと空を見上げた鈴の目に映ったのは、鳥の影だった。数羽が同じ方向を目指し飛んでいく。

 屍肉をあさる、猛禽類だ。崩れる雪に巻き込まれて、滑落した鹿や猪でもいるのだろうか。

 鈴は、ふら、と鳥の後を追うように一歩を踏み出した。

 たどり着いたのは、かつて山塩を取りに行ったものとは別の温泉が流れ込む支流だ。うっすらと硫黄の匂いが混ざっていて、鈴の鼻もあまり効かない。

 そもそもの地熱か、あるいは流れ込む湯のせいだろう。この辺りだけ、雪が積もっておらず、まばらながら植物も繁茂していた。羽虫の類いが、越冬せずに生きているようだった。

 そこに、黒い塊が落ちていた。

 囲むように鳥の姿もあった。

 鈴が鼻を鳴らす。人の匂いがした。血と、腐臭が混ざっている。すん、と首筋の匂いを嗅いだことを思い出す。それは腐っていても、まごう事なき八郎の匂いだった。

 それに気づいたとき、怖気が鈴の背中を襲った。

「お前様っ、お前様ぁっ」

 下への道を探すことなどせず、ためらわずに鈴は崖上から飛び降りた。音も無く着地すると、八郎の元へと駆け寄る。たかっていた数羽の鳥が、逃げるように飛び立っていった。

 そこにあったのは。頭部だった。頭部、だけだった。目玉はもう無い、虫がたかっていて、表面も中身もぐちゃぐちゃだ。持ち上げると、髪の毛の間から数匹の蛆がこぼれ落ちる。それを逐うように、ずるり、と頭皮の塊が地面に向かって崩れ落ちた。

 鈴は焦りながらも優しく、それ以上壊れてしまわないように、八郎の表面にたかる虫を払い落とした。

 ああ、と意味の無い言葉が鈴の口をついて出る。


 どうして。

 こんな。


 鈴は八郎だったものを、抱え上げ、胸元に寄せた。

 湯の成分や熱が、八郎の腐敗を早めていた。それだけでは無い。それが冬の始まり、急に積もった雪で餌が隠された時期であったことも合わさって、虫や鳥獣に食い荒らされていた。胴体は持って行かれてしまったのだろうか、それとも別の場所から、頭だけがここに転がってきたのだろうか。


 どうして、どうして。

 お前様、八郎、なんで、どうして。

 一体、何を恐れて――


 胸の内、かち、と歯の根の合わさる音がした。鈴は見つめ合うように、八郎の頭部を両手で掲げた。眼窩と見つめ合うように。柔らかいところから失われたのだろうか、眼球は抜け落ちている。唇も失われていた。むき出しになった歯が、音を立てる。かち、かちと。

 鈴の化け物として生まれ持った能力が、死んでいた八郎の体を動かしていた。お前の恐ろしいものは、恐ろしかったものは何だ、そう訊ねられたものが自然と恐怖の対象を口に出すように、骸が、八郎だったものが鈴の問いかけに答えようとしていた。

 怖かった。

 その一言が確かに聞こえた。当たりに響くのは、硬質な、歯が打ち鳴らされる音だけなのに。

「怖く、そして恐ろしかった――」


 俺が大切に思う人は死んでしまう。両親は先に死んだ。俺には二人がすべてだった。それが、死んでしまった。

 もう誰とも交わらぬと想っていた。老いか病で、一人死ぬのだと。

 ああ、それなのに。

 お前だ。鈴。

 お前が現れてしまった。

 愛してくれるというお前に、言えなかった。

 愛さないでくれなんて。

 鈴も、俺が愛したら、消えて死んでしまうのでは無いか。

 それがひどく恐ろしかった。

 殺してくれとも、言えなかった。

 俺がいなくなった後、お前はまた姿形を変えてしまうかもしれない。

 それは嫌だ。俺はお前に生きていて欲しい。

 笑うお前は、美しかった。

 笑って、生きて、そのためには、俺がいてはいけない。俺がいなくなれば、お前は生きていける。

 そうだろ、鈴。わかってるんだ。

 だからこうするしか無かった。

 愛とは、お前とは、無縁の、俺だけで完結する終わりを見つけるしか無かった。


「ああ――やはり俺は愛が怖い。お前を想ってしまう自分が恐ろしい」


 なあ、鈴。愛している。

 お前は確かに、愛だった。


 どれほどの間、鈴はそうしていたのかわからなかった。ただ、幾度も日が昇り月が沈んだ。雪はやみ、雨が降り、風が吹き、鈴の着ていた服は地面に触れているところから次第に薄汚れていった。残っていた八郎の肉も腐り落ちて、その腐汁も鈴を汚した。

 今ではその白い頭蓋骨だけが、鈴の腕の中に残っている

 都度、八郎にたかろうとしていた羽虫たちも、もう寄りつくことは無かった。追い払う必要は無くなった。

 鈴が口を開けたのは、冬が明け、気温が緩み、辺りから草花の青臭さが漂うになってからだった。

 それは春の訪れだった。二人が出会った季節が、巡り戻ってきた。

「あたしは、さ」

 鈴の声は震えていた。

「愛されることくらい、なんてこと無かったのに。お前様。ねえ、ほら、あたしは化け物だからさ。人からの愛なんて、情なんて、そんな、針ですこし刺されたくらいのもので、身を、魂を焦がしたりなんてしなかったのに。二人で嘘をついて、お前様は愛してないっていいながら、あたしもそれに気がつかない振りをして、愛になってやるって軽口を聞いて、一緒に過ごしていけばよかったじゃないか。それなのに、どうして、なんで、離れること以上の何を、何を恐れて――」

 恐れを口にさせる己の力を持ってしても、もう何も言わなくなってしまった。いや、二度も同じことを伝える必要が無かったからかもしれない。

 物言わぬ八郎を抱いて、鈴は泣いた。まるで人間の子供のように。大きな声で。

 それは決まっていたのだ。あの日、あのときに。愛が恐ろしいと八郎が口にしたときに。

 だって、鈴は恐れで人を殺す化け物だったから。

 愛は確かに、八郎を殺した。

 どうしたって避けようが無い結末があった。ただ、それだけだ。

「八郎」

 鈴の胸から腹の辺り、ぽっかりと失われたものがあった。形のないものだ。それが何なのか鈴には理解できなかったが、おそらくはこれが空腹なのだろうと気がついた。

「言ってくれたじゃあ、ないか」

 満たされない。満たされることは無い。おそらくはもう二度と、これから先ずっと。

「あたしを飢えさせないって」

 しばらくの間、女のすすり泣く声が風に混ざって山間に響き続けた。

 それを聞いて、麓の人間達は気味悪がった。だが一月と経たないうちに慣れ、代わりにこんな噂が囁かれるようになった。


 人の頭蓋骨を抱えて山中を彷徨う、美しい女の姿があると。


   *   *   *


 化け物が出る山があったという。

 何でも女の姿をしていて、殺した相手の頭蓋骨をもって彷徨っていたらしい。

 季節風に乗って方々へと、鈴の音にも似たすすり泣く声が響いたというのは、この辺りでは有名な昔話だ。

 麓の村で老人に話を聞けば、守人の一族が住む粗末な庵があったと教えられるだろう。

 あった。

 そう、全ては昔のこと。今はもうない。


 すすり泣く声も。

 守人も。

 化け物の噂も。

 花畑も。

 二人が過ごした庵も。

 愛も。

 すべて。

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