第八話 極大の唸りに至る胎動
「せんぱーい。アタシ、殿下にはいい加減愛想が尽きたっす。っつーかとっくに尽きていたっすけどね!」
「……リリア」
「だあって、仮にも王位継承権第一位の人間がたかが浮気相手探すために一人で飛び出すなんて馬鹿っすか!? お陰で殿下の足取りを追いかけての追跡活動に突入とかなにそれっす! っつーか殿下は無駄に強えーんだし放っておいてもいいんじゃねーすか!?」
「殿下がどんな人間であれ、どれだけ強くとも、我らがやるべきことに変わりはない。殿下を保護し、失踪した少女を救出するために尽力するだけよ」
「王都では『悪意百般』に背中を押されたと思われる連続令嬢殺人事件や魔法でも不可能な密室殺人などの未解決事件が多発しているし、人を呪い殺す亡霊が徘徊しているなんて真偽不明の噂が流れているし、墓場から這い出た死体が人を喰い殺したとしか思えない殺害現場が発見されたし、打倒王国を掲げる連中の活動が活発化しているとかその他にも色々な重大な事件に繋がりそうなものが湧いているのに、本当にこんなことに付き合っている場合なんすか!?」
「仕事に貴賎はない。ゆえにどちらを優先すべきなんて問答は無意味なものよ。全部解決するのが騎士の仕事なんだから」
「まったく、せんぱいはそうやってすぐに理想論ばかり述べちゃってっす! まあそういうところが大好きなんすけどね!!」
「そんなことより」
「雑に流されたっす!?」
「殿下の足取りには迷いがないのはなぜ?」
「あー、それもそうっすね。殿下は別に人探しに役立つ魔法に優れているわけでもなし、何をアテにしてどこに向かっているっすかね?」
「もしも……いや、だとしたら……」
「せんぱいの思案顔も最高っすね。素敵っ、抱いてっす!」
「リリア。もしも殿下ががむしゃらに走り回っているのではなく、何かしらのアテがあって進んでいる場合、最悪の事態もあり得るかもしれない」
「はいはい無視っすかそうっすか。で、最悪とはっす?」
「『敵』が存在するかもしれない。しかもその『敵』の目的は失踪した少女そのものではなく、殿下を引きずり出すのが目的だった可能性もあるわ。だとするならば、失踪少女の痕跡を殿下だけにわかるようにすれば、簡単に殿下が釣れるということよ」
「うげっ、それはまためんどーな展開っすね! ああもう、仮にも王族だから無駄に魔法の才能あるせいで高速で突き進んでいるし、このまま殿下の足取りを辿って追いつくよりも先に『敵』が殿下を捉えるのが早そうっすよ!?」
「リリア、急ぐわよ」
「気乗りはしねーけど、いくら殿下でも見殺しってのはせんぱいに嫌われそうっすからね。仕方ねーからまじめにやってやるっすか!!」
ーーー☆ーーー
どっさあーっ!! と、どこにでもあるような甘味処に異音が響いていた。
金髪碧眼の『少年』の対面に座す『巫女』は呆れ顔で口を開く。
「そればかりは見慣れないですね」
「何が?」
対して飲食店にお手製の『あるもの』を持ち込んでいる『少年』は不思議そうに首を傾げるだけだった。
この甘味処の人気料理はチョコをふんだんに使ったケーキだった。そこに真っ赤な『あるもの』──激辛薬草を乾燥させて細かく砕いた粉末がこれでもかとぶっかけられていたのだ。
「甘味に対する冒涜ですよね」
「うるせえな。味がしないんだから仕方ねえだろ」
「正当法では王になれないというのはそんなに気にすることですか?」
「……片方が妾だろうが何だろうが、俺にだって王の血は流れている。生まれで引き下がったら俺はあの人の息子とは言えねえ。そうなったら母上の想いはどうなるってんだよ、くそったれ」
ぐぢゅっと元が濃厚なチョコが自慢のケーキだったとは思えない真っ赤なそれを掴み、口に運びながら、『少年』は湧き上がりそうになった何かを誤魔化すようにこう問いかけた。
「それより『組織』による計画は順調なんだろうな?」
「もちろんです。第一王子、すなわち貴方の覇道を邪魔する存在を始末し、確実に『反乱』を成功させるために今日この日まで待ったのですから」
「あの野郎は物質透視の魔法であらゆる障害物を無視して標的を捉え、透明化の魔法によって誰に気づかれることなく標的に接近できて、しかもトドメは時間停止の魔法なんて極大の反則を手にしているんだ。正当法じゃどうやったって勝ち目はねえ」
「そうですね。物質透視くらいなら私でも何とかできますけど、時間停止ともなると手に負えないですからね。……本来なら第二とはいえ貴方にもそれほどの反則を振るえるだけの才能が継承されているはずなのですが、もう半分の血で薄まってしまったのでしょうね」
「殺されてえのか、クソアマ」
「失礼。お母さん大好きっ子に対して失言でしたね」
「……チッ。どうせ殺されねえとわかってやがるんだろうな」
「こうして視界に収めていれば、見るつもりがなくとも見えるものですから」
「だが、覚えておくことだ」
『少年』は言う。
底冷えするような瞳で『巫女』を見据えて。
「テメェが見逃されたのは利用価値があるからだ。それがなくなったらどうなるか、考えて発言することだな」
「お母さんのお乳が恋しくてイライラしているからって私にあたらないでくださいよ」
「……いつか必ず殺してやるからな、くそったれ」
ーーー☆ーーー
王族直属部隊。
騎士の中でも精鋭だけが所属することができる名誉ある部隊である。ゆえに王族直属部隊は王国が保有する最強戦力である……とは限らなかった。
第零騎士団。
代々国王と一部の人間のみがその存在を知る、秘匿されし王国の真の最強戦力である。
王国の『表の顔』、まさしく清廉潔白な象徴としての役割を期待されている王族直属部隊と違い、『裏の顔』たる第零騎士団の任務はどれもが表沙汰になれば王国の信用が著しく損なわれることとなる。
『魔法の軍事利用に反対する活動家』、『全ての人間が幸せになるために富や権力を分配すべきだと訴える貴族』、『王族による支配を支える思想とは真逆の、世界には特別な人間など存在しないという教えを広める教祖』といった王国にとって都合の悪い人間の活動を妨害、必要なら殺すことなど当たり前。その他にも様々な『任務』を経て王家の意見に肯定を返す人間だけで周囲を固めて円滑な支配構造を構築するのが第零騎士団の役割であった。
全ては王国のために。
不要な混乱を招いていらぬ被害を出さないために単一の価値観で国内を染め上げ、もって誰もが逆らうことのない平穏な支配を継続していく。そのためにあらゆる因子を始末するのが第零騎士団なのだ。
ゆえに汚れ仕事に使うなら第零騎士団であるべきなのだ。
第一王子のようにミルアの捜索に王族直属部隊を使うというのは不適切と言っていい。
だから汚れ仕事に慣れている第零騎士団のほうが早くミルアを誘拐した下手人の正体もミルアの監禁場所も特定していた。
だからいつものように王国にとって都合の悪い存在であればそれが例え公爵令嬢であっても暗殺し、国王が待ち望んでいるミルアを確保するために第零騎士団は動き出した。
「どっこいしょっと」
そんな第零騎士団の面々が今まさに監禁場所の近くに広がる森の中で土に埋められているところだった。
魔物を群れであっても軽々と粉砕する騎士の精鋭たる王族直属部隊を凌駕する第零騎士団の面々、今回の任務に従事していた三十人もの汚れ仕事専門の騎士が呆気なく殺されていたのだ。
頬に飛び散った返り血を手の甲で拭い。
王国の『裏の顔』を一蹴した深い茶色の長髪を後ろで一本に纏めて黒の燕尾服を纏ったその男は言う。
「まったく、変に感覚が鋭いのも考えものである。こちらに気づき、『組織』相手にちょっかいを出さなければ、無駄に死なずに済んだものを」
まあ、と。
あるいは木の枝の上に、あるいは背後に、あるいは左右に無数の部下を侍らせた『彼』は軽やかにこう続けた。
「一人を殺すも三十人を殺すも大差ないし、別にどうでもいいのであるがな」