第六話 過ごした時が短くとも
監禁生活5日目。
いやあ、やっちゃった。私ってばかなりちょろいのかも?
「はっあぁぁー。これでセリーナ様が演技派だった日にはもう何も信じられないよね」
とはいえ、うん。
信じちゃったものは仕方ない。セリーナ様と友達、えっへへ、くそうニヤケが止まらないなあ!!
だってあのセリーナ様だよ? 公爵令嬢としての能力だけでなく魔法の腕前も一応は『魔法の保護』を政策として掲げる王国から認められた私よりもずっと上で、見惚れるほどに美貌の極地をぶっちぎっている理想の淑女。そして何より憧れにして憎悪の対象が友達って、そんな、うえっへっへっ。
「ミルアさま?」
「うおわあーっ!? せっせせっセリーナ様っ!?」
扉をほんの少し開けてちょこんと顔を覗かせるセリーナ様もかわいい、じゃなくて! 大丈夫だよね? だらしなくにやけまくった顔は見られてないよね!?
「大丈夫ですか? お顔が、その、個性的なことになっていましたけど」
うわあん言葉を濁すくらいには見てられない顔をしていたっぽいよお!!
「だ、大丈夫だよ。何の心配もないから、うん」
「そうですか。それで、ミルアさま。わたくし、今日は朝から夜まで出かける必要がありまして」
「あっ……そうなんだ」
……?
今、なんか胸に変な感覚が走ったような???
「っ!? も、申し訳ありません! 出来るだけ早く帰りますので!!」
「いや、そんなっ、私のことは気にせず、うんうんっ」
気遣うように声をかけられたけど、なんでまた?
ーーー☆ーーー
軽く火がついたロウソクを近づけて、セリーナ様が用意してくれた昼食を魔法を使って温める。ロウソクの炎という『記号』を使ってよ。
『記号』を増幅するのが一番簡単な魔法発現のための術式になる。今回の場合はロウソクの炎を『記号』として、魔力を燃料に温度を増幅する術式を発動させたってことだね。
そこに『その炎の熱は指定した対象には作用しない』とか『その炎は指定した対象を追いかける』とか条件を付け加えると術式も複雑になって難易度も上がっていく。後は普通に強力になればなる分だけもちろん難易度も上がるよね。この屋敷に展開されている防衛術式なんかはまさしくそういう感じ。
ゆえに初級魔法においては炎とか水とか風とかそこら辺にある『記号』を使うものが占めている。逆に転移とかどうやっても『記号』を用意できないものなんかは取っ掛かりがない上に物理現象をどれだけ捻じ曲げているんだってレベルだからその分難易度が高く最上位魔法と呼ばれている。……未来予知? それはもう聞いたこともないからよくわからない。
これでも名門魔法学園でも上位に位置する私だって最上位魔法なんて使えない。『記号』なしで術式を組むとか理論からして理解ができないし、万が一使えたとしても高難度の魔法はその分魔力の消費も激しいからそれなりの魔力を保有している私だってすぐに魔力切れになるのよ。
うん。
やっぱりセリーナ様は凄いよねえ。
「うっぐ。また顔がにやけている気がする」
ぺしぺしと諌めるように両手で頬を叩く。
くそう。どうしたってのよ、私っ。
「ご飯、そうだよ、ご飯だよっ。今日も豪華なご飯が用意されているんだし、楽しんでいこう!!」
今日も豪華なご飯が用意されていた。
だけど、なぜだか知らないけど昨日までとは何かが違っていて、心の底から喜べなかったのよ。
胸に穴でもあいたような、変な感覚がして。
ーーー☆ーーー
「うがーっ! 切り替えていこうそうしよう!! ええっと、そうだっ。せっかく部屋には平民じゃ手が届かないようなお高い魔導書が揃っているんだし、読んでおかなきゃ損だよねっ。悪意に満ちたこの世界で生き残るには力がないとだしさ!!」
と、意気込んだのが数分前。
現在、私はベッドに横になって、ほとんど流し読みで魔導書をめくっていた。
もちろん内容なんてほとんど頭に入っていない。
最上位魔法とか載っている小難しい本だから、ってわけじゃない。今の私じゃそれこそ絵本だってろくに理解できないはずよ。
それくらい、集中できていなかった。
「……はぁ。なぁにやっているんだか」
学園じゃそれこそ色んな魔導書を読み漁って独学であるがゆえに拙かった魔法の精度を高めていった。そうして力をつけるのがこの悪意が満ちた世界で生き残る唯一の道だってわかっていたからよ。
私にあてがわれた部屋の本棚には名門魔法学園でもお目にかかれない魔導書が揃っている。街だろうが買えるような凄まじい術式が記された魔導書を読んでおけば、今は無理でもいずれ最上位魔法にだって手が届くかもしれない。
知識は力になる。
術式によって同じ量の魔力を使っていても性質や威力が大きく変わる魔法においては知識こそが土台にして真髄となるんだから。
わかっている。
わかっているのに……、
「あ、転移魔法の術式だ……。うっへえ、何この術式、わけわかんないや。こんな複雑な術式を使いこなしているとかセリーナ様はすっごいなあー」
顔がにやけるのがわかる。
セリーナ様のことを考えるだけでどんよりとした胸の奥から温かな感覚が湧いてくる。それもここにはセリーナ様はいないのだと思ったらすぐに霧散したけど。
いや、まさか、そんな、ねえ?
「私、セリーナ様がいなくて寂しい、とか……?」
いや。
いやいや! 流石にそれは、ええっ!? そりゃあセリーナ様が距離を詰めてくれるのは嬉しかったし、ご友人にとか言われた日には血の繋がりも親切ぶったにこやかな笑みを浮かべた奥にも悪意が潜んでいることも忘れて飛びついちゃったけど、うっそ、そんなに手遅れな感じ!?
たった数日だよ?
憧れや憎悪は抜きにしても、物語の主人公がヒロインを救うために死闘を演じたとか何とか手に汗握る激動の『きっかけ』を経て短期間で仲を深めたなんてわけじゃない。
始まりこそ監禁というちょっと特殊なものだったけど、そこからは私とセリーナ様の間には劇的な何かはなかった。ちょっと話したくらいで、特別な『きっかけ』なんてどこにもないのに、そんな、たった数日で、しかも夜には帰ってくるってわかっているのにご飯の味も霞んじゃうくらい寂しがるとか、そんな、ねえ?
「ないない、そんな馬鹿なことが、は、ははは」
そんなわけはなかったけど。
別にセリーナ様がいなくたって私はぐーたら遊んで暮らせればそれでいいけど。
「はっあー……。セリーナ様、早く帰ってきてよね」
これは、そう! 一人だと退屈ってだけだから!! 別にそれ以上の理由とかないんだからね!?
ーーー☆ーーー
「ミルアさま、ただいま帰りました」
「ん」
「遅くなって申し訳ありませんでした。寂しい思いをさせてしまいましたよね」
「は、はぁ!? べっ、別に謝られるようなことないし! 寂しいとか、そんなこと思ってないしい!!」
「……ふっふ。そうですか」
「あっ、何その全部わかっているけど黙っててあげます的な笑みはっ。本当だからねっ。別にセリーナ様がいなくても全然、まったく! 寂しいとかなかったんだからね!!」
「ええ、ええ、それならよかったです。あ、そうです。明日は朝から夜までずっといっしよですので寂しい思いはさせませんよ?」
「うがあーっ!! 違うって言ってるのにい!!」
くそう、悔しいっ。
何が悔しいって明日はどこにもいかないと聞いて心底喜んでいるのが本当悔しい!! ああもう自分でもにやけまくっているのがわかるよう!!
「ちなみにわたくしはすっごく寂しかったですけどね」
「へ、へえ、そうなんだ。え、えへへっ」
ああもうそれは卑怯だよねっ。
そんなこと言われたら普通に嬉しいんだけど!?
「ですので、明日はわたくしのためにも色々と付き合っていただければと思うのですけど」
「ふ、ふうん? そういうことなら仕方ないから付き合ってあげてもいいけど!?」
「ありがとうございます、ミルアさまっ」
花が咲くような笑顔ってこういうのを言うんだろうね。こんなの見惚れるなっていうほうが無理があるわよ、もう!!