第五話 お散歩日和
本名ミルア、性別女性。
黒い髪、黒い瞳と王国でもほとんど見ない外見の小柄で庇護欲を誘う可憐な女である。
王国の端にあるチュート村に生まれたミルアはその外見からあまり快くは思われていなかったようだ。それでも実の両親は血の繋がりがあるからとミルアの味方だったようだが、それも彼女が五歳までの話だ。いいや、そこが我慢の限界だったのだろう。
ミルアは村から離れた山に捨てられた。
幼い女の子が一人で生きていけるほど村の外は甘い環境ではなかったが、彼女には幸か不幸か魔法の才能があった。両親の庇護を失い、否が応でも過酷な環境を生き抜かなければならない状況が彼女の才能を呼び覚ましたのか、完全な独学で魔法を発現させたのだ。
それからも幼い女の子の身体に利用価値を見出す犯罪組織が親切心で近づくフリをして襲いかかったり、身寄りのない少女が職を選べるわけもなく冒険者として命を削ってでもお金を稼ぐ必要があったりと決して順風満帆な人生とはいえなかったが、ミルアは生き残った。普通ならあり得ないほど奇跡的に、だ。
未だ『候補』なれど、魔法学園に教師として送り込んだ人員がデータは収集している。残り僅かで解析も済むだろう。
『候補』の一人。
もしも彼女が『……………』の使い手あるならば、何がなんでも手に入れなければならない。それこそ第一王子の『悪い癖』は今回に限っては好都合となるかもしれない。
そこまで考えて、玉座に腰掛けた彼は小さく息を吐く。
「……何がどう転ぶか、わからないものだな」
国王ガルバルズ=イミテーションフロンティア。
万が一ミルアが『……………』の使い手ならば、王国を統べし頂点として彼は何でもする。それこそ第一王子の『悪い癖』に最後まで付き合って、彼がミルアと婚約できるよう手を貸してもいい。
全ては王国のために。
王国『だけ』が救いの手を保有することで有利に立ち回るために。
ーーー☆ーーー
「ミルアさまっ。今日は絶好のお散歩日和ですねっ」
「…………、」
「どうかしましたか? あっ、もしかしてお散歩はお嫌いでしたか!?」
「いや、身体を動かすのは好きなほうだけどさ」
「それはよかったですっ」
嬉しそうに私と違って豊満なお胸の前で両手を合わせるセリーナ様。いや、待って。確かに身体を動かすのは好きだよ? だけど、だけどさ、
「私、監禁されているんじゃなかったっけえ!?」
監禁生活4日目。私は監禁されている屋敷の外に出ています。今日もお天道様はキンキラキンだよう……。監禁だっつってんのに何がどうなったら自由に外を出歩くことになるんだろう?
「確かにミルアさまは監禁中ですけど、ずっと屋敷の中というのも不健康ですからね」
青空の下、屋敷の近くの森をいつものドレス姿で苦もなく歩く意外と身のこなしがいいセリーナ様はニコニコしていた。いやまあ私も厳密に管理された監禁生活がお望みなわけじゃないけど、ここまでゆるゆるだとそれはそれで変な感じがするんだよね。
「それに、いつか主従関係に縛られる関係ではない誰かと気軽にお散歩してみたいと思っていまして……迷惑、でしたか?」
「別に迷惑ってことはないよ。私もセリーナ様とお散歩ってのは普通に楽しいしね」
「それは良かったです!」
おーおーついにスキップまでしているよ。公爵令嬢として理想とも言える振る舞いがかんっぜんに吹き飛ぶくらい気を許しちゃっているとか?
参ったなぁ。ここまで距離を詰められると、また騙されそうになる。セリーナ様は今までの連中とは違うんじゃないかって、馬鹿みたいな考えに囚われそうになるのよ。
血の繋がりには裏切られた。
命懸けで私を助けてくれた親切ぶったあの笑顔だって全ては私を騙すための『演出』でしかなくて。
だってのに、私は、また……。
「ミルアさまっ。見てください!」
と、私はセリーナ様のうきうきを隠そうともしない声に釣られるように視線をそちらに向けた。
そこには昼の日差しに照らされた小さな泉が広がっていた。まるで森の一角を切り抜いて、大事に育てた秘密の園のような、そんな小さな泉がよ。
綺麗な場所ではあった。
だけど、それ以上に、
「ふっふっ。ここ、どうですか? 昔、偶然見つけたのですけど、本当に綺麗だと思いませんか!? いつかご友人を連れてきたいものだと思っていたのですよっ」
私は本当に心の底から笑っているセリーナ様のほうが綺麗だと、そう思ったのよ。
「…………、」
「あっ、今のは、その、申し訳ありませんっ。監禁などしておきながらご友人とは馴れ馴れしいものでしたよねっ。仲良くなりたいとは思っていて、ですけど監禁する側とされている側という関係でそういうのはあまり好ましいものではありませんでしたよねっ」
「別にいいよ」
気がつけば、口が動いていた。
でも、うん。ごちゃごちゃと並べるありとあらゆる理屈よりも、ふと湧いてきたこれが全てなのよね。
「…………え? ミルアさま、今、何と言いましたか?」
ああ、ちくしょう。
「公爵令嬢と平民ってなると身分差が半端ないけど、それでもいいっていうなら私もセリーナ様と友達になりたいからさ」
「……っっっ!! それは、もう、是非に! 身分の差など気にする必要はありませんわ!! わたくしはミルアさまだからこそご友人になりたいと思ったのですから!!」
もしもこれが全部演技だとしても。全ては嘘で塗り固めたものだとしても、それならそれでもういい。
どうしてそうまで思えたかなんてわからない。
それでも、今、この瞬間に、セリーナ様になら騙されちゃってもいいやと思っちゃったんだから仕方ないよね。
社交界でも有名な理想の淑女であるだけでなく、魔法の腕前から料理や庭の手入れといった家庭的な分野においても完璧な非の打ち所がないセリーナ様が私と友達になりたいなんて言っているのよ。
だったら仕方ない。
こんなの仕方ないよね。
「セリーナ様。ここ、すっごく綺麗だね! 連れてきてくれてありがとうっ」
「そんなっ、喜んでくれたなら良かったですわ!!」
多分、私は、セリーナ様に監禁されたあの日よりも前にはもう……。
ちえっ。美人は本当ずるいよねっ!!
ーーー☆ーーー
それは輝く白髪を腰まで伸ばした、白と赤を基調とした巫女服に身を包む女であった。
『巫女』。
王国に存在するあらゆる宗教にも属さない、それでいて神の下僕を自称する女である。
そんな彼女と並んで名門魔法学園や王が座す王城近くの街道を歩くのはどこかくすんだ金髪に碧眼の『少年』だった。
『巫女』は言う。
「未来は行動によって変動します。ですけど、ええ、全ては望むがままに進んでいますよ。もちろんその果てには魔法の才能のない貴方でも玉座に──」
「ごちゃごちゃ喋りすぎだ、くそったれ。誰かに聞かれたらどうするつもりだ?」
「ふっふ☆ こんなにも霞んだ、凡人まっしぐらな人間が玉座簒奪を目論んでいるとは誰も考えないですよ」
「チッ、いちいち癪に触る女だ」
極大の唸りは、未だ観測されず。
さりとて静かに、それでいて確かに世界を巻き込むその時を待っている。
ーーー☆ーーー
「ミルアはまだ見つからないのか? 彼女は僕に真実の愛を教えてくれた最愛の女性なのだよ!? 必ずや見つけ出せ!!」
いいや、と。
金髪碧眼の顔だけはいいその男は何の成果もあげられない騎士から視線を外し、こう言った。
「もういい、僕が探す! ミルアも僕が助けに来るのを待っているに違いないのだからな!!」
第一王子グルス=イミテーションフロンティアが動き出す。王族として何の不自由もなく育てられた彼は自分がそうと決めたら周囲の静止など聞かずに突き進む。
……ある意味において、そこには小難しい考えはなく、単に己の欲望に忠実なだけで。