第四話 監禁されている本当の理由は?
監禁生活3日目。
この日は朝からセリーナ様が不在で、つまりは色々考える時間はたっぷりあった。
防衛術式の『穴』に関してはひとまず置いておくとして、考えなきゃいけないことは山積みなんだからさ。
「くそう、めちゃんこ美味しいな、もう!!」
ちなみに本日の朝食は卵スープ(なのに魚介の旨味たっぷりで、それでいてあっさりしているからすんなり飲むことができる)、サラダ(『庭』でセリーナ様直々に育てたシャキシャキ野菜にセリーナ様お手製の黄金色のドレッシングが添えられている)パン(もちろんセリーナ様が小麦から育てたお手製だからどんな名店のパンも比べ物にならないもちもち食感だよ!)という、品目だけなら質素な印象すら受けるけど、実情は肉だの魚だのがないのに喉が鳴るくらい食欲をそそるよね!!
これが、全部、セリーナ様お手製という。
公爵令嬢が平民のためにここまで手間暇かけて朝食を用意しているとか、もう、これに慣れたら本格的にだめになりそう!!
防衛術式の『穴』の件も含めて、あまり深く考えたら泥沼にハマりそうだからひとまず置いておかないと。今は他に考えることがあるんだからさ。
……まあ、でも、色々考えるのは食べ終わってからでもいいよね?
ーーー☆ーーー
「ふわあ。お風呂さいっこうー……」
朝風呂が日課になっちゃっているよう。
でも仕方ないよね、こんなに気持ちいいんだからさっ。
「んっむうー。このままじゃズルズルいっちゃいそうだし、きちんと考えることは考えておかないと」
というわけで状況を整理しよう。
私はセリーナ様に監禁されている。その理由は未来予知によって判明したセリーナ様の破滅を回避するため。
まずは未来予知が本当という前提で考えてみよう。
『今回見通した未来においてわたくしは殿下に婚約破棄を告げられて破滅します。心清らかなミルアさまに嫉妬して嫌がらせを仕掛けた悪女だと罵られて、公爵家からは勘当され、国外追放を命じられて……そうして全てを失うのです。その際、わたくしがやってもいない嫌がらせをわたくしのせいにされているので、「何もしない」だけではあの破滅は回避できそうにありませんでした』とセリーナ様は言った。
ここで大事なのはセリーナ様が私に嫌がらせをしたことになっているって点よ。もちろん私はセリーナ様に何かされてはいない。学園では第一王子に色目をつかっている売女扱いで、大抵の令息令嬢からは忌避されているけど、それは第一王子の軽率な行動のせいであってセリーナ様が何かしたわけじゃないんだから。……実は全てセリーナ様が裏で指図してのことって可能性もあるかもだけど、流石に公爵令嬢のやり口としては回りくどいよね。私をどうこうしたいなら公爵家の権力で『学園や王国に働きかけて学園から追い出す』とか『事故死に見せかけて処分する』とかやりようはいくらでもあるし。
だったら、まさか、嫌がらせ云々がセリーナ様のせいということになっているのは誰かの差し金によるもの? となれば婚約破棄を突きつけた第一王子が怪しいものだけど、うん。あの男ならそんな馬鹿なことをやってもおかしくないし、王族の権力があれば嫌がらせ云々をセリーナ様のせいにする『まで』は何とかなるかもしれない。
だけど、その程度で勘当とか国外追放とかって話になるわけがないのよ。そもそも王命であるはずの第一王子とセリーナ様の婚約をたかが平民への嫌がらせだけが理由で破棄するってのがまず無理なはずで、それがまかり通っている以上はそれなりの『何か』がある。
じゃあ、私はその『何か』にどれだけ関係している?
婚約破棄が目的であり、理由は何でも良かったならまだいい。だけど、そうよ、セリーナ様の未来予知によると私は第一王子と婚約させられるらしい。そこまでが目的だとしたら?
いや、まさか、そんな、ねえ?
私はちっとばっか魔法が得意なだけの平民なのよ。第一王子とセリーナ様の婚約を破棄してまで手に入れるような価値なんてない。そもそもあの第一王子は絶対に小難しいこととか考えてなかったもん! あれはもう完全に下半身に従って行動していたよねっ。親切ぶったにこやかな笑みを浮かべるくそったれどもと違って全部まるっと顔に出てやがったからね!! あれで実は私関連で小難しい『何か』があるって話になるわけないよねっ。単なる平民が実は特別な存在とかご都合主義な小説でもなければあり得ないんだし。
大体、本当に私が特別な存在なら……。
「やだやだ。私は平穏無事にぐーたらしていたいだけなのにさあ」
この辺は判断材料が少ないからこれ以上は何もわからないとして、じゃあ未来予知が嘘だった場合は?
その場合はそんな荒唐無稽な嘘をついてでも私を監禁しないといけない『何か』があることになる。
だから私はちっとばっか魔法が得意なだけの平民なんだけど!? そりゃあ黒髪黒目って外見は珍しいかもだし、第一王子に口説かれているというのは普通ではないかもだけど……ううむ。少なくともセリーナ様は嫉妬に狂って私をどうこうしようって感じじゃなさそうだった。
そもそも婚約関係って言ってもそこに恋だの愛だのはなさそうだから嫉妬云々が出てくるわけもなく、それじゃあ本気で監禁までやらかす理由が見えてこないんだよね!!
事実として私は監禁されている。
まあ実情は監禁というには理想郷のように恵まれているわけだけど、こうして身柄を確保されている以上、それなりの理由があるのは当然よ。
「はあ。未来予知が本当にしろ嘘にしろ、あまり楽しい展開にはならなさそうだよねえ」
わかっているのはそれくらいで、何かやるべきことが見えているわけでもない、と。
となれば、今の私ができることは一つだけよね!!
ーーー☆ーーー
「遊ぶぞ、やっふうー!!」
こんなおっきなお屋敷を好きにできる機会なんてもう二度とないからねっ。今のうちに満喫しておかないと!
ーーー☆ーーー
深夜。
別荘に帰ったセリーナを出迎えたのは、ベッドですやすや眠るミルアだった。
まるで遊び疲れた幼子のようなその表情は穏やかで、監禁されていることを苦に感じている様子はなかった。
だから。
セリーナは心の底からこう呟いたのだ。
「よかったです……。わたくしが監禁してしまったせいで辛い思いをさせていないかと思いましたけど、今のところは大丈夫そうですね」
それを、誰か近づけばすぐに覚醒する能力が必須な生活を送ってきたミルアは聞いていた。
セリーナは完全に油断していて、だけどその口から出てきたのはミルアを気遣うものだった。
(これが全部演技だとしたら、本当大したものだよね)
世界は悪意に満ちている。
だけど、それでも、と。懲りずに絆されかけている自分に本当学習しないものだとミルアは嘲るように胸の内で吐き捨てるのだった。
ーーー☆ーーー
「深夜まで残業っすよ残業ーっ! 若い女の子にこんな重労働強いるとかブラックにもほどがあるっすよ、せんぱーいっ」
「騎士の仕事が楽なものだとでも? どんな無茶な命令でも果たすのが騎士というものよ」
「殿下の浮気相手を探すなんて私的も私的、色ボケまっしぐらな命令でもっすか?」
「……リリア」
「だあって、せんぱーい! アタシは殿下の下半身の充実のために騎士になったわけじゃねーんすよ? せんぱいだって男受けしねーほどにムキムキマッチョに身体を鍛え上げているのはこんなつまんねー命令を聞くためじゃねーはずっすよ!」
「仕事に貴賎はないわ」
「へーへーそーっすか。優等生っすね、せんぱいは。浮気相手の捜索にだってマジになれるとは社畜の極みっすよ。そんな頭でっかちだからもてねーってわかってるっすか?」
「…………、」
「あ、怒りましたっすか? 仕方ねーっすね、お詫びについに告白された回数が四桁台に突入した超絶人気絶頂中な女騎士リリアちゃんが二十歳に突入しても恋人の一人もできねー寂しいせんぱいと付き合ってあげてもいいっすよ?」
「今回の捜索活動は毎度の殿下の『悪い癖』なのだろうが、それにしては三日も経っているのに足取り一つ確認できない、ね」
「せんぱーい? おーい、こんなにもきゃわうぃーいこうはいを無視っすかー???」
「自主的な失踪であれ、そこらの悪党による誘拐であれ、王族直属部隊が動けば足取りの一つくらいはとっくに見つけられるはず。それがこうも何もないとなると、殿下の『悪い癖』だと舐めてかかっていると致命的に手遅れになるかもしれないわ」
「……もう」
「捜索対象は想像以上に厄介な事件に巻き込まれている可能性も出てきた。リリア、ふざけていないで真面目に働くことよ。殿下の『悪い癖』だろうが何だろうが、事実として失踪した少女が存在する以上、騎士としてやるべきことは一つなのだから」
「はいはいわっかりましたよーっす! 目ん玉やる気満々に輝かせてさ、せんぱいってば本当根っからの騎士っすよね!! そういうところ大好きっすよ!!」