第三話 信じられるのは
監禁生活2日目。
その日はなぜかセリーナ様の案内で監禁されている屋敷を巡ることになった。
監禁とは一体なんだろう? と思わなくもないけど、率先して屋敷を案内するセリーナ様が楽しそうだからまあいっか。
だけど、セリーナ様。
「ここが花壇ですねっ。ミルアさま、どうですか!?」
「ええっと、綺麗だと思うよ」
「そうですか!? えへ、えへへっ。わたくしが丹精をこめた花壇を気に入ってくれて良かったです!!」
ほとんど外に出ちゃっているんだけど!?
一応塀で囲まれてはいるけど、あのくらいなら魔法で飛び越えるのは簡単だからね!?
監禁っ。もっと自由を奪って逃げられないようにしようよう!!
っていうか、あれ?
「この花壇ってセリーナ様が世話しているの!?」
「ええ、そうですわ」
軽々と頷いたけど、花壇っていっても軽い庭くらいの範囲にまで広がっているんだけど? しかも色とりどりの花が咲き誇っているから世話にもそれなりの工夫が必要だろうし、てっきり専門の庭師にでも管理を任せているものだと思っていたんだけど……。
「セリーナ様って本当凄いよね」
「そんなことありませんわ。これくらい趣味の範疇ですよ」
「いやいや、そんなことないよ! 本当凄いって!!」
「そ、そんな褒められると照れますわね」
そう言って照れ臭そうに視線を逸らすセリーナ様。
覗く首筋が赤くなっているから本気で照れているんだろうね。
「でも、こういうのって庭師の仕事のような気もするけど、あれ? そういえば私たち以外の人間を見ないけど、ここって従者とかってどれくらいいるのかな?」
「いませんわよ」
「……マジで?」
「ええ。お忘れですか? わたくしはミルアさまを監禁しているのですよ。万が一発覚した時に皆さまを関係者として巻き込むわけには参りませんもの」
「そっ、か」
ああ、私は今、自然な表情を浮かべることができているかな。
血の繋がりも、親切ぶって浮かべるにこやかな笑顔も必要なく、他人なんて命令一つで使い潰せるはずの公爵令嬢が他人を巻き込むわけにはいかないだって?
この世界は悪意で満ちているはずなのに、なんで監禁とかやらかしている女性がそんなにも慈愛に満ちているのよ……。
ーーー☆ーーー
手足を拘束とかされていないところからも予想はしていたけど、この『監禁』は言葉とは裏腹に自由の幅が広がった。
屋敷の中であれば好きに出歩いていいし、屋敷にあるものなら何だって好きに使ってくれていいらしい。
しかも他に必要なものがあれば何でも用意してくれるという気前の良さ。あれ? これってまさしく働かずにぐーたら過ごせる理想郷なんじゃない???
「ミルアさま、申し訳ありません。わたくしは用事がありますので少し出てもよろしいでしょうか?」
「もちろんいいけど、出かけるなら私の手足を縛ったりしないでいいの?」
「そんな酷いことしませんわよ!!」
「そ、そうなんだ」
心外と言わんばかりに言われたけど、私って監禁されているんだよね?
「ミルアさま。夜には帰りますから、自分の家と思って楽に過ごされてくださいね」
「あ、うん」
そのままセリーナ様の姿は霞むように消えていった。転移魔法。最高峰の魔法学園の教師だってほとんどが会得不可能な、『記号』を必要としない最上位魔法なんだけど、そんなもの手軽な移動手段でしかないと言いたげにサラリと使ったのよ。流石は学園の歴史の中でも抜きん出た才女と名高いセリーナ様だよね。
いや、だけど、うーむ。
監禁ってなんなんだろうね?
「まあセリーナ様がいいならそれでいいけどさ」
さてっと。
結局信じられるのは自分だけなんだし、改めて屋敷を探索するとしますか。
未来予知が嘘の場合は破滅を回避する以外の目的で私を監禁したってことになるからね。その場合はここから逃げ出す必要だって出てくるだろうし、その時に備えて逃亡防止の防衛術式やら何やらを洗い出しておかないと。
セリーナ様は嘘をついていないと私は信じているけど、そんなものはこのクソッタレな世界においては何の担保にもならないからね。
裏切られるのには、もう慣れた。
だったら裏切られてもいいように立ち回らないとね。
「……できるならば、あの笑顔が嘘だったってのは勘弁してほしいけどね」
私としたことが、たった一日で絆されているのかな?
こんなんだから血の繋がりに、親切ぶって浮かべる笑顔に覆い隠された悪意を見抜けず、痛い目にあってきたってのにさ。
ーーー☆ーーー
屋敷には確かに防衛術式が展開されていた。
それも個人で展開するには強力な、それこそ魔法使いを百やら千やら用意して初めて完成するようなものがよ!
低く見積もっても主要な要塞クラス。
つまり軍事拠点に匹敵する防衛網ってことよ。
こんな複雑で強力な術式、展開するのはもちろん、維持するのにだって莫大な魔力が必要だろうに。魔法の腕前だけでなく、保有魔力まで人間離れしているとか本当隙がないよね、セリーナ様は。
「……なんで……?」
まあ、だけど、それだけなら驚きはすれど、そこまでだった。監禁なんてやっているんだし、それなりの備えは用意してしかるべきだからね。
だから、私が疑問に思ったのは個人でこれだけの魔法防衛網を展開していることじゃない。もっと別の、根本的な話なのよ。
「なんで外から内にのみ対応する術式を展開しているのよ?」
つまりは屋敷への侵入を阻止するため『だけ』にしか防衛術式は反応しないようになっていた。そういった条件を付け加えれば付け加える分だけ術式も高度になってくるというのによ。
普通に指定された人間が通った時以外は術式が作動する一般的な防衛術式で良かったはずよ。それなら侵入も脱出も阻止できるからね。それをわざわざ侵入『だけ』封じるよう書き換えるなんて何を考えているのよ?
これじゃあ、私、いつでも逃げられるんだけど?
何せ防衛術式は外から内に対してしか作用しないんだから内から外、つまりは屋敷の中から外に逃げる分には全くもって反応しないってことなんだから。
意味がわからない。
人のこと監禁しておいて爪が甘いなんて話じゃない。わざと逃げられるだけの隙を用意するとか本当意味がわからない!!
悪意には、慣れている。
血の繋がりも、親切ぶってにこやかな笑みを浮かべても、その奥にはドロドロとした悪意があるんだって身をもって思い知っているから。
だから今回だって適当に合わせるだけのつもりだった。
何が狙いにしろすぐにはどうこうされないみたいだし、未来予知が本当にしろ嘘にしろ全てを把握して具体的な行動指針を決めるまでくらいは小難しいことを考えずに楽しんだほうがお得だからよ。
だけど、これは、なに?
未来予知が本当にしろ嘘にしろ、私に逃げられたら困る以上、逃がさないための仕組みが用意されているものだと思っていた。別にそれは普通のことだから今のうちに対策を考えるつもりで、だけど。
「どうしよう」
一つだけ、あり得ないはずの仮定が頭を掠める。
私が監禁が嫌になった時はいつでも逃げられるようにわざと防衛術式に隙をつくっているという仮説が。
未来予知が本当にしろ嘘にしろ、セリーナ様の目的のためだけに私に強要はしたくないのだという、悪意の欠片もない仮説が、よ。
ああ、ちくしょう。
「こんなんじゃ、また騙されちゃうよ」