第二十一話 もしも、なんて仮定に意味はなく
もしも、と致命的に手遅れであるとわかっていて、それでもセリーナは考えてしまう。
もしもミルアを誘拐しなかったら『こう』はならなかったのではないか。己の破滅を阻止するためによりももっとずっと強い想いがあったとはいえ、どこまでいっても自分勝手な想いのために誘拐という手段を選んだがために『こう』なったのだから。
セリーナ=ティリアンヌ公爵令嬢の目の前で赤が舞う。
首を切断され、地面に転がったミルアの頭が虚に見つめている。
どうしようもない結末が、そこには広がっていた。
「あ、ああ、あああァァああああッッッ!!!!」
飛びつく。
胴体を抱き寄せたまま、地面に転がったミルアの頭へと。
無我夢中でぐりぐりと掴んだ頭を首の断面に押し付ける。もちろん普通はそんなことをしても切断された首が繋がるわけがないのだが、セリーナは普通ではない力を宿している。
魔法。
それも天才だなんだと評されて特待生として名門魔法学園への編入を果たしたミルアでさえも決して敵わない断言するほどの実力者なのだ。
その腕前は時間停止魔法を抜きにした第一王子に匹敵するほど。すなわちこの国の頂点に座す王族の一角に並ぶ実力があるのだ。細胞分裂の促進という『記号』を増幅して急速的に治癒能力を発揮させ──
「おっと、あまり余計な真似はしないでくれであるぞ」
そこで、呆気なく、すっぽ抜けた。
そうとしか表現できないほどに魔法が霧散したのだ。
その感触は術式に不備があって不発した時に似ていた。だが『記号』に頼らない高難易度の魔法さえも成功させるセリーナが今更細胞分裂の促進という『記号』ありきの魔法の術式展開を失敗するわけがない。
ゆえにセリーナに問題はなかった。
外部からの妨害によって魔法は不発に至ったのだ。
男でありながら格好いいよりも美しいが先にくる長身の男。深い茶色の長髪を後ろで一本に纏めて黒の燕尾服を纏ったその男こそ時間停止魔法を発動して勝利を確信していた第一王子を殺し、ミルアの首を刎ねたのだ。
「『聖属性の魔力』が覚醒する前に殺すだけならもっと前にだってできたんだが、そうなると『悪意百般』がやる気を失ってしまい、結果として王国打倒から遠ざかるって話であるからな。貴様には悪いが、少々胸糞悪い展開にさせてもらうしかなかったのであるぞ」
説明になんてなっていなかった。
少なくとも前提条件を知らないでそんな説明をされてもセリーナに理解できるわけもない。
そもそも理解できたとして、納得できるかどうかは別だろうが。
「それと、もう一つ。首を切断すれば『聖属性の魔力』持ちが死ぬのは『巫女』による未来予知で確定しているが、念には念を入れておきたいのであるぞ。その肉塊を、こちらに寄越すである。跡形もなく消し飛ばし、この時代に『奴』が興味を見出す可能性を抹消しておきたいであるからな」
「…………、ふ、ふっふ」
男の言葉はほとんど意味不明だ。
何やら不穏な単語がいくつか見られるが、全体像は全くと言っていいほど見えてこない。
だけど、一つだけ。
たった一つだけわかったことがある。
「ふふ、ふふふっ、ははははははははははははは!!」
笑って、笑って、笑って。
そしてセリーナの中でそれは爆発した。
「ふざっっっけるんじゃないですわよお!!!!」
そっとミルアの胴体と頭を地面に置き、セリーナは勢いよく立ち上がる。
この男はミルアの首を切断したばかりか、さらに傷つけようとしている。そんなの見過ごせるものか。これ以上はかすり傷だって許容できないに決まっている。
「貴様は、貴様だけは! このわたくしが絶対にぶっ倒してやります!!」
「残念だ。未来予知の通りとはいえ、無意味な殺しほど虚しいものもないのであるからな」
おそらくはこの男が何かをしたために治癒魔法は不発に終わった。魔法発動の妨害ともなれば、信じられないが『あれ』を成し得たということだろう。
セリーナでも長い時間を必要とする『あれ』。
魔法の発動を封じられたとなれば華奢なセリーナに勝ち目はないかもしれないが、突破口がないわけでもない。
そして、そもそも。
このまま治癒魔法が妨害されてはミルアを助けることもできない。であれば、何がなんでも粉砕する。邪魔になるものは全て薙ぎ払って、必ずやミルアを助けてみせる。
そのためならセリーナはなんでもできる。
そう、なんだって、だ。
ーーー☆ーーー
過去の残滓にして歴史の教科書に載っているような偉人の一人、彼女は『奇跡の少女』と呼ばれていた。
『魔王』だの何だの、およそ脅威と呼べる脅威が打倒された後、今の時代に比較的近い国家情勢の中で彼女は人々を救うために奔走していた。
魔法の才能なんて皆無だった。
使える魔法といえば空気を『記号』として風を生み出したり、熱を『記号』として物を温めるような生活に少し役立つような初級魔法ばかりだ。
細胞分裂の促進を『記号』とした魔法なんて使えるわけもなかった。
『相変わらずのお人好しさんですわね』
『そう? 別に特別なことをしているつもりはないんだけど』
『大昔の聖女だのだってそこまで献身的に病人に寄り添って、癒して回ることもなかったというのに、よくもまあそんなことが言えたものです』
『いやいや、そんな大袈裟なものじゃないって。適当に垂れ流しにするだけで救われる命があるってだけだし。それに、くっくっ、たったそれだけのことでみーんな感謝して、お礼に色々くれるからね。そのうち何もせずともお礼だけで生活できるかも? 働かずとも楽して生きていける未来はすぐそこに、だよ!!』
『とか言って、どうせ放っておけずにあちこち渡り歩くのが目に見えていますけれど』
『うっぐ、確かに……いやでも、それならそれでもいいよ。貴女が一緒ならそれだけで私は幸せなんだしね』
『わたくしがついてくること前提ですか。呆れて離れていくとは考えないのですか?』
『え? ついてきてくれないの?』
『そっそんな泣きそうな顔をしないでくださいな! 心配せずともずっと一緒ですよっ』
『だよね、もーう! 私がいないと寂しくて死んじゃうくらいゾッコンのくせに変なこと言わないでよねっ』
『それがわかっているなら、あまり有象無象にばかり構わないでくださいね。そのうち我慢できずに監禁でもしそうですから』
『あっはっはっ。またまた冗談を……じょう、だんを……うわあん目がマジなんだけど!? 待って待って待って、その縄とか猿轡とか目隠しとかどこから出してきたのお!?』




